深層レポート 日本の政治 (220)

「6月解散・ダブル選」か「秋解散」か――菅首相「再選シナリオ」

2021年4月8日
盤石な菅王国を築くか、短命政権に終わるか――(C)時事

 

 取り沙汰される6月解散・ダブル選。10月21日の衆院議員の任期満了まで約半年、菅首相は総裁選での再選シナリオも視野に入れ、慎重に解散時期を見定めている。

 

 野党が6月の国会会期末に内閣不信任決議案を提出し、それを受けて菅義偉首相が解散を行い、7月4日投開票の東京都議選とのダブル選に臨むという案が取り沙汰されている。

「出して来たらすぐ(解散を)やりますよ。会期末だろうがどこだろうが、不信任ということはあなた方と一緒に政治やってられないということの意思表示でしょ。言って来たら、国民の皆さんに問おうじゃないか」

 自民党の二階俊博幹事長は4月4日放送のBSテレ東番組で、野党の出方次第では6月中に解散に踏み切る可能性を強調した。82歳の二階氏は、最近「物忘れが増えた」(側近議員)などと言われていたが、この時は眼光を鋭く光らせ、闘う姿勢をむき出しにする様子が際立っていた。

 野党が会期末に不信任案を提出すれば、解散時期を探る菅首相にとっては「渡りに船」となるとの指摘もある。任期間際の「追い込まれ解散」は避けたいが、新型コロナウイルスの感染が沈静化する前に、演説会などによって全国規模で「密」が発生しやすい総選挙を行えば、政権への批判は強まりかねない。そこで不信任案を「あくまで野党が選挙の引き金を引いた」との責任転嫁の道具に使えるなら、好都合というわけだ。

ダブル選の2つのメリット

 6月解散・7月総選挙という日程は、今の菅首相と自民党にとって2つのメリットがある。

 1つは、内閣支持率が安定し、野党が低支持率にあえぐ間に選挙を済ますことができるという点だ。

 読売新聞が4月2~4日に行った世論調査によると、菅内閣の支持率は47%で、前月(48%)からほぼ横ばいだった。

 菅内閣の支持率は昨年9月の政権発足時の7割から、観光支援策「Go Toトラベル」の迷走などで年明けには3割台後半に下落した。しかし最近は、特別措置法に基づく緊急事態宣言や「まん延防止等重点措置」を早めに出すなどの感染対策が奏功し、支持率は回復傾向にある。

 一方、同じ読売の調査では、自民党が39%(前月40%)の政党支持率を得たが、立憲民主党は5%(同6%)、共産党2%(同2%)と大差をつけられた。他の世論調査でも同じ傾向が見える。

 野党は昨秋、次期衆院選に向けた態勢を整えるため、旧立憲民主党と旧国民民主党が合流協議を行い、150人規模の新党「立憲民主党」を誕生させた。しかし、枝野幸男代表と福山哲郎幹事長が新党にスライドして続投し、新味に欠ける新執行部の陣容は支持率の改善につながらなかった。

 年明けからの今国会では、総務省幹部の会食接待などスキャンダル追及に精を出したが、内閣支持率を削いだり、立憲の支持率を上げたりする効果は出ていない。

 選挙態勢づくりも遅れている。465の衆院定数のうち、立憲がこれまでに公認候補を立てたのは半数に満たない約200人だ。共産党との選挙協力も、原発や日米同盟など国の根幹政策で齟齬が目立ち、各選挙区で野党候補の一本化作業が遅れている。

「野党が態勢を整える前に選挙戦に臨めば、与党が地滑り的な勝利を図ることができる。任期満了まで待つよりリスクが少ない。私なら6月に解散する」

 最近、安倍晋三前首相は親しい自民党の中堅議員にこう打ち明けたという。

都議選と総選挙の相乗効果

 もう1つの理由は、東京都議選で予想される自公の苦戦を総選挙との相乗効果で挽回できるという点だ。

 2017年の前回都議選で、公明党が小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」と共闘した結果、自民は前々回から議席が半減し、史上最低となる23議席と惨敗した。

 今回、自民はこれを教訓に早い段階から公明に秋波を送り、両党は都議選に向け政策協定を結び、久々に国政と協力体制を揃えることになった。都議選の各選挙区では、都民ファの候補と自公が競う。

