【米韓首脳会談】文在寅「自画自賛」でも楽観視できない「米中朝」対立と協調の陥穽(上)

執筆者:平井久志 2021年6月7日
エリア: アジア 北米
韓国を自らの側に引き寄せ、中国との距離をとらせたバイデン大統領(右)。文在寅大統領はその意味をわかっているのか (C)EPA=時事
朝鮮半島政策では一定の配慮を見せつつも、対中国では韓国を自陣に引き込んだバイデン大統領。その老練な手腕が際立ったのか――米韓首脳会談を読み解く。

「会談の結果は申し分なく良かった。最高の訪問で、最高の会談だった。期待していた以上だった」(米韓首脳会談後の帰国途中、SNSに上げた文章)

「期待以上の成果をあげた韓米首脳会談が実質的な結果につながるように関係部署とともに後続措置の実行に万全を期すように」(5月24日、青瓦台会議での発言)

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、ワシントンのホワイトハウスで5月21日(日本時間同22日未明)に行われた米韓首脳会談の結果をこのように自画自賛した。

 政治家が自分の業績を必要以上に評価するのはよくあることだが、米韓首脳会談は本当に「最高の会談」だったのだろうか。韓国が得たもの、米国が得たもの、北朝鮮がジョー・バイデン政権の新たな政策にどう反応するのか、そして中国がどう対応するのかについて、検証してみたい。

韓国側の主張に配慮した対北朝鮮政策

 米韓首脳会談後に発表された共同声明は、米韓双方の主張を織り込んだ組紐のような内容となった。ある方向から見れば韓国の主張が強く浮かび上がり、別の方向から見れば米国の主張が強く浮かび上がるというものだ。

 総体的にみれば、北朝鮮問題では米国が韓国側に配慮して柔軟な姿勢を見せ、対中問題では韓国が米国の主張をかなり受け入れている。一方で、朝鮮半島を取り巻く状況を新局面に導くような躍動感はなかった。

 対北朝鮮政策関係で目立ったのは、まず第1に、かつて金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記を「悪党(Thug)」と呼んだこともあるバイデン米大統領が、今回の首脳会談では北朝鮮を「NORTH KOREA」と言わず「DPRK」と正式国号の略称で呼ぶなど、北朝鮮を尊重する姿勢を示したことだった。

 第2に、バイデン政権がすでに決定した新たな北朝鮮政策にも反映されているように、北朝鮮に対する「外交」は開かれており、北朝鮮に対話に応じるよう促したことだ。

 また、バイデン大統領は「北朝鮮の非核化」ではなく、北朝鮮が受け入れやすい「朝鮮半島の非核化」を求める姿勢を見せた。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」という表現を含んだ国連制裁の履行を共同声明に盛り込んだものの、「CVID」という言葉そのものを声明に直接取り入れることはしなかった。

 第3に、バイデン大統領がこれまで批判してきたドナルド・トランプ前大統領と金党総書記との「シンガポール合意」(2018年6月)だけでなく、南北首脳間の「板門店宣言」(2018年4月)までを含む「既存の南北間、米朝間の約束」に基づいた「外交と対話が韓半島の完全な非核化と恒久的な平和定着をなすために必須であるという共通の信念」を再確認したことだ。

 米国側が米朝間の合意だけでなく、南北間の合意を踏まえて、朝鮮半島の非核化や朝鮮半島の平和体制をつくるという認識を共有したことは、「板門店合意」を政権の大きな成果とする韓国側にとっては大きな意義を持った。また、バイデン政権が2018年の米朝、南北の宣言を踏まえた外交の連続性を表明した意味も大きい。

 第4に、バイデン大統領は「南北対話と関与、協力への支持」を表明した。残りの任期1年の文在寅政権は、米朝と南北の2つの対話の再開に全力を傾けるとしているが、米朝対話だけでなく、南北の対話への米国の支持を獲得したことになった。

