「4・11」エクアドル大統領選は中南米「政治地図」を塗り替えるか

執筆者:遅野井茂雄 2021年2月26日
カテゴリ: 政治 社会
エリア: 中南米
エクアドル大統領選の決選投票に進んだコレア派のアラウス氏(C)AFP=時事

 

 2月7日に行われたエクアドル大統領選挙で、反米左派のラファエル・コレア元大統領の後継者である若きエコノミスト、アンドレス・アラウス候補(36)が得票率32.72%で首位に立ち、4月11日の決選投票に臨むことになった。

 これを受けて、コロナ禍による未曾有の社会経済危機と露わになった格差拡大など構造問題を追い風に、中南米における「左派政権の復権・回帰の波」を予測する論調がにわかに喧しくなっている。

 2018年にメキシコで誕生したロペス・オブラドール政権、2019年にアルゼンチンで誕生したアルベルト・フェルナンデス政権、2020年にボリビアで誕生したルイス・アルセ政権に続き、エクアドルでも左派政権誕生が現実味を帯びてきた。

 それだけではない。ペルー、チリもこれに続く可能性があるのだ。

ペルーとチリでも左派政権誕生の可能性

 エクアドル大統領選の決選投票が行われる4月11日には、ペルーでも大統領選挙が予定されている。

 エクアドルの情勢は、「拡大戦線」から「共にペルー」に鞍替えして出馬する左派のベロニカ・メンドサ氏(40)にも追い風となろう。

 格差是正を最優先課題に掲げるメンドサ氏は、母親がフランス人で、クスコ出身。ケチュア語を話す。前回の2016年選挙では得票率18%ながら僅差で決選投票に進めなかったが、今回は貧困地域の南部アンデスを基盤に、コロナ禍で拡大する貧困層の取り込みを図る。

 強権で改革を進めたアルベルト・フジモリ政権時代に制定された現行1993年憲法が、市場優位で格差を助長したとして、見直しを求めている。

 4月11日にはさらに、チリでも憲法制定議会選挙が予定されている。

 2019年に起きた右派のセバスティアン・ピニェラ政権に対する反政府抗議活動を受け、国民投票の結果、新憲法が制定されることになった。現行1980年憲法は、新自由主義の象徴とされるアウグスト・ピノチェト軍政の敷いたものであるため、その見直しを主張する左派の影響力が増大するのは確実だ。

 改憲の熱い議論を背に11月21日の大統領選挙に突入することになり、チリでも左派政権が誕生する可能性がある。

 南米では2014年の資源ブームの終焉に伴って反米左派政権が退き、自由民主主義と市場経済に忠実な親米保守派政権の巻き返しが顕著となった。その包囲網とドナルド・トランプ米政権による制裁圧力に耐えて反米左派の権威主義の孤塁を守ってきたのが、ベネズエラのウゴ・チャベス後継のニコラス・マドゥロ体制であった。

 エクアドルやペルー、チリの選挙結果次第では、それを取り巻く政治地図が大きく変わる可能性がある。

各国左派ポピュリスト指導者たちの「復活」

 現在、巻き返しを図っている左派政権や候補者の後ろ盾になっているのが、かつて長期政権を築いた左派ポピュリスト指導者たちだ。

 アルゼンチンのフェルナンデス大統領は、汚職の訴追を免れようとするクリスティナ・デ・キルチネル元大統領(夫のネストル・キルチネル元大統領2003~07年に続き、2007~15年在任)を副大統領に据えている。

 ボリビアのアルセ大統領は、エボ・モラレス元大統領(在任2006~20年)が亡命先のアルゼンチンで擁立を指示した。

 そしてエクアドルで無名のエコノミストだったアラウス氏を候補者に担ぎ上げたのは、汚職容疑で禁錮8年の実刑を受けベルギーに逃れた、コレア元大統領(在任2007~17年)である。

 それぞれ「ペロン党」(アルゼンチン)、「社会主義運動党」(ボリビア)、「市民革命」(エクアドル)の最高指導者の復活だ。

 コレア政権はベネズエラと反米同盟を結び、ボリビアとともに反米左派の中軸にいた。その流れを汲むコレア派の復権は、現在アルゼンチンのフェルナンデス政権が主導する中南米の反米進歩同盟(「プエブラ・グループ」)の勢力結集と拡大を勢いづかせることになろう。

