「平和構築」最前線を考える
「平和構築」最前線を考える (24)

アフリカ政策が示すバイデン政権「価値観外交」「対テロ戦争」の現実的バランス

執筆者:篠田英朗 2021年4月8日
エリア: 北米 アフリカ
人権を重視しつつ、バランスのとれた外交を進めつつある (C)EPA=時事
外交通と言われるバイデン大統領。理念を重視し、国際協調を図っていこうとする姿勢は、特に対アフリカにおいて顕著に表れている。その中身はいったいどのようなものなのか――。

 

 アメリカのジョー・バイデン政権は、人権を重視した外交を進める方針をとっている。

 アントニー・ブリンケン国務長官が中国側に厳しい言葉を投げつけたアラスカ会談は、世界中のメディアで大きく報道されたが、それは冒頭でウイグルやチベットの人権問題を持ち出したからだった。人権を旗印にして、「民主主義vs.専制主義」の世界観で、米中対立の時代に臨む方針表明だったと言える。

 ミャンマー情勢についても、バイデン政権は、一連の制裁措置をはじめとする積極的な施策をとってきている。ミャンマー問題での国連安全保障理事会での米英と中露の対立は、現在の国際社会を象徴する図式だ。

 もっとも、人権重視の外交姿勢が、一方的な介入主義への回帰ではないことも明らかだ。地域情勢に応じたバランスをとることへの配慮も見られる。そのことについて、バイデン政権のアフリカへの姿勢を事例に、考えてみたい。

エチオピアにはG7を使った多国間協調

 ミャンマーとあわせて、バイデン政権が頻繁に言及しているのは、エチオピアのティグレ問題である。

 

 最近の東アフリカ情勢が騒がしいことは『フォーサイト』で何度か紹介してきているが(『「エチオピア政府」の軍事作戦は何をもたらすのか』2020年11月12日)、エチオピア連邦政府のティグレ侵攻は、アビー・アハメド首相の権力基盤の確立を狙った国内政治上の対立が、基本的な構図である。公然とアビー政権に反旗を翻していたTPLF(ティグレ人民解放戦線)が軍事力で排除された。

 だが、今やこのこと自体は話題の中心ではない。すでに論点は、そのとき誰がどれくらいの戦争犯罪を行ったのか、に移っている(拙稿『バイデン政権は民主主義の退潮を押し戻せるか』2021年3月3日)。

 事情を複雑にしたのは、アビー政権成立後にUAE(アラブ首長国連邦)の仲介でエチオピアとの歴史的な和解を果たした、エリトリアの介入だった。エチオピア政府もエリトリア政府も当初は、ティグレ州におけるエリトリア軍の存在を認めていなかった。

 しかしSNS等に証拠となる動画や画像が多数流出し、国連高官による安保理での公式報告もあり、エチオピア政府も公式にエリトリア軍の介入を認めるに至った。国際人権NGO(非政府組織)「アムネスティ・インターナショナル」による詳細な報告などもあって、エリトリア軍が、古代キリスト教の伝統を持ち世界遺産登録もされている町アクスムなどで残虐な行為を行ったことは、ほぼ確実となっている。ただし国連安保理では、ロシアと中国が、エチオピア問題に関する声明の発出にも反対した。そこで、日本も含めたG7(主要7カ国)の外相が共同声明を出し、エリトリア軍のエチオピアからの撤退を求めることになった。

 なお、ティグレ州に隣接するアムハラ州から州兵が介入しており、やはり蛮行を働いたことが報道されている。アムハラ人はエチオピア第2の民族の集団であるだけでなく、最も伝統的な支配的民族集団である。ティグレ人とアムハラ人の間の民族的確執に起因すると思われる大量殺害事件が相次いでいる。TPLFが権力を掌握していた1990年代に州境がティグレ州に有利な形で変更された経緯があり、今回の戦争の後、アムハラ州兵が係争地で占領統治を行い始めたとも言われている。

 ティグレ紛争に付随して軍事衝突に発展した、スーダンとエチオピアの間の「アル・ファシャガ(Al Fashaga)三角地帯」をめぐる国境紛争も、スーダン軍と交戦したのはアムハラ州兵だった。4月になってからは、アビー首相の出身民族集団であるオモロ人に対するアムハラ人暴徒の集団暴行とされる動画がSNSに流出する事件も起こった。

 エリトリアはソマリアのイスラム過激派を支援していた歴史を持つし、アムハラ系の人々に「イスラム国」の影響が見られるという情報もある。ティグレ問題は、波及効果を伴って、地域情勢や民族間確執を悪化させ始めている。

