中東―危機の震源を読む (72)

中東諸国に走る社会的亀裂――リビア、バーレーンの大規模デモで何が起きるか

テレビ演説で健在ぶりを示したカダフィ(c)AFP=時事(AFP PHOTO/LIBYAN TV)
テレビ演説で健在ぶりを示したカダフィ(c)AFP=時事(AFP PHOTO/LIBYAN TV)

 エジプトの政権崩壊によって雪崩を打って波及する中東の激動は、まずペルシア湾岸のアラブ産油国の中で最も脆弱な君主制国家であるバーレーンに及んだ。首都マナーマ中心部の「真珠広場」を、エジプト革命の中心部となったタハリール広場になぞらえて集結したデモに対して、バーレーン政府は2月16日深夜から17日にかけて、治安部隊の実弾射撃で弾圧した。さらに治安を安定させるという名目で軍の戦車部隊まで首都中心部に展開し、鉄の弾圧を実行した。しかしこれはバーレーンの金融センターとしての信用を決定的に傷つける手法だった。  インターネットによって弾圧が動画で中継・録画され広まっていく現代においては、公開の場での弾圧は政権にとっては自傷行為に等しい。国際的非難を受けたバーレーン政府は治安部隊を撤退させ、真珠広場は反政府抗議行動の場として定着した。2月22日のデモには10万人が集まった。バーレーンの国籍保持者は約50万人だが、そのうち5人に1人が集まるという極端な状態である。  バーレーン王制の急激な崩壊は、同国に海軍第5艦隊の本拠地を置き、対イランの前哨地点としている米国にとっては極めて不都合である。隣国サウジアラビアにとっては、最大の石油産出地域の東部州に隣接するバーレーンの動揺は、東部州の多数を占めるシーア派少数派への影響からも看過しえない。バーレーンは当面、サウジの軍事的・経済的支援によるいわば「生命維持装置」付きで辛うじて存続する状態となるだろうが、スンナ派のハリーファ王家が、人口の70%の多数を占めるシーア派を差別的に支配する政策を改め、王族の政治的・経済的権限を大幅に割譲する改革を自らの手で実行できるか否かは、極めて不透明である。  イエメンでは2月18日を「怒りの金曜日」として反政府抗議行動が激化しているが、サーレハ大統領は2月2日の次期大統領選挙不出馬と世襲否定以来、追加の妥協をせず、むしろデモ非難を強め、部族勢力の支持を集めようとしており、デモと政権の対決が部族間対立に転化しかねない危険を秘める。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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