
ウクライナの研究者4名を含む7名で行った共同研究を英文書籍として公刊することができた。そこで私が担当したのは、ロシア・ウクライナ戦争の概念構成に関する議論と、「成熟」理論と「勢力均衡」を結び付ける議論を提示することであった。これらは、私が『フォーサイト』で行ってきた議論とも、重なり合うものだ(https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-96-2295-5)。
この書籍を通じて行った議論をもとにしながら、本稿は、あらためてロシア・ウクライナ戦争の概念構成が、どのように戦争の終結に関する理論的見込みと結びついてくるのかを論じる。そのうえで、現在進行形のアメリカのトランプ政権主導の停戦調停の注目点を描き出す作業を行ってみたい。
戦争が始まったのは2022年か2014年か
2月28日のオーバル・オフィスでの「口論」は、それに先立って行われたドナルド・トランプ大統領からの一連の発言が伏線となったものだった。たとえば2月19日には、トランプ米大統領は、戦争開始の責任を、ウクライナやバイデン政権のアメリカやウクライナが負っている、という趣旨の発言をした。各方面で大きな反発が巻き起こり、ゼレンスキー大統領も「トランプ大統領は偽情報の空間にいる」と発言していた。
こうした経緯があってゼレンスキー大統領は、慌ててワシントンDCにやってきた。いわばトランプ大統領を「偽情報の空間」から抜け出させたい、と思ったということだろう。あるいはJ・D・バンス副大統領が「偽情報の空間」の出所であるとしたら、バンス副大統領を退治したい、と思ってしまうような心理状態でホワイトハウスにやってきたということだ。
ただ、このやり取りの基本的な構図は、トランプ大統領が仕掛けた停戦調停の文脈で理解すべきことである(https://gendai.media/articles/-/147722#goog_rewarded)。トランプ大統領が行いたいのは、停戦交渉であったので、もちろんゼレンスキー大統領に説得されるつもりはなかった。アメリカとウクライナの間の緊張関係の露呈は、起こるべくして起こった。
意図があって行った発言の言葉尻をとらえて論争を挑んでも、待ち受けているものは破綻だけであった。認識をめぐる口論の様子については、日本などでも日常的にSNSなどで起きている言い争いの様子と、大差はなかった。ゼレンスキー大統領は、トランプ大統領とバンス副大統領を、いわば「偽情報の空間」から引きずり出すことを試みて、結果的には挫折した。
そもそもトランプ大統領の言い方は、非常に漠然としたものであった。実は戦争が開始された事情を理解することは、常に簡単なことではない。トランプ大統領は、それを前提にして、あえて挑発的な言葉を投げかけ、ウクライナ大統領には戦争を止めるために努力すべき責任がある、という認識を披露した。
トランプ大統領は、ウクライナを停戦交渉に巻き込むために、大きな圧力をかけている。その過程で、いわば歴史認識問題を持ち出して、ロシアを一方的に糾弾するだけでなく、戦争を防げなかった自らの責任もよく考えてみるべきだ、とヴォロディミル・ゼレンスキー大統領に迫ったのだ。
トランプ大統領の態度に対しては、非難の声が大きい。興味深いのは、トランプ大統領を非難する多くの人々がそろって、「あれほどあからさまな一つの主権国家による他の主権国家への軍事侵略の例はない」といった言い方で、2022年2月24日を参照することだ。
ウクライナ人であれば、「戦争」は2022年ではなく2014年に始まった、と言うのが普通である。それは、マイダン革命を発端として、ロシアによるクリミア併合およびドンバス戦争が起こった年だ。当時からロシア兵士がウクライナ領内に入ってきていたことは、よく知られている。ウクライナ人にとっては、全てがロシアの侵略であった。
ただしロシアに行けば、ウクライナ政府が、東部地域のロシア語話者を迫害したうえで、分離独立運動の帰結としてのドネツク/ルハンスク両人民共和国に戦争を仕掛けた、ということになる。2014年を「戦争」の起点としたうえで、なお異なる物語を信じている。
それにしても、戦争の発生原因の特定が、「戦争」の識別の方法によって変わってくることには、注意が必要である。特にウクライナ情勢を見る場合、「ドンバス戦争」と「全面侵攻以降のロシア・ウクライナ戦争」の関係は、看過されがちだ。しかし、繊細かつ重要な論点である。前者は内戦で、後者が国家間戦争であり、両者は全く別の二つの異なる戦争である、という立場をとる方々も多い。しかしそれでは「ドンバス戦争」は、今どこに行ってしまっているのか。終わったのか、続いているのか。不明である。
特に日本では、「ウクライナ戦争」という呼称が、字数が少なくて便利だという理由で、広範に流通している。この安易な傾向については、上述の拙編著で、ウクライナ人研究者とともに、批判を行った。国連安全保障理事会では2月24日に、米国提案の戦争の停止を要請する決議案が賛成多数で採択されたが(欧州諸国は棄権)、そこで用いられたのは「ロシア連邦とウクライナの間の紛争」という概念であった。なおロシアを非難する国連総会の決議では、一貫して「ロシアの全面侵攻」という概念が用いられている。
21世紀にアメリカがアフガニスタンとイラクに侵攻した際、それぞれが「グローバルな対テロ戦争(Global War on Terror:GWOT)」の局地戦であるかのように、「アフガニスタン戦争」、「イラク戦争」という呼称が用いられた。侵攻を開始したアメリカの存在をあえて取り外す形で、戦争の呼称が定められた。その論理を適用すると、「ウクライナ戦争」という表現に固執するのは、「グローバルなロシアと西側の間の確執」があって、その局地戦としての「ウクライナ戦争」がある、と言いたいことになってしまう。これはかなり踏み込んだ歴史認識の表明である。いずれにせよロシアとウクライナの間にどのような複雑な歴史があったのかを、かえって看過させてしまう。
ドンバス戦争に国際的な要素があったことと、ロシア・ウクライナ戦争がドンバス戦争を吸収したことには、密接不可分な関係がある。この点は、停戦の枠組みを構想する際にも、重要となってくる。なぜなら二つの戦争が同時並行で進展しているのであれば、それらに同時に対応した仕組みがないと、停戦は成立しないし、維持もされないからである。
「ドンバス戦争」は、ウクライナとロシアの「国家性」の問題が解決されなければ、終わらない。他方、拡大した「ロシア・ウクライナ戦争」については、国際システムの観点からの把握が、不可欠だろう。

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