医療崩壊
医療崩壊 (56)

オミクロン株出現:最優先すべきワクチン追加接種を阻む「官僚ムラ社会の理屈」

執筆者:上昌広 2021年12月3日
ワクチンの効果は時間がたてば衰える ⓒ時事通信フォト
日本のコロナ感染者数が少ないのは、遅れたワクチン接種により、まだ強い免疫を維持する人が多いからに過ぎない。昨年の流行のピークは1月。オミクロン株の出現で追加接種は最優先の急務だが、ここでも厚労省はブレーキを踏む。

 冬を迎え、世界中で新型コロナウイルス(以下、コロナ)の流行が拡大している。オックスフォード大学が提供する「Our World in Data」によれば、11月27日現在の世界の感染者数は70.5人(人口100万人あたり、7日間平均、以下同じ)。夏の流行収束後の最低値だった10月15日の51.3人から37%増加した。

 コロナの流行には季節性がある。昨冬は10月初旬から感染が拡大し、流行のピークは1月11日だった。今冬も当面、感染拡大は続くだろう。感染力が強く、ワクチンによる免疫を回避するおそれもあるオミクロン株が蔓延すれば、爆発的な流行に発展する可能性すらある。

 このような状況の中で、日本の危機感は弱い。なぜ、安穏としていられるのか。それは、日本の感染者数が少ないからだ。11月28日現在の感染者数は0.7人で、8月25日に184.0人を記録後は、ほぼ一貫して下がり続けている。主要先進7カ国(G7)では断トツに少なく、最も多いドイツ(687.0人)の981分の1、日本についで少ないカナダ(76.3人)の109分の1だ。東アジアに限っても、水際対策に成功した中国(0.02人)や台湾(0.35人)と遜色ないレベルで、韓国(72.3人)とは比較にならない。

日本の感染者数減は「接種直後」が理由

 なぜ、日本で感染が抑え込まれているのか。それは、冬の流行の直前に多くの国民がワクチンを打ったからだ。8月から現在までにワクチン接種を終えた日本人は全体の46.9%。これは日本国内で高齢者へのワクチン接種が本格化したのが5月からで、その後、菅義偉前総理のリーダーシップで急速に追い上げたからだ。

 昨年末からワクチン接種が始まった欧米諸国では、この時期にワクチンを打った人は多くはない。日本以外のG7諸国は米8.4%、英11.6%、独15.5%、カナダ17.3%、伊20.4%、仏21.5%だ。

 コロナワクチンの効果は時間の経過と共に減衰する。米ファイザー社によれば、デルタ株の場合、接種終了から4カ月目には感染予防効果は53%まで低下する。米モデルナ社からの報告でも、ワクチン接種後、約5カ月で、感染予防効果が36%低下している。

 同様の調査結果は日本からも報告されている。10月13日、福島県相馬市は、ワクチン接種を終えた相馬市民500人から採血し、中和活性を測定した結果を発表した。中和活性(40歳未満の中央値)は、2回目接種から30日未満で2024 AU/mL、30~90日で753 AU/mL、90日以上で106 AU/mLと急速に低下していた。

 ちなみに、筆者は2回目接種から153日の段階で、コロナ抗体検査を受けた。中和活性は14.8 AU/mLと低下していた。コロナが流行すれば、感染するリスクは高い。

 今冬、日本で感染者が少ないのは、多くの国民、特に現役世代がワクチン接種を終えたばかりで、強い免疫を維持しているからだ。一方、欧米で感染が拡大したのは、ワクチン接種が迅速に進んだため、2回目接種から時間が経ち、接種者の免疫が低下しているからだ。図1は、OECD諸国における9-11月の人口あたりのワクチン接種数と11月23日時点での感染者数の関係を示している。ワクチン接種数と感染者数が概ね逆相関していることがわかる。

図1

追加接種が効果を上げたイスラエル

 実は、日本と同じく感染者を抑え込んでいる国がある。それはイスラエルだ。コロナは流行当初から欧米などの先進諸国での感染拡大が深刻だが、その中でイスラエルは例外的な存在だ。なぜ、イスラエルの感染者が少ないのか。それは、この時期に追加接種を進めたからだ。

 イスラエルは、世界最速でワクチン接種を進めた国だ。3月23日には国民の半分が接種を終えており、日本より5カ月以上早い。ところが、このイスラエルで夏場にコロナが流行した。6月から感染者が増加し、9月14日には感染者数は1187人に達した。日本の夏場のピーク(184人、8月25日)の6.5倍だ。

 イスラエルはワクチンの効果が低減したと考え、8月1日から60才以上を対象に追加接種を開始した。効果は顕著だった。10月7日、イスラエルの研究チームは米『ニューイングランド医学誌』に、追加接種により感染率は11.3分の1、重症化率は19.5分の1まで低下したと発表している。その後、同国は追加接種の対象を拡大し、11月27日現在、国民の43.8%に接種を終えている。

