無極化する世界と日本の生存戦略
無極化する世界と日本の生存戦略 (22)

インド太平洋に広がる日韓「未来志向」の戦略課題

執筆者:西野純也 2025年10月30日
エリア: アジア
北東アジアにおける2つの協力枠組み「日米韓」「日中韓」に共に加わっているのが日韓の強み[APEC首脳会議にあわせて行われた米韓首脳会談でドナルド・トランプ米大統領と話す李在明大統領=2025年10月29日、韓国・慶州](C)EPA=時事
高市政権の誕生を受け、韓国では日韓関係悪化を懸念する報道が目立っている。だが、両国の世論が安保も含めた日韓協力を前向きに捉え始めているのは間違いない。中国の影響力拡大とトランプ政権の米国第一主義に揺れるインド太平洋地域において、日韓は本来、連携することで相乗効果を発揮できる関係だ。その目指されるべき方向性と留意点を考察する。

「日韓関係の重要性というのは、今、一層増している」、「これまでの政権の間で築かれてきました日韓関係、この基盤に基づきながら、日韓関係を未来志向で安定的に発展させたい1。」高市早苗首相は就任会見でこう力強く述べた。韓国内では高市首相になり日韓関係が悪化するのではとの懸念がある一方、韓国を重視した外交を進めてくれるのではとの期待もあるが、との記者からの質問に対する答えである。懸念の理由は、高市首相の保守的な政治信条とこれまでの靖国神社への定期的な参拝であり、期待の根拠となっているのは、現在の厳しい国際情勢に対応するため日本と韓国の協力は両国にとって選択ではなく不可欠の要請になっている、との見方である。

 それでは、日韓協力に対する期待を現実のものとしていくためにはどうすれば良いのであろうか。日韓両国が位置するインド太平洋地域の諸課題を念頭に、今後の協力のあり方を検討してみる。

対等なパートナーとなった日本と韓国

 1965年の国交正常化から60年を経て、日韓両国は今や対等なパートナーシップを形成するに至った。かつて、日韓間での協力といえば日本による対韓国経済協力のことであり、1970年代から80年代に行われた日韓定期閣僚会議は、もっぱら韓国による日本への経済協力の要請を議論する場であった。

 それから時を経て、現在の日韓両国は、国際社会の平和と安定、そして繁栄のために共に協力するパートナーとなった。2008年4月の日韓首脳会談後に発表された「日韓共同プレス発表」は、両国が「国際社会に共に寄与していくことにより、両国関係を一層成熟したパートナーシップ関係に拡大」していくことを謳った。この頃、韓国は「グローバル・コリア」というスローガンを掲げて国際的地位の向上を目指していたこともあり、日韓協力の機運は高まっていた。

 しかし、2012年以降は慰安婦問題や元徴用工問題による両国の対立が深まり、日韓協力は「失われた10年」とも言える時期を経験した。その後、2022年に韓国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足し、翌23年に元徴用工問題での第3者弁済という解決策を決断したことで、日韓関係は急速に改善すると共に新たな協力の時代を迎えることとなった。尹政権が22年末に発表した「インド太平洋戦略」は日本の「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)と共鳴し、日韓両国が国際社会で協力できる可能性が再び広がったのである。

 そして、2023年8月キャンプデービッドでの日米韓首脳会談と共同声明は、日韓が協力を進めるための基盤を提供した。この共同声明において、日韓両国は同盟国である米国と共にインド太平洋地域での協力を深めていくことで合意し、それを実行に移してきた。

 日米韓3カ国の協力をリードしてきた米国でトランプ政権が発足したことで、日米韓協力の変容が予想されてはいるが、日韓はこれまで以上に国際情勢への対応で連携を深めると同時に、引き続き米国がインド太平洋地域に建設的に関与し続けるように働きかけることが求められている。

日韓の求心力となる厳しい国際情勢

 冒頭で記した通り、韓国内では高市・李在明(イ・ジェミョン)政権下の日韓関係を不安視する見方が多いが、米中戦略競争の深刻化、北朝鮮の核・ミサイル能力の高度化、ロシアによるウクライナ侵略の長期化と北朝鮮の派兵、さらには中朝露3カ国連携の可視化という情勢は、引き続き日韓両国を近づける求心力として作用している。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
西野純也(にしのじゅんや) 慶應義塾大学法学部政治学科教授、同大学東アジア研究所長、朝鮮半島研究センター長。慶應義塾大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科修士課程卒業、同博士課程単位取得。韓国・延世大学大学院博士課程卒業、政治学博士。専門は現代韓国朝鮮政治、東アジア国際政治、日韓関係。在韓国日本大使館政治部専門調査員、外務省国際情報統括官組織第3国際情報官室専門分析員、ハーバード・エンチン研究所交換研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員(ジャパン・スカラー)、ジョージ・ワシントン大学シグールセンター客員研究員、慶南大学極東問題研究所招聘研究委員、延世大学統一研究院専門研究員などを歴任。著書に、『激動の朝鮮半島を読みとく』(編著、慶應義塾大学出版会、2023年)、『アメリカ太平洋軍の研究』(共著、千倉書房、2018年)、『朝鮮半島の秩序再編』(共編著、慶應義塾大学出版会、2013年)、『転換期の東アジアと北朝鮮問題』(共編著、慶應義塾大学出版会、2012年)など。
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