 最近になってエチオピア連邦軍も戦争犯罪に加担していた証拠がある、とする報道もなされ始めている。これも大きな論点だが、まずもってエリトリア軍とアムハラ州軍の戦争犯罪が、アビー政権にとって大きな火種だ。外交面でのエリトリア、内政面でのアムハラ人の支持の確保は、政権運営に重大な意味を持つ。それだけにアビー首相が、戦争犯罪問題に対して何も手を出すことができない状態に置かれている、という合理的な懸念が広まっている。

 ブリンケン長官ら米国務省高官は、人権重視の観点から、ティグレ問題にたびたびふれてきている。ただしアビー政権への批判自体は慎重に扱っている印象も受ける。アビー政権がどこまで人権侵害に直接関わったかが必ずしも明らかではないことと、エチオピアには今後も安全保障政策面での役割を期待していることへの配慮があるのだろう。

 ドナルド・トランプ前政権は、アフリカに関心を持っていなかったとされるが、大エチオピア・ルネサンス・ダム(GERD)問題で、エジプト・スーダン・エチオピアの調停を行ったりはしていた。ただし最後はさじを投げてしまった。そしてイスラエル政策の流れもあって、エジプト寄りの姿勢を打ち出していた。

 エチオピアは、現在のアル・シャバブの原型と言えるイスラム法廷会議(ICU)と交戦して2007年に瓦解させ、ソマリアを占領した国である。そのとき背後からエチオピアを支援していたのは、アメリカであった。2018年にアビー政権が成立すると、西側寄りの姿勢に期待も高まった。エチオピアはアメリカにとって重要な国なのである。

 そこでバイデン政権が採用したのが、G7共同でエチオピアに事態の改善を働きかけるという多国間協調主義のやり方であった。エチオピア政府側も、ティグレ州への人道支援への国際的な協力を呼びかけながら、エリトリア軍の撤退と合わせて、人権侵害調査団の受け入れを発表して、歩み寄りの姿勢は見せている。

軍事作戦を避けつつ撤退もしない「対テロ戦争」

 トランプ前政権は、対中対立を煽った点が注目されたが、それは「対テロ戦争」から撤退する政策とセットであった。それに対してバイデン政権の「対テロ戦争」に関する方針は微妙だ。決して本格的に対応を強化したいわけではないだろう。しかし「対テロ戦争」も人権問題と結びついている。一方的な撤退には慎重だ。

 たとえば、バイデン大統領は、トランプ政権がタリバンと合意したスケジュールにそって5月1日までにアフガニスタンから米軍を撤収させるのは困難だ、と表明している。アフガニスタンから撤退する方針は変更しないが、あまりに拙速な撤退は、アフガニスタンにおける人権侵害を黙認することにつながる懸念があるのだろう。タリバンは激しく反発しており、バイデン政権にとって大きな試練になる。

 その他、中東外交では全般的に、バイデン政権の姿勢は中途半端に見える。人権外交を優先させてサウジアラビアやイスラエルと距離をとる中、足がかりが見出せていない。

 これに対して、もともとアメリカの関与の度合いが低かったアフリカへの政策には、バイデン政権の基本的姿勢を見ることができる。それはいわば、多国間協調主義で対テロ戦争を乗り切る、という姿勢である。

 最近、天然ガスが豊富なモザンビーク北部カボ・デルガード州で、新興のイスラム過激派組織が勢力を広げている。この組織は2017年から暴力的活動に出ているが、今年に入って斬首などの過激行動を含めた一般市民への蛮行や、さらには政府施設への攻撃も強めており、約2500人が殺害され、70万人の国内避難民が生まれている。天然ガス開発に携わる企業の活動も停止に追い込まれ、遂にモザンビークの旧宗主国であるポルトガルが軍事介入に踏み切ることになった。

 この組織は、現地で「アル・シャバブ」と呼ばれているが、実際にはソマリアのアル・シャバブとは無関係だとされる。「アンサル・アル・スンナ(Ansar al-Sunna)」と呼ばれることもある。バイデン政権は3月、この組織を「モザンビークのイスラム国(ISIS-Mozambique)」と呼んだうえで、テロ組織として認定した。

 ちなみにバイデン政権は同じ3月に、「ISIS-DRC(コンゴ民主共和国のイスラム国)」なる組織も、テロ組織認定した。これはもともと「Allied Democratic Forces (ADF)」と呼ばれていたコンゴ民主共和国東部の武装組織のことである。

 ADFは1990年代の、コンゴ民主共和国の内戦の過程で生まれた。2015年、ADFの指導者ジャミル・ムクルが逮捕されて投獄された。その後ムサ・バルクが指導者として台頭して、2019年にはISISへの忠誠を表明した。そしてバルクは、2020年9月にADFの消滅と「イスラム国中央アフリカ州(ISIS-Central African Province: ISIS-CAP)」の成立を宣言した。

