「遠ざかる東南アジア」との真の関係構築を急ぐべし

執筆者:樋泉克夫 2020年9月17日
エリア: アジア
 

 

 月刊の国際政治経済情報誌として1990年3月に誕生した『フォーサイト』は2010年9月にWEB版として生まれ変わり、この9月で10周年を迎えました。

 これを記念し、月刊誌の時代から『フォーサイト』にて各国・地域・テーマの最先端の動きを分析し続けてきた常連筆者10名の方々に、この10年の情勢の変化を簡潔にまとめていただきました。題して「フォーサイトで辿る変遷10年」。平日正午に順次アップロードしていきます(筆者名で50音順)。

 第9回は【東南アジア】樋泉克夫さんです。

 

 WEB版フォーサイトとともにスタートし、この10年目の節目で幕を閉じた「東南アジアの部屋」は、「“遠ざかる東南アジア”の今を直視する」を基本方針に据えていた。

 当時、この地域における「存在感を拡大する中国に対する、影響力低下を免れない日本」という構図は、10年の時を経て固定化され、「東南アジアは日本から遠ざかり、中国の裏庭化しつつある」との予測は、残念ながら的中してしまったようだ。

 1990年代初頭から始まった中国の“熱帯への進軍”は、2012年に登場した習近平政権が世界戦略として強力に打ち出した「一帯一路」の追い風を受け、進展した。東南アジアに対するアメリカの関心低下の間隙を衝くように、中国は東南アジアを全方位で捉えた。

 中国では鄧小平、江沢民、胡錦濤と歴代政権が権力争いを繰り返し、互いに異なる政治路線を掲げてきたが、“熱帯への進軍”は一貫している。

 東南アジア大陸部中央を南北に貫く「泛亜鉄路(中線)」工事は進展し、2021年末に昆明とラオスの首都ヴィエンチャンは高速列車で結ばれる。その先に計画される、タイ中央部を南下しバンコクに繋がれる路線では、基礎工事が始まった。

 こうして昆明とバンコクを結ぶ公路を軸に陸上物流網が建設され、1990年代初頭に李鵬首相の下で打ち出された中国と東南アジアの一体化構想は、遅々としながらも実現に向けた歩みを止めない。

 中国が新型コロナウイルス感染の震源地であるにもかかわらず、東南アジア各国は中国が「友好」や「人類運命共同体」を掲げて進める「新型コロナ外交」を、それが“放火犯変じた消防士”の行いであったにせよ受け入れている。

“熱帯への進軍”はラオスを越え、いまやカンボジアを衛星国化しつつある。インドネシアもフィリピンも中国製ワクチン導入の方向を打ち出す。台湾の蔡英文政権は「新南向政策」を掲げ、東南アジアとの間での独自な経済外交を積極展開する。

 この10年の歴代アメリカ政権が見せたブレの激しい中国・東南アジア政策は、結果としてASEAN(東南アジア諸国連合)諸国政府のワシントン離れを助長したに過ぎない。ドナルド・トランプ政権が見せる対中強硬策にスンナリと同調する政権を、この地域に見出すことは困難である。

 翻って見るに、第2次安倍政権発足直後の2013年初頭に打ち出した「安倍ドクトリン」以降、確たる包括的な東南アジア政策を見せることのないままに、我が国の東南アジア政策は漂流するばかり。現実の地球ではなく「地球儀を俯瞰する外交」は、限界を露呈してしまった。

 オウンゴール気味に政権を去ることになった安倍晋三首相に代わる菅義偉首相に、「地球儀を俯瞰する外交」に対する抜本的総括を――無理を承知で――是非にも求めたい。

 我が国は官民共々に、第2次世界大戦前にまで遡って東南アジアとの関係を掘り起こすべきだ。“過去の栄光”に徒に頼ることなく、新たな理念を構築する必要に迫られていることを強く自覚すべきだろう。“敵失”を待っている時間的余裕はないのである。

 

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中国が進める東南アジアの「裏庭化」

2010年10月1日

 

 菅直人政権は尖閣諸島問題を国内法に基づいて粛々と処理すると胸を張っていたはずが、高まる中国の圧力を前に唯々諾々と従うかのように中国人船長を釈放した。にもかかわらず、却って中国側の要求は高まるばかり。これでは菅首相が戦略的互恵関係を強弁しようが、戦略のみならず互恵ですらない。四苦八苦状態の日本を横目にしながら、いま中国は、かつて内外から日本の金城湯池と目されていたASEAN……

 

中国「一帯一路」覇権街道の「いま」(上)カンボジア

2018年8月20日

 

 1970年代末に鄧小平が最高権力を握ってから現在までの歴代中国共産党政権は、経済成長至上の道を驀進する一方で、権力と合体した特権層を生み出し、腐敗・不正を日常化させ、社会の格差と環境破壊をもたらすこととなった。前者をGDP(国内総生産)至上主義、後者を特権腐敗社会主義と呼んでおく。

 現実に庶民の日常生活が向上し国威発揚が図られているわけだから……

 

 

 

 

「コロナ禍」の虚を衝く習近平「一帯一路」ラオスへの「進軍」
2020年4月3日

 

 世界屈指の医学部を持つアメリカのジョンズ・ホプキンス大学に付属する「CSSE」(システム科学工学センター)が、アメリカCDC(疾病管理予防センター)やWHO(世界保健機関)の発表に基づいて、「新型コロナウイルス感染マップ」を公表している。

 各国・地域別の感染者・治癒者、それに死者の数が図表化されているだけであり、専門用語を多用したような小難しい解説などは一切ない。無機質極まりないと言えば……

 
 
カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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