逆回転するアメリカのリーダーシップとジョセフ・ナイの死去

Foresight World Watcher's 4 Tips

執筆者:フォーサイト編集部 2025年5月11日
エリア: 北米 ヨーロッパ
ジョセフ・ナイ氏は国際社会における米国のリーダーシップとリベラルな国際主義を生涯にわたって擁護した[写真は2019年](C)時事

 モスクワで開かれる中ロ両国の首脳会談を控えた5月7日、カーネギー・ロシア・ユーラシア・センターのアレクサンダー・ガブエフ所長は英「フィナンシャル・タイムズ」紙に「習近平とプーチンはトランプが生んだカオスの最大の受益者(Xi and Putin are the greatest beneficiaries of Trump’s chaos)」と題するオピニオンを寄稿しています。ドナルド・トランプ大統領が世界的な関税戦争を仕掛け、米国主導の国際秩序を自ら熱心に破壊しているいま、中国とロシアはその恩恵を受ける立場にあるし、好機を傍観する気もないだろうとの見解です。

 8日に発表された中ロの共同声明(ロシア政府の公式サイトにはアクセスできず、中国政府側へのリンクを張ります)の詳細については専門家の分析を待ちますが、AI翻訳で読む限り、軍事・軍事技術協力を強調するなど、昨年5月の共同声明よりもさらに踏み込んでいる印象があります。ガブエフ氏の懸念は実際、具体化しつつあると言えそうです。

 ロシアとの関係を強化する一方で、中国は「一帯一路」の復活、特に南米との協力に改めて力を入れています。ブラジルとチリは対中貿易に貢献する南米大陸横断ルートの開発を加速することを打ち出しました。コロンビアも新たに一帯一路への参加を表明しました。その背景に、アメリカがトランプ関税によって中ロをグローバル・サウス諸国に売り込む「無意識のセールスマン」(ガブエフ氏)になってしまっているという構図があるのは明らかです。

 こうした秩序混乱の只中、国際政治学者のジョセフ・ナイ氏(米ハーバード大学特別功労名誉教授)が5月6日に逝去しました。88歳。軍事や経済などによる強制ではなく、価値観や文化の力で味方を得る「ソフトパワー」外交を1990年代から提唱しました。4月に亡くなったリチャード・アーミテージ氏とともに、知日派として日米同盟の深化にも尽力しました。

 ナイ氏について、米「フォーリン・ポリシー(FP)」誌は「もはや存在しない世界のチャンピオン」だったという追悼記事を掲載しています(詳細は後出)。アメリカが自ら戦後秩序を破壊する、いわばアメリカのリーダーシップが逆回転をしている今、「ナイがそうであったように、彼の知的子孫たちは今、疲弊した理論を捨て去り、新たな世界秩序とその中での米国の位置づけについて、冷徹でありながら想像力豊かな理解を呼び起こさなければならない」とこの記事の筆者は主張します。

 ほかには“オマハの賢人”ウォーレン・バフェット引退宣言、独メルツ政権波乱の船出をピックアップ。フォーサイト編集部が熟読したい海外メディア記事4本、よろしければご一緒に。

Joseph Nye Was the Champion of a World That No Longer Exists【Suzanne Nossel/Foreign Affairs/5月9日付】

「著名な国際関係学者のジョセフ・ナイが生涯を通じて擁護した米国のリーダーシップとリベラルな国際主義は、ドナルド・トランプ米大統領の2期目に座礁した。その逝去は心が痛むと同時に、まさに悼むべきものである」
「『ソフトパワー』という言葉を生み出したナイは、火曜[5月6日]に88歳で亡くなった。彼の知的指導力、教育、政策指導、外交努力は、50年にわたる米国の外交政策を形づくった。彼の考え方はまた、米国の外交政策エスタブリッシュメント(学者、シンクタンク関係者、政府高官、市民社会のリーダーからなる集団)を形成した」

 日本では知日派、あるいはジャパン・ハンドラーと呼ばれることも多かったジョセフ・ナイ(Joseph Samuel Nye Jr.)が世を去った。FP誌サイトには、米国連大使補佐官などを務めたスザンヌ・ノッセルが5月9日付で追悼記事を寄せている。

「この国の将来に対する懸念の多くが中国に集中している一方で、彼自身の『より大きな懸念』は、米国のソフトパワーに害を及ぼしかねない『国内の変化』だった。『たとえ対外的なパワーが支配的なままであったとしても、国は内なる美徳を失い、他国にとっての魅力を失う可能性がある』とナイは指摘していた」
カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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