森友問題「麻生財務相」辞任を阻止した「財務省」の悪知恵

執筆者:磯山友幸 2020年4月1日
カテゴリ: 政治
エリア: アジア
悲痛な言葉に満ちている近畿財務局職員だった赤木俊夫さんの遺書 (C)時事

 

 世の中は新型コロナウイルスへの対応一色の様相を呈して来た。ニュースもSNS上も新型コロナ関連の情報が溢れている。

 もちろん、新型コロナとの闘いは目下の最重要課題なので、そうした議論や情報は必要だが、だからと言って、本来ならば世の中を揺るがす問題が、新型コロナ対策にかき消されることになってはならない。

〈コンプライアンスなど全くない〉

 その1つが森友学園問題だ。2018年3月に自殺した赤木俊夫・財務省近畿財務局上席国有財産管理官が残した遺書と手記を、赤木さんの妻が2年を経た2020年3月に公表。国を相手取って訴訟を起こした。夫が自殺するに至った公文書改ざんの「真実」を法廷で明らかにしたい、というのが遺書公表と訴訟の狙いだという。

 〈佐川理財局長(パワハラ官僚)の強硬な国会対応がこれほど社会問題を招き、それに指示NOを誰れもいわない 理財局の体質はコンプライアンスなど全くない これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ。手がふるえる。恐い 命 大切な命 終止符〉(原文ママ)

 亡くなった赤木さんの手書きのメモは、怒りと絶望に満ちていた。パソコンには公文書改ざんを求められた詳細な経緯が残されていた。報道されたそれらの文書を読んだ多くの国民は、涙を流し、怒りを新たにしたはずだ。

 文書には、

 〈元は、すべて、佐川理財局長の指示です〉

 と佐川宣寿・理財局長が指示したことや、それを理財局の中村稔・総務課長から田村嘉啓・国有財産審理室長、楠敏志・近畿財務局管財部長などを経て、赤木氏に改ざんが命じられ、美並義人・近畿財務局長が「全責任を負う」と語っていたことが実名で書き残されている。いずれも国民は初めて聞く話である。

 ところが、国会で「再調査すべきだ」と追及された麻生太郎副総理兼財務相は、2018年に財務省が公表した報告書に尽きており、

 「新たな事実が判明したことはない」

 として、

 「再調査を行うという考えはない」

 とあっさりと拒絶した。

 財務省はその報告書に従って20人を処分し、それをもって幕引きとしている。

 改ざん後、国税庁長官に出世し、退職していた佐川氏は「停職3カ月相当」とされ、その分だけ減額されたものの、退職金は支払われた。遺書で名指しされた中村総務課長は「停職1カ月」、田村室長は「減給20%・2カ月」、近畿財務局長と部長はいずれも「戒告」にとどまっていた。

 この処分発表とともに麻生太郎財務相は「給与1年分を自主返納」したが、結局辞任しなかった。給与1年分と言っても財務相としての分だけで、国会議員としての報酬も秘書の報酬も受け取っているとみられ、資産家の麻生氏にとっては何の痛手にもならなかった。

 「実は、麻生さんは当初、財務相を辞めると言って聞かなかったんです」

 と当時、首相官邸や財務省にいた複数の幹部官僚は語る。部下だけ責任を取らせて自分はのうのうとしているのは、「麻生太郎の生き様に合わない」と本気で考えていたというのだ。

 だが、最終的に麻生氏は辞任を踏みとどまる。それは、麻生氏が辞任すれば、連鎖的に辞任つまり自主退職が避けられなくなる幹部職員が続出し、財務省の組織が壊れる、と財務省幹部らから説得され、それを受け入れたためだという。

 財務相が辞めれば、次のターゲットとして安倍晋三首相に矛先が向くのを避けるためだとしばしば言われてきたが、それが主因ではなかった。

 財務省のエースで次の事務次官が固まっていた岡本薫明・主計局長(改ざん当時は官房長)は「文書厳重注意」という軽い処分で済まされたが、実際に直後の2018年7月に財務次官に就任した。エースを守るためにも、大臣に辞任される事態を、財務省としては何としても避けたかったのである。

いぜん闇の中

 公文書改ざんのきっかけは、2017年2月17日の衆院予算委員会だった、とされる。

 「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」

 安倍首相は、学校法人「森友学園」が設立する私立小学校の認可や、国有地が格安で払い下げられた問題に関して、「名誉校長」に就任することになっていた首相夫人の安倍昭恵氏の関与を追及されると、こう開き直った。

