風の向こう側
風の向こう側(34)

「篤志家」「子供たち」そして「選手」が紡いだ米ツアーの「奇跡」

大会に合わせてチャリティーを募るためのサイトも、トップ選手たちの協力でできた。左下の赤いシャツが優勝したデシャンボー。

 

 先週、ラスベガスで開催された米ツアー大会の「シュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレン・オープン」は25歳の米国人、ブライソン・デシャンボーが勝利し、米ツアー通算5勝目を挙げた。

 この大会の昔の姿を覚えている人は、現在のゴルフ界では、さほど多くはないだろうと思う。1983年に創設されたこの大会の初代タイトルスポンサーは、驚くなかれ、日本の「パナソニック」だった。

 プロアマ形式で始まった第1回は「パナソニック・ラスベガス・インビテーショナル・プロ・セレブリティ・クラシック」、第2回以降は「パナソニック・ラスベガス・インビテーショナル」という大会名で開催され、当時の米ツアーで最も高い賞金を誇っていた。

 出場選手の顔ぶれも豪華で、1986年はグレッグ・ノーマン、87年はポール・エイジンガー、93年はデービス・ラブが優勝。

 そして、1996年大会はラブとのプレーオフを制したタイガー・ウッズが米ツアー初優勝。そう、ウッズの通算80勝の出発点は、この大会だったのだ。

 しかし、プロアマ形式で5日間、3つのコースを回るこの大会は、徐々に選手たちから敬遠されるようになり、顔ぶれが悪くなってギャラリー数も減少。2000年に大会名が「インベンシス・クラシック・アット・ラスベガス」に変わり、「インベンシス」社との3年間の契約が切れると、直後の2003年大会は、ついにノースポンサーでの開催となった。

 大会名は冠のない「ラスベガス・インビテーショナル」となり、優勝賞金は90万ドルから72万ドルへ格下げになった。トッププレーヤーたちは出場を見合わせ、看板もギャラリーもすっかり減った会場は淋しい雰囲気になった。

 さらに、米ツアーが発表した翌年の大会スケジュール表からは、この大会の名前すら消されてしまい、空欄になった。大会消滅の危機というより、消滅は、ほぼ確実。そんな状況に陥っていた2003年の大会で、1つ目の奇跡が起こった。

 カリフォルニアから試合観戦に訪れた70歳代の女性が、たまたま会場内のセキュリティ男性と会話を交わし、大会の危機を知った。サンフランシスコで大規模なビジネスを営んでいたこの女性の亡き夫は、生前、この大会のプロアマの常連だったそうで、この女性にはラスベガスにもこの大会にも強い思い入れがあった。

「なんとかして大会を残したい。いくらあったら救えるのかしら?」

 ミラクルストーリーは、そうやって始まった。ヘレン・モートンなる優しく勇ましいこの女性篤志家がポンと出してくれた5ミリオン(約5億6000万円)のおかげで、大会は一気に存続への道を歩み始めた。一個人からの資金援助で大会が救われたのは、米ツアー史上初の出来事だった。

 それだけの「支援金」があるのならということで、2004年と05年は「ミシュラン」、06年はスーパーマーケットチェーンの「フライズ」がタイトルスポンサーに付いた。

 そして2007年からは、全米各地で小児病院を経営する「シュライナーズ・ホスピタルズ」が大会スポンサーになった。この大会の2つ目のミラクルストーリーは、そのときから始まり、今年で早12年目を迎えた。

「患者(子供)参加型」の企画を次々と

 シュライナーズ・ホスピタルズは全米22カ所とカナダ、メキシコで小児病院を展開しており、現在はフロリダ州タンパにヘッドクォーターを置いている。

 重い病気や障害を持って生まれた子供たち、事故や火災などで重傷を負い、回復までに何度も手術や入院を必要とする子供たちを、家庭の経済状況にかかわらず受け入れ、高度な医療で救っていくことがシュライナーズ・ホスピタルズの掲げる理念だ。

 同病院がタイトルスポンサーに付いてからというもの、この大会には年々、少しずつだが活気が戻り、12年目の今年はデシャンボーをはじめ、ジョーダン・スピースやリッキー・ファウラーなど人気選手の姿も多かった。