 第5に、バイデン大統領は空席であった北朝鮮担当特別代表に、ソン・キム国務次官補代行を任命するというサプライズ人事を行った。北朝鮮人権担当特使を先に任命するのではないかという見方が強かっただけに、これまでずっと北朝鮮問題を担当してきたベテラン外交官で、現実的な対応を取ってきたソン・キム氏の特別代表任命は、米国の対話意志を示すものとみられた。

 しかし、ソン・キム氏は当面インドネシア大使との兼務のようで、米国が北朝鮮との対話に本格的に取り組む姿勢を見せたというよりは、韓国側への配慮を示したといえる。

 第6には、米朝首脳会談の可能性について、

「金正恩氏が核問題について意思を示し、何かを約束するなら会うことができる」

 と述べ、その可能性を排除しなかった。この姿勢は過去にも述べたものではある。だがバイデン大統領は、トランプ前大統領のような「トップダウン方式」の交渉は行わない、とこれまでも繰り返しており、金党総書記が非核化に向けた約束を明確にするなら首脳会談を否定するものではない、というメッセージだ。

「敵視政策」に変化はなし

 このように、米国側はかなり柔軟な姿勢を示してはいるが、それには限界があったのも事実だ。北朝鮮が米国に求めているのは、対話の方法や枠組みではなく、北朝鮮への敵視政策の撤回である。しかし今回の米韓首脳会談は、米国の北朝鮮に対する本質的な姿勢を転換するものではなかった。

 米国務省は5月14日付で、北朝鮮、イラン、シリア、ベネズエラ、キューバの5カ国を“テロ対策をめぐる非協力国”に再指定し、議会に通知するとした。北朝鮮はこれで、1997年から25年連続で非協力国に指定されている。米国の基本的な姿勢に変化がないことを示す一例だ。

 また今回の首脳会談では、米韓合同軍事演習の中止や、経済制裁の解除といった敵視政策の転換につながるような変化はなかった。北朝鮮が対話に応じやすいような環境は準備したが、北朝鮮が魅力を感じる「果実」を準備したとは言い難い。

対中包囲網へ一歩踏み込んだ韓国

 今回の米韓首脳会談で特徴的だったのは、米国が求める対中国共同戦線に対し、日本ほどではないにしろ、韓国が米国側陣営に明確に一歩踏み込んだことだ。

 米国は北朝鮮問題では韓国に譲りながら、反中共同戦線の構築というもっと大きな枠組みでは、韓国を取り込むことに成功したといえた。具体的に見てみよう。

 第1に、米韓首脳は共同声明で、

「台湾海峡の平和と安定の維持の重要性を強調した」

 と、台湾に言及した。米韓首脳の共同宣言で台湾問題に言及するのはこれが初めてとみられた。さらに、

「規範に基づいた国際秩序を阻害、不安定または脅かすすべての行為に反対し、包容的自由で開放的なインド太平洋地域を維持することを約束した」

「われわれは、南シナ海や他の地域での平和と安定、合法的であり、妨害を受けない商業および航行・上空飛行の自由を含む国際法の尊重を維持することを約束した」

 とした。

 中国を名指しせず、新疆ウイグルや香港には言及しなかったが、インド太平洋地域での中国の行動を念頭に置いた表現であった。韓国にとっては大きな変化だ。

 4月の日米首脳会談での共同声明では、中国を名指しした上で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」と明記し、これに対して中国側は「内政干渉」と強く反発した。韓国がこれに続いて同様の表現を共同声明に盛り込んだことは、中国の反発を招くとみられる。

 第2に、中国に対する日米豪印の4カ国連携の枠組みである「Quad(クアッド)」についても、

「米韓はクアッドを含め、開放的で透明な地域多者主義の重要性を認識する」

 との表現を共同声明に盛り込んだ。

 文在寅大統領は会見で、「クアッド」加入について米国からの圧力は「なかった」としたが、「クアッド」に対する肯定的な評価が盛り込まれたことは、「クアッド+アルファ」への参加などにつながる可能性があり、今後が注目される。

