深層レポート 日本の政治 (219)

「橋本聖子新会長」を待ち受ける五輪「至難の道」

2021年2月24日
タグ: 菅義偉
エリア: アジア
火中の栗を拾わされた橋本新会長(C)AFP=時事

 

 混乱を極めた東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長人事は、最終的に橋本聖子前五輪相の起用で決着した。世論調査では橋本氏に高い期待が集まり、森喜朗前会長からの交代劇はひとまず奏功したと言える。

 ただ、今後は外国人観客の受け入れの是非など、過去にない難題への調整が待っている。橋本氏には森氏のような強い政治力はない。単なる「お飾り」に終われば、大会は今度こそ息の根が止まるだろう。

世論に好意的に受け入れられた橋本会長

「1月のコロナの状況により、今年の大会開催を不安に思う方も増えているのではないか。加えて今回、新会長を選ばざるを得なくなった一連の経緯は、さらに国民、都民の気持ちを困惑させるものだった。丁寧な説明を心がけ、組織委に対する信頼回復に努めたい」

 橋本氏は2月18日夕の会長就任会見で、「信頼」という言葉を多用しながら「国民のみなさんに歓迎される東京大会」を目指す考えを切々と訴えた。

 女性蔑視とも取れる発言をした森氏の“上から目線”に対し、橋本氏は腰を低くして説明責任を尽くそうとする姿勢が目立つ。

 ある組織委幹部は、

「就任会見では自分の言葉で丁寧に語っていた。世の中の印象は変わるのではないか。紆余曲折があったが、橋本氏に交代してよかった。結果オーライだ」

 と胸をなでおろした。

 実際、橋本会長の就任は、世論に好意的に受け入れられたようだ。

 産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が2月20、21両日に行った世論調査では、橋本氏が新会長に「ふさわしい」との回答が73.2%にのぼった。

 また、今夏開催の是非に関する設問では、「感染対策を徹底して予定通り開催できると思う」との回答が28.0%で、前回の1月調査から12.5ポイントも増えた。

 首相に近い官邸関係者は、

「女性で低姿勢、何よりアスリートの気持ちを代弁できる橋本氏に代わった効果が大きかった。五輪に対する厳しい世論は消えないが、悪い流れをせき止めることはできた」

 と安堵の表情を浮かべる。

平田内閣官房参与と川淵氏の不仲

 森氏の舌禍から橋本氏の就任にこぎつけるまで、会長人事がカオスのような状態に追い込まれたことは周知の通りだ。

 2月11日に辞意を固めた森氏は、後継に元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏を指名。しかしこの直後から、静観を貫いてきた菅義偉首相が、「去り行く会長が後継指名するなど、選出過程が不明朗すぎる」と反発を始めた。加藤勝信官房長官を介し、組織委の武藤敏郎事務総長に人事を白紙撤回するよう強く求めたという。

 政府関係者によると、菅首相が反発を始めた背景に、平田竹男内閣官房参与と川淵氏の不仲を指摘する声があるという。

 平田氏は通商産業省(現経済産業省)の官僚から川淵氏に請われる形でサッカー協会の専務理事に転身したが、協会の運営方針などをめぐって対峙し、川淵氏のもとを離れた経緯があるからだ。

 別の関係者は、

「川淵指名の話を聞いた平田氏が、川淵氏への直接的な批判を避けながら、菅首相に『今回は人事の過程に不明朗さが際立つので、方向転換すべきだ』とアドバイスしたようだ」 

 とも語る。

 結局、組織委はアスリートなど8人からなる会長人事の「検討委員会」を設けて人選をやり直し、女性で夏冬計7回の五輪出場を誇り、五輪相の実績もある橋本氏に候補を一本化した。

 橋本氏を後継に望む声は、官邸から早い段階からあがっていたとも言われる。

 国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長も、森氏の辞任が不可避の情勢になって以降、組織委に水面下で「女性の橋本氏がふさわしい」というメッセージを伝えた。橋本氏はバッハ氏とメールをやり取りできる仲で、IOCにとっても、今後の調整をするうえで好都合と判断したようだ。

外国人観客を受け入れるか?

