
スウェーデンは環境先進国として知られている。
1960年代初頭、化学物質によって環境や生態系が深刻な被害を受けることを明らかにしたレイチェル・カーソンによる『沈黙の春』の出版を契機に、世界中で環境保護の動きが活発化した。その中で1972年に史上初の環境問題に関する国際会議を主導したのがスウェーデンだった。
その後も1991年にフィンランドに続き世界で2番目に炭素税を導入するなど、政策レベルでスウェーデンは環境保護を推進してきた。
さらに、自然を破壊しない程度であれば、自由に森林に立ち入り、ベリー摘みやテント泊が可能であるアッレマンスレッテン(Allemansrätten, 直訳すると「全ての人の権利」だが、日本では「環境享受権」などと訳されることが多い)を行使しながら、子供の頃から自然に触れ合う体験も多い。制度だけでなく、教育や体験を通じて、スウェーデンでは環境保護の意識が高い。
と、ここまでは「環境先進国スウェーデン」のイメージに沿った話である。
しかし、2022年に誕生したウルフ・クリステション政権でスウェーデンの環境政策は、単なる「環境保護政策」ではなく、「経済成長を伴った社会の電力化による環境保護政策」へと舵を切った。
クリステション首相は、非化石燃料による電力を用いた社会の電力化を進めることで、環境保護政策を実施する方針だ。その中では、特にエネルギー政策が重要となる。
クリステション首相は就任早々、環境省を廃止し、産業省と統合する形で気候・産業省を設立した。さらに施政方針演説では、特に原子力エネルギーの増加による電力化を重視すると発表した。そして、クリステション首相はエネルギー政策の目標を「100%再生可能エネルギー」から、原子力エネルギーを含む「100%非化石燃料エネルギー」へと変更することで、従来の2045年までの気候中立化という目標を維持する方向性を示した。
中国・米・インドなど「大国」の責任を問うスウェーデン民主党
このクリステション政権にとっての環境保護政策における懸案事項は、閣外協力を行うスウェーデン民主党(Sverigedemokraterna)の存在だった。
スウェーデン民主党は、極右勢力の流れを汲みながら、スウェーデンの寛容な移民政策に反対する政党として1988年に結党した。2010年の選挙で初めて得票率が国会での議席獲得に必要な4%を上回り(実際の得票率は5.7%)、国政政党となった。その後、選挙のたびに得票率を伸ばし、2014年の選挙で第三政党、2022年の選挙で第二政党にまで躍進している。
2022年の選挙前のスウェーデン民主党の環境保護政策に対する考え方は、パリ協定を支持するが、スウェーデンが気候に関して、他国と比べて野心的な目標を設定することには反対するというものだった。例えば、2017年に議会は、スウェーデンは2045年までに気候中立を目指すという目標を採択し、長期的な目標としているが、唯一スウェーデン民主党は2022年の選挙前にこの目標を支持しないとの立場を表明した。なお、EU(欧州連合)は2050年までの気候中立を目指している。
スウェーデン民主党が2045年までの気候中立という目標を支持しない理由は以下のようなものだった。
化石燃料による温室効果ガスの排出量の削減にはグローバルな視点が必要であり、スウェーデンの排出量は国際的に見ても僅かである。スウェーデンでの規制が厳しければ、企業等はスウェーデンから出ていくだけで、結局のところ排出量を他国に移すだけである。
さらにスウェーデン民主党は、主に中国が、他にもインドと米国が化石燃料の排出量を削減すべきだと考えている。そして、スウェーデンとEUが経済成長し、中国に対する影響力を高め、交渉力を強化することで中国の排出量を削減させることができると主張した。スウェーデン民主党は環境保護よりもスウェーデンの経済成長を重視していた。
一時的な化石燃料の消費増加を容認
2022年9月の総選挙は、ロシアによるウクライナ侵攻の結果生じた電気代や燃料代の高騰が大きな争点となった。そして、先述のとおりスウェーデン民主党は第二政党に躍進した。

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