NATO「北の守り」のスウェーデンが担う欧州安全保障のグローバル戦略

執筆者:鈴木悠史 2025年1月30日
タグ: NATO
エリア: ヨーロッパ
ラトビアに駐留するNATOのFLF(前方陸上部隊)に参加するため同国に上陸したスウェーデン軍。スウェーデン国旗とNATO旗を掲げている[2025年1月18日、ラトビア・リガ](C)EPA=時事
NATOへ新規加盟したスウェーデンが2030年までの中期的な防衛計画を策定した。NATOの新方針「360度全方位アプローチ」における「北の守り」を主導するとともに、中国への対処も強調するなど、米国の世界戦略に呼応するグローバルなアクターとしての役割も重視する姿勢が打ち出された。

米国を最重要パートナーに位置づける

 米国でドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲いた。大統領選でトランプ氏は、欧州の防衛について米国の負担が大きすぎると不満を露わにしていた。欧州のNATO(北大西洋条約機構)加盟国に対して防衛費の大幅な増額を要求しており、それを実行しない国には安全の供与を行わない可能性すら示している。これらの言動から欧州内では、米国が欧州の安全保障への関与を減らすのではないかとの懸念が高まっている。とはいえ、欧州の防衛において米国は重要な役割を担い続けているのも事実である。

 このように米欧関係の将来が不透明な中、NATO新規加盟国スウェーデンでは、2025年から2030年の間の防衛計画である「国防決定(försvarsbeslutet)」が2024年12月に議会で採択された。その要点は、スウェーデンによるNATOへの貢献である。スウェーデンは、自国の防衛力強化によってNATOの「北」の守りに貢献するだけでなく、米国が重視するグローバルな課題についても取り組む姿勢を示した。

 今回の「国防決定」において、米国はスウェーデンにとって、二国間及びNATO内での安全保障・防衛政策上の最重要パートナーとされた。前回2020年の「国防決定」での、「欧州の安全と安定、さらにスウェーデンの安全にとって米国による欧州への関与は決定的である」という表現と比べると、米国との二国間関係の重要性を一層強調したものだった。

 米国との防衛協力の基礎となるのは、特にバルト海地域や北極での共通の関心事項である。根底にある目的は、抑止のため、また必要となれば武力攻撃への対応のため、米軍がスウェーデンやその周辺地域で速やかに活動する能力を確保し強化することだ。有事において米国に「助けてもらう」ためには、スウェーデンも米国が重視する問題に対して貢献する必要がある。米国の関与が減少することにも備えて、「国防決定」は、欧州の安全について欧州自身がより大きな責任を担うことを強調し、「同盟国としてスウェーデンは、NATO内で適切な負担を背負わなければならない」と記述した。米国からの支援を確実にするために、スウェーデンはNATOへ貢献するのである。

2014年のクリミア侵攻を機に自国防衛を強化

 スウェーデンが安全保障や防衛において担う「適切な負担」の出発点は、自国の防衛力の強化である。

 冷戦終結によりソ連からの脅威が消滅したことで、1990年代以降、スウェーデン政府は軍を大幅に削減した。2000年代では、国際協力の下での平和維持や人道的介入に必要な能力の取得に主眼が置かれ、国際協調を前提とした少数精鋭の任務遂行型の部隊の創設が目標とされた。また、2009年に徴兵の停止が決定された。

 しかし、2014年にロシアによるクリミア半島の併合が発生すると、スウェーデン政府は安全保障環境の悪化を理由に、領土防衛や武力攻撃への対応を重視する軍の構築へと舵を切った。徴兵制は2017年に再導入され、対象者の性別も問われることはなくなった。2020年及び今回の「国防決定」は、この流れを加速させるものであり、特に軍の防衛能力の向上と人員確保が重点課題とされている。

 2020年の「国防決定」では、2030年までの軍全体の編成についての方向性が定められた。例えば陸軍では、約5000人から構成される旅団の数を当時の2つから、3つの機械化旅団と1つの縮小版の機動旅団から構成される4つへと引き上げることが決められた。

 しかし、2023年11月に軍の最高司令官は、NATO加盟やウクライナへの武器供与を理由に、旅団増設の実施時期を延期するよう政府に勧告した。この勧告によれば、2030年までは、NATO内の防衛計画で任務を遂行するために既存の2個旅団を拡充させることに重点を置き、残り2個旅団の新設については2035年までに実施するとのことだった。