 組織委は、世論受けしやすい橋本氏に会長職をすげ替えたことを好機と捉え、大会準備作業を加速させる考えだ。

 ある組織委幹部は、国内外の感染拡大状況にかかわらず、来日する選手・役員団に徹底したPCR検査を課したり、選手村やホストタウンからの外出を禁じる隔離策を取ったりすることで、「ワクチンの接種状況に左右されず、大会を確実に実現する」と言い切る。

 しかし、橋本氏を待つ職責を考えると、楽観論ばかりは唱えられない。過去に例のない調整をいくつもこなさなければならないからだ。

 最も重要となるのが観客の扱いだろう。外国人観客の訪日問題と、国内の競技場の入場制限という、2つの重い課題がある。

 大会には海外から約200万人とも言われる観客が押し寄せる。一方、国内では感染状況の緊迫化や変異株の拡散などを踏まえ、1月からビジネス往来も含む全ての外国人の入国を原則認めない措置が継続されている。

 外国人観客の存在は、五輪中止論を煽る最大の要因となっている。国内では、昨年入国時の検査をすり抜けてイギリス型変異株が国内に持ち込まれたと見られる事例が発生した。

 こうした状況下で大勢の観客が一気に入国した場合、「空港から都内まで、公共交通手段の使用を禁じることは無理」(組織委幹部)という事情もあり、国民の不安感は大きい。

 ワクチン接種の遅れも大きな懸念材料だ。欧米から2カ月遅れでようやく始まった接種だが、スケジュールは後退するばかりで、7月の五輪開幕までに一般国民への接種が始まる可能性は低い。

「国民の不安感を和らげるためには、橋本氏が外国人観客を断ると決断する必要がある」(東京都幹部)という声が高まっているが、当然、そう簡単には行かない。

 組織委が用意した五輪のチケットは、国内の一般販売分で約450万枚、海外分は約200万枚。訪日外国人の観戦を認めないとなれば、海外でのチケット払い戻しや海外スポンサーへの補償など、膨大な事務作業が発生する。

 なにより、「観戦スタンドが日本人観客だけとなれば、海外の選手が一方的なアウェーの状況に追い込まれる」という批判も受け入れなければならない。

 組織委関係者は「各国のオリンピック委員会との調整や海外での払い戻し事務などを考えると、4月中には受け入れの是非を判断しなければならない」と語る。

「入場制限」なら購入者の混乱必至

 かりに外国人観客の受け入れを断ったとしても、競技場への入場制限という別の難題に取り組まなければならない。

 現在、緊急事態宣言下の競技場では、「収容人数の50%以下、かつ5000人以下」という厳しい入場制限が課せられている。

 組織委では、4~5月頃に国内のスポーツイベントの状況に合わせ、大会の入場制限の規模を判断する考えだが、大会当日もワクチンの国内接種率が低迷しているだろうことを考えれば、感染リスクへの懸念が残る以上、競技場を満員とする可能性はゼロに近い。

 入場制限を課す場合、すでに販売しているチケットを「間引く」作業が避けられない。チケットを一度すべて無効にする、購入者を対象に再抽選を行うことなどが想定されるが、いずれも難しい対応が求められる。観戦を楽しみにしていたチケット購入者の混乱は必至だ。

 開催直近に国内で感染が再び広がっているならば、「無観客」という事態も決断しなければならない。組織委が見込んだチケット収入は総額約900億円。1兆6000億円以上もの大会の総費用と比べれば5%程度ではあるが、払い戻しの事務手続き費用などを合わせて考えると、問題は膨らむ可能性が高い。

 大会の1年延期を踏まえ、組織委が大幅な見直し策を講じても約300億円しか捻出できなかったことも踏まえれば、900億円を「小さな額」としては片づけられない。

橋本会長が足元を見られる可能性

 こうした難題に挑む橋本氏が相手とするのが、各国の首脳経験者や王族らが多く委員を務めるIOCや海外のスポンサー、各国のオリンピック委員会などだ。

 利権にあざといIOCらの意向を踏まえ、国内の各省庁や自治体、何より各スポーツの競技連盟と針の穴を通すような難しい交渉をしなければならない。

 これまで、森氏は首相経験者として政界や霞が関に強い影響力を持つ立場を活かし、バッハIOC会長らと厳しい交渉に取り組んできた。森氏は大会時に慣行となっているIOC委員の接遇にもメスを入れ、高級車や高級ホテルでの応接を止めたり、開閉会式の簡素化に取り組んだりしたが、これらはIOC側の抵抗を押さえつけて実現した経緯もある。

 橋本氏はアスリートとしては輝かしい実績があるが、政界では閣僚を1度務めただけで、各省庁を実質的に動かすだけの人脈は乏しいのが実情だ。IOC側も橋本氏の実力を見透かし、足元を見る可能性は否定できない。

「組織委のトップが『女性だから』『アスリートだから』といって、橋本氏の意向が簡単に通る素地はない」(文部科学省関係者)という厳しい世界でもある。

 橋本氏の政治力が問われている。

カテゴリ: 政治 スポーツ
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