 選手やキャディ、関係者、大勢のギャラリーの間に温かい雰囲気と笑顔が溢れているのは、シュライナーズ・ホスピタルズの大会側が次々に打ち出す患者(子供)参加型の企画が人々に受け入れられ、応援されてきたからに違いない。

 最初の数年間は、患者である子供たちが「写真の展示」という形で試合に参加した。事故で手や足を失った子供、火災で顔に重度の火傷を負った子供、重い病気と闘い続けている子供たちが、それでも笑顔を輝かせる姿がたくさんの写真に収められ、会場内に展示されていた。

 数年後からは、外出できる子供たちが会場にやってきて試合を観戦するようになり、いつしかボランティアの手伝いをするようになった。ここ数年は、子供記者数人がメディアセンターで「仕事」をしていて、私も一緒に楽しい時間を過ごさせてもらった。

 そうやって子供たちと接する機会が増えれば増えるほど、人々の間に理解が生まれ、応援したいという気持ちも強まる。ラスベガス周辺の個人や団体、企業からの寄付はもちろんのこと、ボランティアワークや物品の拠出など、さまざまな形の支援が増えていった。

「限界は心の中だけに宿る」

 今年は、「#ファンドレイズ・フォー・ラブ(#FundraiseFORElove)」というハッシュタグ・アカウントが会場内やインターネット上、SNS上のあちらこちらに躍っていた。

ツイッターでも「#FundraiseFORElove」というハッシュタグが拡散された

 患者である子供たちの中から選ばれた22名の「患者大使」が、スコアボードを持って選手と一緒にロープ内を歩き、その患者大使1人1人が自身の傷病との闘いや人生の夢などのストーリーを掲げつつ、ファンドレイザーとなってクラウドファンディングで寄付を募るという仕掛けになっていた。

 もちろん、マスメディアによるバックアップは欠かせない。大会をTV中継した『ゴルフチャンネル』によって、このキャンペーンは世界240カ国、7億世帯に呼びかけられた。

「患者大使」の1人、メキシコのシュライナーズ・ホスピタルズからやってきた13歳の少女は、左腕が一部しかない状態で生まれ、この病院で開発してもらった補綴(ほてい)アームを着けて動かす訓練やトレーニングを受けて「木登りもできるようになったし、友達とキャンプにも行けた。今はバイオリンの練習が一番楽しい」と笑顔を輝かせていた。

13歳の少女も積極的にチャリティに参加した

 特殊な装置を左腕の先端に着けて上手にバイオリンの弓を支えていた。週3回のレッスンも受けているそうで、その腕前はなかなかのものらしいが、将来の夢は「お医者さんになって、たくさんの子供たちを元気にすること」。

 少女のモットーは「限界は心の中だけに宿る」。限界を心の中に宿らせず、追い出してしまえば、この世の中に限界などないという意味だそうだ。

 こうした「患者大使」たちの生の声は大勢の人々の心に響き、彼らのクラウドファンディングは、大使1人1人の目標額7500ドルを次々にクリアしていった。

下位選手も参加

 大会側は、「患者大使」のみならず選手たちにもクラウドファンディングへの参加を募った。すぐさま9人の選手が手を挙げ、それぞれが7500ドルを集める呼びかけを始めた。

 日頃からチャリティ活動に熱心なトニー・フィナウ(29)は、自身の出身地ソルトレイクシティとハワイにあるシュライナーズ・ホスピタルズを自主的に訪れ、「(創業者の)シュライナーズさんにも会ってきた」という。もちろん、クラウドファンディングにもファンドレイザーにも名乗り出た。

 フロリダで社会貢献に尽力しているジム・フューリック(48)も積極参加。そして、今年の覇者デシャンボーも、優勝する前から、あらかじめクラウドファンディングに参加していたことが、とてもうれしい。いわゆる無名選手、まだ賞金をあまり稼げていない下位選手も参加していたことは、さらにうれしい。

 15年前、篤志家ヘレン・モートンの優しさで救われ、奇跡的に生き残ったこの大会は、今、全米規模の小児病院の優しさと子供たちの生きる力と大勢の人々のチャリティ精神に支えられ、存続し、愛されている。

 その中心にゴルフがあることが何よりうれしい。これは、ラスベガスの奇跡のストーリーであり、そしてゴルフの奇跡でもある。

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執筆者プロフィール
舩越園子 在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。
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