 それでも、政府と議会の代表者から構成される「国防諮問委員会(försvarsberedningen)」は、当初の予定どおり2030年までの4個旅団の編成を要求した。政府はこの要求を受け入れ、今回の「国防決定」でも2030年までに4個旅団を編成することが定められた。

 また、陸軍では、ウクライナに供与したために減少した武器や装備品を補充する必要がある。特に「国防決定」で言及されているのが戦闘車両「Strf.90(※英語ではCV90)」の追加購入だ。さらに、ウクライナでの戦争から戦術及び技術面で現代戦に適応する必要性が認識され、小型ドローンによる戦闘技術の能力向上が求められた。

2030年の国防費は2014年の4倍、次期戦闘機の開発も

 空軍については、全体的な能力向上だけでなく、NATOの統合防空ミサイル防衛に統合するために必要なナビゲーション・システムや監視システムの改良、無人機攻撃に対する防衛能力の向上などが必要事項として挙げられている。さらに、国産の主力戦闘機である「ヤース39・グリーペン(JAS 39 Gripen)」の後継機の選定を急ぐ必要があるとして、2030年までに機種を決定することが提案された。

 なお、「国防決定」の採択に際して、議会の国防委員会(Försvarsutskottet)は、グリーペンの後継機がスウェーデン企業による開発又は他国との共同開発であることを重視した。外国の戦闘機を調達する可能性も存在するが、国防委員会は国内の生産技術の維持を求め、実質的には外国産の戦闘機の購入に反対の立場を示した。さらに、野党第一党の社会民主党は、後継機の開発にあたりスウェーデンが開発計画の主導権を握ることを希望した。

 人員確保については、まず徴兵数の増加が計画されている。兵役の対象となる国民のうち基礎訓練を受ける人数は、2023年及び2024年に7310人だったが、この数を2030年までに1万人に増加することが目標だ。そして、2032年以降には1万2000人へとさらなる増員を目指している。人員不足は特に海軍と士官において顕著であり、徴兵の増員による海軍の人員確保と士官教育の強化が定められた。

 今後の防衛予算についても「国防決定」では示されている。2024年の国防費は1255億スウェーデン・クローナ(SEK)(約1兆8000億円)で、NATOの計算方法によればGDP比2.2%だったが、2025年には1380億SEK(約1兆9800億円)でGDP比2.4%となる予定だ。その後も漸次的に国防費は引き上げられ、2030年には1860億SEK(約2兆6700億円)とされている。この額はGDP比で2.6%を占めると見込まれている。2014年の国防費が約4分の1の450億SEK(約6463億円)だったことと、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった翌年の2023年が約2分の1の916億SEK(約1兆3000億円)だったことを鑑みると、大幅に引き上げられることが分かろう。

2030年のスウェーデンの国防費は、ロシアによるクリミア侵攻が起きた2014年の4倍になる予定だ

ラトビアとフィンランドに駐留部隊を派遣

 強力な軍事力を持つことは、自国だけでなくNATOの防衛力強化に貢献することとなる。

「国防決定」では、NATOがロシアのウクライナ侵攻後に採用した新方針「360度全方位アプローチ」による抑止と防衛に従い、NATO全体の安全保障に「連帯的かつ実用的に貢献する」ことがスウェーデンの国益になると主張された。「360度全方位アプローチ」とは、従来の東方からの脅威に加えて、北極圏を含む北方や、中東・アフリカの難民問題など南方からの脅威、サイバー攻撃やテロ、気候変動といった新領域での脅威にも対応することを謳った概念である。スウェーデンは、特にバルト海地域やスカンディナビア半島北部を挙げ、欧州北部における集団防衛に対して効果的に参加することが自らの主要な任務だとしている。

 具体的な貢献方法については、「国防決定」採択の1週間前にスウェーデン議会で定められた、「2025年における国防軍のNATOへの貢献方法」を見てみよう。

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カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
鈴木悠史(すずきゆうじ) 大阪大学・京都ノートルダム女子大学非常勤講師。元在スウェーデン日本国大使館専門調査員。専門は国際政治学、スウェーデン外交・安全保障政策、スウェーデン政治。大阪大学外国語学部(スウェーデン語専攻)卒業後、慶応義塾大学法学研究科博士課程を単位取得退学。共著に「COVID-19パンデミックとスウェーデン政治」(岩崎正洋編著『コロナ化した世界—COVID19は政治を変えたのか』勁草書房、2024年)、「スウェーデンを知るための64章【第2版】」(明石書店、2024年)等。
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