 世界でも最大の格差を抱えた中南米での左派政権の復権は、コロナ禍での低所得層の困窮化や、市場よりは国家の復権が求められる状況を考慮すれば、自然の流れである。

 だがそれが、2000年代の半ばから誕生したこれら「反米左派政権」への単純な回帰となるかと言えば、疑問と言わざるを得ない。

左派にも「コレア派―反コレア派」の対立軸

 先ず、エクアドル大統領選の決選投票でコレア派の復権が確実かと言えば、そうとは言いきれない点だ。

 今回の大統領選は16人の候補者乱立の中で争われ、先述の通りアラウス氏が首位に立った。

 続いて、3度目の挑戦となった保守派で銀行家のギジェルモ・ラソ氏(65)と先住民指導者のヤク・ペレス氏(52)が大接戦を演じ、投票から2週間経た20日深夜にようやく公表された最終選挙結果では、ラソ氏が19.74%で2位となり、ペレス氏(19.39%)を僅差で振り切る形となった。

 したがって決選投票は左派のアラウス氏と保守派のラソ氏の一騎打ちとなるが、決選投票に向けた動向にはなお流動的な面が残されている。

 とくに、開票前半で優位に立ちながら僅差で破れたペレス氏は不正の存在を指摘しており、一時はラソ氏と票の数え直しに合意しながらも、全国選挙管理委員会(CNE)が承認しなかった経緯もあり、先住民サイドは票の数え直しを求め抗議活動を展開する姿勢を崩していない。

 先住民人口が10%に満たないエクアドルでペレス氏がこれほど躍進したことは想定外だ。

 4位につけた民主左派のハビエル・エルバス氏(49)の得票率15.68%も考慮すれば、左派勢力が得票率の3分の2以上を獲得したことになり、左派優位は決定的である。

 しかし、決選投票が順当にアラウス氏とラソ氏の戦いになったとして、左派の勝利が決定的かと言うと、そう単純な話ではない。左派の中にもコレア派と反コレア派の対立軸が影を落としているからだ。

 本来、社会運動に基盤を置く先住民出身のペレス氏と、上意下達を特徴とし強権化を志向したコレア氏とは、水と油の関係に近い。つまり、左派がアラウス氏でまとまると考えるのも非現実的なのである。

 そう考えると、左派が全体の3分の2以上の得票率を獲得したことよりもむしろ、アラウス氏、すなわちコレア派の得票率が3分の1に止まったという事実の方が重要かもしれない。アラウス氏は決選投票で大きくは上積みできない可能性もあるだろう。

「65歳の銀行家」vs.「バラマキ公約36歳」

 そもそもレニン・モレノ大統領の任期満了に伴う今回の大統領選挙では、コレア派の復権を許すか否かが問われている。

 中道左派のモレノ大統領はもともとコレア氏が「市民革命」の後継を期待し副大統領から擁立した人物だが、「反米・反IMF(国際通貨基金」を進めたコレア路線から決別。また、野党や社会運動、メディアを追い詰めた強権的な姿勢から協調路線にも転換。汚職容疑のかかったコレア氏腹心の副大統領を擁護することもなかった。

 復権を狙うコレア氏は、国民投票による憲法改正で大統領の再選が禁じられ、さらに汚職容疑で実刑となると、これを「政治的迫害」と訴えた。そして、閣僚経験はあるもののほとんど無名の若きエコノミストのアラウス氏を指名する巧妙な選挙戦で、一定の影響力維持に成功した。

 アラウス氏は、石油価格の高騰で潤った財政をテコにバラマキ政策で“良き時代”を築いたコレア政権時代の再現を訴え、政権発足後直ちに総額で10億ドルの現金給付を行うと公約している。

 コレア氏とアラウス氏が経済政策をアピールするのは、モレノ政権の経済政策への審判が、今回の大統領選のもう1つの焦点だからである。

 モレノ大統領は多額の財政赤字、重債務の経済を再建するため、コレア政権の「反米・反IMF」路線を転換し、IMFから65億ドルの支援を得た。しかしIMFとの合意に基づき、2019年10月にガソリンなど燃料価格に対する補助金を廃止すると、輸送業者・労組のストライキに先住民運動が合流して全国に抗議デモが拡大。首都キトからグアヤキルに政府機能を一時移転する事態となった。カトリック教会と国連の仲介で補助金廃止は撤回され、抗議デモは収束したが、コロナ対策で医療崩壊にもみまわれ、政権は苦境に喘いでいる。