 ただ、自民党が今春、密かに行った世論調査では、コロナ対策を巡る小池氏のメディア戦略が奏功しているのか、依然として都ファの勢いが強かったという。

 それゆえ自民党本部にも、「都議選で自民が低迷した後に総選挙を迎えれば、菅政権へのマイナスイメージが波及しかねない」(党三役経験者)と警戒する声が多く、ダブル選を望む声が少なくない。

 一方、肝心の公明党は、東京がお膝元であるが故に「衆院選以上に都議選に力を注ぐ」(支持母体の創価学会関係者)ことで知られる。学会員らの選挙運動を分散させないため、都議選と総選挙との「ダブル」は避けたいのが本音だ。

 しかし最近は、自民党との選挙協力の調整役を務めてきた佐藤浩創価学会副会長が定年退職したり、遠山清彦前幹事長代理が深夜会合問題で議員辞職に追い込まれたりするなど、党の基礎体力が弱っているとされる。

 公明党幹部は「菅首相から『都議選とのダブルだ』と言われれば断ることができない」と語る。

すべてはワクチン次第

 では、首相は6月解散に踏み切るのか。

 首相に近い自民党幹部はこう語る。

「すべてはワクチン接種の進捗次第。最低でも死亡リスクの高い高齢者に一定程度接種が終わらなければ、9月5日の東京パラリンピック閉幕後に先送りするしかない」

 政府関係者は、「高齢者へのワクチン接種が進み、死者数が目に見えて減れば、コロナへの恐怖感が和らぐ」と期待を寄せ、選挙ができる環境が整うと見ている。逆に言えば、現役世代から高齢者への感染が続く現状のままでは、解散に踏み切れないと見ることができる。

 河野太郎ワクチン担当相の説明では、国内では4月12日から65歳以上の高齢者への優先接種が始まる。6月中に全高齢者の約3600万人が2回ずつ接種できる量を市区町村に配送し終える予定という。4月2日の記者会見では、約1800万人分が1回接種できる量のワクチンを5月下旬までに供給できるとの見込みも発表した。

 政府から各自治体への供給は明るい見通しが立ちつつあるが、課題は現場で接種業務に携わる医師や看護師をどう確保するかだ。

 わが国でこれだけ大人数のワクチン接種を一度に行った例はなく、地域によっては深刻な医師不足も指摘されている。3月から始まった医療従事者への優先接種(約470万人)も、第1回の接種を終えたのは4月6日時点で約100万人弱にとどまっており、早くも接種スピードの遅れが懸念材料となっている

 官邸関係者は「7月23日の東京五輪開幕日までに、高齢者への接種を終えている可能性は低い」と打ち明ける。つまり、政府・与党は6月解散に慎重にならざるを得ないのである。

パラリンピック閉会後の秋解散

 現時点で可能性が最も高いのは、首相が9月の東京パラリンピック閉幕後に自民党総裁選をこなし、10月の衆院議員の任期切れ間際に解散する案だ。

 聖火リレーは3月25日に始まったが、世論調査ではなお7割程度が中止や再延期を求めている。

 他方、政府は訪日外国人観客を受け入れない方針を決め、訪日を認める外国人の大会関係者の人数も、コロナ前の想定から半分以下に抑える方向で調整を進めている。外国人選手らは外部と徹底的に隔離し、「ワクチンを前提としなくても、安全・安心な大会を目指す」(菅首相)意向だ。

 厳しい反対論がある裏返しとして、菅首相が大会を成功裏に導けば、内閣支持率は一気に高まる可能性がある。この状況下で自民党総裁選に臨めば、対抗馬が出ても「実質的に消化試合になる」(二階派幹部)だろう。直後に総選挙を控えているのなら、なおさらだ。

 菅首相が総裁選と総選挙を連勝すれば、「次の総裁任期の3年間は実質的なフリーハンドを手に入れる」(同)という見方すらある。

 他方、こうしたシナリオは、あくまで大会が無事に終わることが前提条件だ。大会期間中に国内でコロナが再び猛威を振るったり、選手の間でクラスター(感染者集団)が多発したりすれば、自民党内で「菅降ろし」が始まりかねない。つまり、秋解散もまた菅首相にとって大きな賭けなのである。

 安定した菅王国を築くことができるか、短命政権に終わるか。すべてはコロナとワクチンがその行方を握っている。

 

カテゴリ: 政治
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