 第3に、米韓両国が新型コロナウイルスワクチンを含め、半導体や5G、6Gなどの先端技術分野での協力強化を確認したことだ。声明は、

「われわれは共同の安保と繁栄増進に向け核心・新興技術分野でパートナーシップを強化することで合意した。われわれは半導体、親環境EVバッテリー、戦略・核心原料、医薬品などのような優先順位部門を含め、われわれのサプライチェーン回復力向上に向け協力することにした」

 とした。米韓同盟を単に軍事的な同盟に留めず、米国が「競争」ととらえるITなどの産業分野での米国側のネットワークに韓国が参加する姿勢を明確にしたことになる。これは大きな変化であった。

 中国の立場から見れば、韓国が産業分野で米国の「反中国包囲網」に参加したと受け取るだろう。サプライチェーンの構築は米中間では「競争」の分野だが、韓国がこの競争分野で、中国よりは米国に比重を置いたといえる。

 第4に、韓国のミサイル開発を規制していた「ミサイル指針」の終了を宣言したことだ。

 韓国は米国からミサイル技術を導入するに当たり規制を受け入れ、1979年10月の「ミサイル指針」ではミサイルの射程は180キロ、弾頭重量は500キロに制限された。

 この指針はその後、何度か改正された。金大中(キム・デジュン)政権時代の2001年1月には射程300キロ・弾頭重量500キロに、李明博(イ・ミョンバク)政権時代の2012年10月には射程800キロ・弾頭重量500キロに、文在寅政権の2017年11月には射程800キロ・弾頭重量は制限なしと変更してきている。さらに2020年7月には、宇宙開発のために固体燃料の開発も可能となった。

 ミサイル開発での規制が解かれたことは、韓国では「ミサイル主権の回復」との報道もあり、これを高く評価する雰囲気だ。

 韓国の進歩政権は「自主国防」を掲げ、保守政権よりはるかに多くの国防費を支出し、軍備拡張を続けている。韓国はすでに射程800キロ、弾頭重量500キロの「玄武2C」や射程800キロ、弾頭重量2トンの「玄武4」を開発しており、弾頭重量を軽減すれば北京や東京も射程内に入る。

 そしてミサイル規制が完全に解除されることで、韓国は中距離弾道ミサイルの保有が可能になる。韓国はすでに潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)保有や、軽空母の保有計画や原潜開発の意欲を示しているのだが、自国が「自主国防」の名のもとで軍事強国化の道をひた走る中、どうやって北朝鮮に核ミサイル開発を止めろと要求できるのだろうか。

北は「敵視政策の集中的な表れ」と猛反発

 先述のように、バイデン政権は、「自主防衛」を掲げる文在寅政権に対して「ミサイル指針」を解除するという贈り物をした。しかし、韓国のミサイル指針解除を脅威として受け止めるのは米国ではなく、北朝鮮であり、中国である。

 案の定、北朝鮮の『朝鮮中央通信』は5月31日、「何を狙った『ミサイル指針』終了なのか」という「国際問題評論家」の「キム・ミョンチョル」氏の論評を配信し、ミサイル指針解除は「米国の対朝鮮敵視政策の集中的な表れであり、破廉恥な二重行動をさらす生きた証拠だ」と、米国を非難した。論評は、

「われわれの自衛的措置を国連『決議』違反に仕立て、追従者には無制限のミサイル開発権を許し、口先では対話をうんぬんしながら、行動は対決につないでいくのがまさに米国だ」

「米国が南朝鮮のミサイルの『足かせ』をほどいた目的は朝鮮半島と周辺地域で軍備競争を助長し、われわれの発展を阻害することだ」

 と主張した。

 さらに、文在寅大統領が首脳会談後の共同会見で「うれしい気持ちでミサイル指針終了の事実を伝える」と語ったことに対し、

「地域諸国の照準器内に自ら顔を突っ込んだ南朝鮮当局者の鼻持ちならない振る舞いだ」

 と「南朝鮮当局者」を批判した。そして、

「米国と南朝鮮当局が、彼らが追求する侵略野望を明確に示した以上、われわれの自衛的国家防衛力強化に対し、口が10個あっても何も言えなくなった」

 と、北朝鮮の「国家防衛力強化」を正当化した。

 論評筆者の「キム・ミョンチョル」という名前はよくあるものだが、北朝鮮に「国際問題評論家」がいるのだろうか。日本をベースに活動している人物の寄稿の可能性もありそうだ。 