 このような経済面での「コレアVS.モレノ」の対立構図を引き継いでいるのが、決選投票での「アラウスVS.ラソ」の構図だ。

 銀行家のラソ氏は、基本的にモレノ政権の敷いた親米・市場経済の立場に立つ。カトリック保守組織の「オプス・デイ」出身で、大統領選は右派のキリスト教社会等の支持を得て3度目の挑戦だが、モレノ政権の負の影響をもろにかぶる形となった。

 その上、有権者の多数派を占める若い世代は伝統勢力に拒否反応が強く、65歳でエスタブリッシュメントの銀行家は、36歳の若いエネルギッシュなアラウス氏と比べ、明らかに不利という面がある。

カギを握るのはペレス氏の動向

 ここで注目されるのが、ペレス氏の動向である。

 この20%近い得票率を得たキシュア(ケチュア)系の先住民指導者は、先住民組織の連合体である「エクアドル先住民連合(CONAIE)」の政治組織「パチャクティク」から出馬した。

 CONAIEの主導する先住民運動は、1990年の「先住民の反乱」に続く政治化の過程で、新自由主義政策に一貫して反対の立場を貫いてきた。そして前述の通り、コレア政権とは相容れないない立場にある。中国資本の導入によりアンデス高地で鉱山開発を進めようとするコレア政権に、環境保護の立場から厳しく対立した時期もあり、ペレス氏自身、逮捕歴は数度に及んだ。コレア政権による組織の切り崩しにもあってきた。

 こうした歴代政権との関係の中で、CONAIEの組織力は弱体化傾向が続いたが、2019年10月の反政府抗議行動でペレス氏を中心に主導的な役割を果たし、政治力を回復。ペレス氏は今回の選挙でも、先住民運動が受け継いできた環境保護を前面に出して戦い、自らのファーストネームの「カルロス」をキシュア語で「水」を意味する「ヤク」に改名している。

 今回の大統領選におけるペレス氏躍進が意味するものは、同氏が先住民勢力の枠を超え、汚職と強権を嫌う反コレア派の、よりリベラルな左派勢力に支持を広げたということだろう。外交面のスタンスでも、キューバやベネズエラの独裁体制とは距離を置くと見られている。

 決選投票の帰趨は、このペレス氏がラソ氏とアラウス氏のどちらを支持するかに、大きく影響されるだろう。先住民と銀行家が経済政策で表立って連携することは考えづらいが、環境政策が落としどころとなる可能性はあるだろう。ペレス氏としても「環境左派」の立場を維持しながら、非先住民系の有権者に対する信頼の確保が重要になる。なぜなら、ペレス氏は次の2025年の大統領選挙を見据えた現実的な対応が必要だからだ。

趨勢を決する4月11日

 エクアドルでコレア派が勝利すれば、IMFの融資に加え、トランプ政権末期に米国が行った中国債務の借り換えのための融資も覆る可能性がある。

 実際、ボリビアのアルセ政権は2月17日、ヘアニネ・アニェス前政権がコロナ対応としてIMFと結んだ3.5億ドルの融資を、「国の主権と経済を危うくする」として返却する決断を下した。

 中南米ではコロナ対応におけるワクチン接種でも中国やロシアのワクチン外交が浸透している。反米左派政権の復権は、民主政権との協調路線の復活によって米州での指導力回復につなげようとするジョー・バイデン外交には逆風となろう。

 エクアドル、ペルー、チリの趨勢を決する4月11日の選挙戦の動向が注目される。

 

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執筆者プロフィール
遅野井茂雄(おそのいしげお) 筑波大学名誉教授。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より筑波大学大学院教授、人文社会系長、2018年4月より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『試練のフジモリ大統領―現代ペルー危機をどう捉えるか』(日本放送出版協会、共著)、『現代ペルーとフジモリ政権 (アジアを見る眼)』(アジア経済研究所)、『ラテンアメリカ世界を生きる』(新評論、共著)、『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(アジア経済研究所、編著)、『現代アンデス諸国の政治変動』(明石書店、共著)など。
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