 ところが、ムクル派のADF残存勢力も存在しており、これと敵対している。武装集団の派閥抗争の状況で行われたISISへの忠誠表明は、実態が伴っておらず、単なる宣伝行為であった疑いが強い。

 3月にバイデン政権が、「ISIS-Mozambique」と「ISIS-DRC」を同時にテロ組織指定したのは、両者がともに「ISIS-CAP」として活動していると認識しているからのようだ。しかし「ISIS-CAP」が何なのか、実態としてどのような連携があるのかは、よくわかっていないのが実情だろう。

 これらのテロ組織は、時々の司令官が持つ個性やネットワークによってかなりの程度性格を変化させるし、組織としての持続性も乏しい。個々の組織を次々とテロ組織認定してもいたちごっこだ。もちろんアメリカも、それはわかってはいるだろう。結局は、テロ組織指定も、当該地域に政策資源を投入するための確認作業でしかない、ということだ。

 アメリカは、「ISIS-Mozambique」対策を行うモザンビーク政府に対して能力構築支援を提供する。NATO(北大西洋条約機構)の同盟国であるポルトガルとも連携していくだろう。その支援活動自体は、安全保障分野での国際協力活動のようなものだ。テロ組織認定は、モザンビーク政府を支援することの正当性を、政策的に裏書きする。

「対テロ戦争」の終結は未だ拙速であり、継続される。ただしアメリカが大々的な軍事作戦を行うような事態は想定されない。そこで最前線の諸国を同盟国と支援することを通じて、できる限りアメリカに有利な状況を作り出す。それがバイデン政権の基本線だろう。

明確な「立場」とネットワークの重視

 エチオピアやモザンビークへの政策を見ていると、バイデン政権のアフリカへのスタンスが見えてくる。

 それは、人権尊重の姿勢を中心にした価値観外交を基本としながら、多国間協調主義で同盟国と共に行動することを心掛けることだ。アメリカの価値観を反映した立場を明確にして「対テロ戦争」も継続するが、同盟国・友好国・支援国のネットワークを重視し、自国が本格的に前面に出てコストの高い作戦を行うことは避ける。アフリカ諸国はテロ組織に対抗するためのアメリカの関与を求めているし、欧州の同盟国もアフリカに関心を持っているため、バイデン政権のアフリカ政策は比較的わかりやすい。

 もっともバイデン政権は、アフリカとは反対の動きを、イエメンに対して見せていた。トランプ政権が行った、イエメンのイランに近いフーシー派に対するテロ組織認定を、2月に解除したのだ。

 これには、人道援助団体からの要請に配慮したという背景があった。テロ組織であるフーシー派の手に援助物資がいきわたらないことを証明するための事務作業は膨大で重たく、深刻な飢餓の危機にあるイエメンで活動する援助団体には過大な負担だとされていた。しかしそれではなぜ、コンゴ民主共和国やモザンビークでは援助団体の負担を軽視するのだろうか。

 イエメンでの措置は、実際にはバイデン政権がイエメンの和平合意の達成に強い関心を持っていることと関係しているだろう。イランとの関係の変更も視野に入れているだろう。これに対してアフリカでは、アフリカ諸国や同盟国と協力し、「対テロ戦争」を遂行し続ける姿勢がより明らかなのだ。

 バイデン政権は「対テロ戦争」について、勝利を目指さず、しかし放棄もしないような姿勢で臨んでいる。そうなると中東からは撤収気味で、アフリカでは多角的関与の姿勢となる。この姿勢の背景には、どの地域でどこまで多国間協調主義をとることが可能なのか、という実態面での事情も関係してくる。

 アジアではどうだろうか。アジアでは、中東とは異なり、アメリカは同盟国を持っていないわけではない。ただし、積極的に介入して役割を担う同盟国までは持っていない。中国の存在感も圧倒的だ。間隙を埋めるのはクアッド諸国(日豪印)だが、NATO同盟諸国と同じようなパートナーシップまでは期待できない。そこでミャンマーをめぐっては、日本からも山崎幸二統合幕僚長が参加して注目された12カ国声明のように、アジア・オセアニアの同盟国にヨーロッパの同盟国を組み合わせた多国間協調主義が模索されている。

 バイデン政権の外交政策は、人権重視の枠組みが強いのは確かだが、今のところブリンケン長官を中心にした職業外交官によるバランス感覚も色濃い。日本の外交的役割も、こうしたバイデン政権の性格をふまえて、見出されていくことになるだろう。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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