「台湾に言及すれば、毒を飲むようなもの」

 一方、中国の反応はどうか。

 中国共産党機関紙『人民日報』系の『環球時報』は首脳会談前の5月21日の論評で米韓首脳会談を牽制した。論評は、

「今日の韓国は安全保障を米国に依存していることは誰もが知っている。よって、ワシントンは韓国の外交に影響を与える力を持っている。しかし、中国は韓国の最大の貿易相手国であり、韓国と中国の間の貿易量は、韓国と米国、韓国と日本の間の総貿易量を上回っている。さらに、中国は朝鮮半島問題を解決する上で重要な役割を担っている。ここ数年、韓国は中国と米国のバランスをとる努力をしている。国力は日本より弱いが、外交バランスの知恵は日本よりはるかに上だ」

 と韓国の置かれた立場を説明した。その上で、

「台湾のような中国の中核的利益にかかわる問題で米国に従うことは韓国の国益にならない。それはソウルがワシントンによって一杯の毒を飲むようなものだ」

「共同声明がどのように書かれるかは、韓国が米国からの圧力の下で原則の収益を守ることができるかどうかの試金石となるだろう」

 とした。

 だが、結果的には、韓国は共同声明に台湾も南シナ海の自由航行問題も書き込んだ。日本のように中国を名指しすることなく、新疆ウイグルや香港問題については書き込まなかったが、だからといって、中国はこれを見逃すのだろうか。

中国の「理解」「評価」を期待したが

 中国外務省の趙立堅報道官は5月24日の定例記者会見で、

「米韓関係の発展は地域の平和・安定、発展・繁栄に役立つものであるべきであり、その反対であるべきではなく、ましてや中国を含む第三国の利益を損なうものであるべきではない」

 と懸念を表明した。その上で、

「台湾問題は完全に中国の内政で、中国の主権や領土保全に関わるものであり、いかなる外部勢力の干渉も許されない。中国側は関係国に対し、台湾問題において言行を慎み、火遊びをしないよう促す」

「各国は国際法に基づいて、南海(南シナ海)において航行と飛行の自由を享受しており、問題は全く存在していない。関係国はこの点についてはっきり分かっているはずである」

 と反発した。

 韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)外相は5月24日、『KBSテレビ』に出演し、

「中国も韓国政府の立場に対して理解してくれるものと期待している」

 と語った。また、崔鍾建(チェ・ジョンゴン)第1外務次官もメディアに出演し、

「米日共同声明では中国を名指ししているが、(米韓共同声明では)台湾海峡の平和と安全が重要だという一般論的な文言のみ含まれている。中国の立場からすると、韓国が中国を名指ししなかったことを高く評価するだろう」

 と述べた。

 しかし、邢海明駐韓中国大使は5月24日にソウル市内で開かれたセミナーで、

「残念に思った。中国という言葉はないが、中国を狙っていることをわれわれが分からないのではない」

「台湾問題は中国内政なのにそれも出てきたし、南シナ海は何の問題もない。自由通行はすべて保障されており中国と周辺国の問題」

 と不快感を示した。韓国政府の「期待」はあまりに楽観的なようにみえた。

 韓国は北朝鮮問題での「成果」や「ミサイル主権回復」を評価するが、米中の葛藤の中に深く足を踏み入れたためのリアクションを軽視しているように見える。中朝の立場から見れば、韓国は「米国に取り込まれた」と見るであろう。

 中国の反発が日米首脳会談の時よりも弱く、温度差があるのは事実だ。厳しく対応しすぎて、韓国をさらに米国寄りにしてはいけないという中国側の計算もあるだろう。

 今回の首脳会談での韓国の選択は、良し悪しの問題ではない。米中の葛藤の中で、韓国はそうするしかなかったし、その選択は仕方のないものだった。だが、中国に与えるネガティブな反応を我田引水的に軽視しているように見えた。(つづく)

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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