経済の頭で考えたこと (1)

五年前に警鐘を鳴らしていた碩学

執筆者:田中直毅 2008年3月号
エリア: 北米

「もし私が若ければ……」という台詞は随分聞いた。老齢化による当事者能力の喪失は誰にも到来する。逃げなのか、それとも歴史に対する責任感から将来世代へのはなむけとしてなのか。老人の同じ一言でもその間には大きな隔絶がある。 米ボストン郊外の老人施設にマサチューセッツ工科大学の教授だったチャールズ・キンドルバーガーを訪れたのは二〇〇二年秋のことだ。小奇麗な施設だったが、老人だけが住人の集合住宅施設には、やはり無関心を装った彼らの視線があった。「気付きましたか。カードゲームに打ち興ずるようにしているが、彼らは私の訪問客に合点がいかないのです」。現役を退いた人々にとって、取材依頼が相次ぐ人物が同一の住処の中に存在すること自体が面白くないのだと老碩学はほほえんだ。新しい発見をした少年のようなくりくりしたまなざしが印象的だった。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
田中直毅(たなかなおき) 国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。
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