 その発言に合わせるために、公文書の改ざんを指示したのだが、それが佐川氏の「忖度」だったのか、誰かに「指示」されたものだったのかは、いぜん闇の中だ。

 財務省の調査が結論づけているように、仮に佐川氏の暴走だったとしても、指示を受けた幹部官僚たちが、なぜそれを受け入れ、拒否することができなかったのか。

 問題が発覚した時、財務省OBや他省庁の幹部は、官僚の行動としては「あり得ない」「考えられない」としていた。官僚として踏み外してはならない一線を越えたという認識だったからだ。

 だが、財務省の幹部たちが簡単にその一線を越えてしまったのは、佐川氏個人の問題ではなく、財務省という組織の体質の問題と考えるべきではないのか。

 その体質を一変させるには、体質に染まった人を排除、つまり辞めさせる以外に手はない。組織にがん細胞を残せば、またそれが増殖し、当たり前の体質として復活してしまう。不祥事を起こした企業が再び不祥事を起こすのは、結局、こうした組織の体質、カルチャーを一変させることが簡単にはできないためである。

 財務大臣は当然辞任。関与した官僚はすべて懲戒免職にするか、復活の目を潰さなければ、体質はしぶとく残ることになる。「部下思い」の麻生氏は結果的に、「公文書を改ざんしても大臣も官僚もクビにはならない」という「前例」を残すことになったわけだ。

 赤木さんの奥さんの信頼を得て遺書の公表を託された『大阪日日新聞』論説委員・記者の相澤冬樹さんは、『毎日新聞』のインタビューで、

 「森友問題の“不幸”は、常に『安倍政権は是か非か』という視点と絡めて語られるところだ」

 と語っている。新型コロナへの対応が求められるこの非常時に、安倍首相を辞めさせてどうするのだ、という声が一方にあるのは事実だ。しかし、安倍首相やその周辺が改ざんを支持していようがいまいが、改ざんを平然と行う「組織」に問題があるのである。

 その体質が一掃されたという確信が持てない以上、徹底的に再調査をして、官僚たちが同じ過ちを二度と繰り返さないよう、関与した人たちが組織の中で出世する道を閉ざすべきだろう。厳しいようだが、「不正をすれば絶対に報われない」という「前例」を作らない限り、組織の体質は変わらない。

国民は怒るべき

 筆者は、遺書に実名を挙げられたり、処分対象になった財務官僚に、直接知っている人が少なからずいる。付き合いが長く、個人的に仲の良い人もいる。彼らが官僚として何ら「悪意」を持っておらず、職務に従順であることも理解している。

 一方で、自分の出世を考えるあまり、上司の言うことには逆らえないタイプが多いことも事実だ。だからと言って、彼らが言われるがままに「不正」を行ったことは許されるはずがない。まして公文書の改ざんは、官僚が拠って立つ基盤を自ら突き崩したことになる。

 財務省を挙げての不正を、財務省自身が調査することで、本当のことが明らかになると考える人は少数だろう。国会質問で「第三者機関による調査が必要ではないか」と問われた安倍首相が、検察を「最高の第三者機関」だと答えていたのに度肝を抜かれた。検察が不起訴にしたのだから、問題はない、というわけだ。

 だが、検察が起訴するかどうかは、「犯罪」として立証できるかどうかが基準で、財務省の体質による「不正」が、すべて無かったと認定したわけではない。当然、犯罪とされる範囲よりも、不正とされる範囲の方が広く、法律違反として逮捕されなくても、不正として官僚を辞めさせるべきケースはいくらでもある。

 官僚機構つまり行政を監視するのは国会の大きな役割だ。国会は「国政調査権」を握っており、もちろん調査する権限がある。三権分立の仕組みの中で、第三者として調査する立場にいるのは明らかに国会なのだ。しかも、数の論理だけで国政調査権を縛ることはできないはずだ。

 かつて東京電力福島第一原子力発電所事故の際、政府の調査とは別に、「国会事故調査委員会」が設けられ、政府から独立した立場で検証がされた。この国会事故調は憲政史上初の取り組みだったが、その後、国会に調査委員会を設置するための法律整備も行われないまま月日が流れている。これは国会議員の怠慢だろう。

 命を賭した赤木さんの叫びを、今こそ国会は受け止めるべきだろう。その国会を突き動かすのは間違いなく、国民の怒りだ。もっと国民は怒るべきなのではないか。

 

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執筆者プロフィール
磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト活動とともに、千葉商科大学教授も務める。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
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