 世界は、イスラエルを範とした。11月27日現在、主要国の追加接種完了率は英25.1%、米11.1%、独10.3%、伊9.6%、仏9.3%、韓5.4%、中国4.6%だ。東南アジアでもマレーシア6.6%、タイ4.6%など、接種が進んでいる。彼らは、冬の流行本番までに、何とか医療従事者や高齢者に接種しようと考えている。これは医学的に合理的だ。

追加接種にブレーキをかける厚労省の不合理

 主要国で追加接種が、いまだに始まっていないのは日本くらいだ。日本政府は、可及的速やかに追加接種を始めるべきだ。前出の相馬市は12月から高齢者に対して接種をはじめることができるよう準備を進めてきた。このような自治体を応援することこそ、岸田政権の責務だが、そのつもりはなさそうだ。

 厚生労働省は追加接種を、2回目接種から原則として8カ月後とし、6カ月に短縮できる基準をクラスターが発生した医療機関や高齢者施設に限定した。ひとたび医療機関や介護施設でクラスターが発生すれば、多くの高齢者が死亡する。厚労省の言い分は最早、理屈になっていない。

 9月、厚労省は8カ月を推奨する理由として、「2回目接種開始想定時期から追加接種開始(免疫不全者のみを対象とした追加接種を除く)までの期間は、イスラエルでは約7カ月、フランス、ドイツでは約8カ月、米国、英国では8カ月以上となっている(厚労省厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会資料、9月17日)」と説明した。イスラエルや諸外国が追加接種に踏み切った理由は前述の通りだ。厚労省の説明は医学的に合理的でない。コロナ対策を仕切るのは医系技官だ。この程度の理解で政策を立案しているのだから、迷走するのも当然だ。

 その後、厚労省も問題を認識した。11月15日には、専門家分科会が「地域の感染状況などで自治体の判断により、8カ月より前に接種をする場合は6カ月以上の間隔をあける」と方針を変更した。勿論、厚労省が根回しし、専門家との間で、この方針で合意形成されていたのだろう。高齢者の免疫は接種後3カ月で低下することもある。6カ月に制限する医学的合理性はないが、それでも8カ月よりはましだ。

一部自治体の反発で「政治決着」

 ところが、こうなると一部の自治体が方針転換に反対した。「集団接種の場所も医療従事者も、今から前倒しして確保するのは難しい」(保坂展人・世田谷区長、11月6日)、「月曜日の厚生労働省の専門家の分科会の議論では急に6カ月の話が出て、現場としては困惑し、会場の確保が厳しいと思っていた。今日の説明会の中で、国からは、これまでどおり基本は8カ月ということだったので、一安心した」(澤田健司・豊島区ワクチン接種担当課長、11月17日)など、主に都市部の自治体からの抗議を受けて、厚労省は再度、方針を変更した。

 勿論、自治体の中には「6カ月への前倒しが決まった場合は自治体に負荷がかかるかもしれないが、一番大事なのは県民の健康や命だ」(大井川和彦・茨城県知事、11月18日)のように正論を唱える人物も少なくない。ところが、「東京など大都市圏を中心に反対の声があがり、与党が呼応した結果、今回の政治決着となった」(某市市長)のが実態のようだ。

 私も、厚労省の朝令暮改に振り回される自治体担当者の苦労はわかる。ただ、準備が整わない自治体に合わせて、追加接種を遅らせることが、果たして正しいのだろうか。これでは国民の命を軽視した「護送船団方式」だ。国民の命より、行政の都合を優先したことになる。

 そろそろ、こういうことは止めたらどうだろう。コロナ対策で最優先されるべきは科学的な正しさだ。厚労省が、当初、「諸外国に倣って8カ月」としたことは医学的に間違った判断であった。その後、6カ月に方向修正しようとした際には、「国民の命を守るためには早期に接種するのが望ましい」と自らの見解の間違いを認め、きっちりと訂正すべきだったが、そこは有耶無耶にした。このため、自治体からの反発に反論できず、「原則として8カ月」が決定した。

官僚組織で「科学的合理性」は二の次

 11月27~28日、私は「第16回現場からの医療改革推進協議会シンポジウム」を主催した。シンポジストとして登壇した塩崎恭久・元厚労大臣は「コロナ対策で最優先すべきは、公務員制度改革」と主張した。多くの政治家が官僚に依存していることを認めた上で、塩崎氏は「国民はコロナ対策に科学的な合理性を期待するが、官僚組織で最優先されるのはムラ社会の論理で、科学的合理性など二の次」と発言した。まさに、今回のケースは、典型例だ。

 非科学的でも、ムラ社会の体面を保った官僚が出世していけば、優秀な若手官僚は嫌気がさして辞めていく。厚労省は、こうやって劣化を続けてきた。塩崎氏は「できることなら政府には優秀な人材が集まって欲しい。そのためには、科学的に正しい医療政策を遂行した役人が評価されなければならない」と発言した。そして、「最優先すべきは公務員改革だが、自民党の総裁選で、このことを問題視した政治家は一人もいなかった」と現状を嘆いた。筆者も同感である。

 平成以降、我が国は地盤沈下を続けている。コロナ対策も同様だ。今のやり方ではだめだ。本気で、この国のあり方を考える時期にきている。

カテゴリ: 医療・サイエンス
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執筆者プロフィール
上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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