インテリジェンス・ナウ
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ロシアが小型核先制使用の恐れも:核のハードル低下が呼ぶ「第3次世界大戦」リスク

執筆者:春名幹男 2022年3月29日
エリア: ヨーロッパ
ロシア非戦略核兵器の中心とされるミサイルシステム「9K720イスカンデル」 Andrey69/shutterstock
ロシアは2014年の軍事ドクトリンで「地域紛争での非戦略核兵器の使用」を認めるに至った。通常戦力の弱体化を代替する形でロシアが進めた新戦略は、「実際には使えない」はずだった核兵器の性格を今や一変させている。

 米情報機関は、ロシアのウクライナ侵攻後も、積極的に対露情報工作を継続し、ウクライナを強力に支援している。ウクライナ善戦の裏で、米国のインテリジェンス協力が戦果を上げているのだ。それに加えて、米国はウクライナに異例の手厚い軍事援助も続けている。

 また、ウクライナが求めた戦闘機の供与について、「米軍が(ポーランド所有の)ロシア製ミグ29戦闘機をウクライナに搬送してほしい」とのポーランドの提案をジョー・バイデン米大統領は頑として拒否した。ウクライナが求める「飛行禁止区域」の設定もバイデン大統領は断った。

 なぜか。インテリジェンス工作でも武器供与でも、あるいは「飛行禁止区域」設定でも、米軍がウクライナ領内で活動すれば、必然的にロシア軍と直接接触する事態が起き得る。

 もし交戦状態に陥って、米軍が攻撃を受けた場合、北大西洋条約機構(NATO)の同盟国は同条約第5条に基づき、米軍の防衛に参戦する義務が生じる。その結果、第3次世界大戦に発展する危険がある。バイデン大統領はそんな事態を恐れているのだ。

 しかも、ロシアがウクライナで核兵器を先制使用する可能性があり、バイデン政権は特に警戒している。なにしろロシアは冷戦後、NATOの拡大に対抗して「使える核兵器」の開発を進めて、核兵器使用のいわゆる「敷居(threshold)」を下げ、核使用のハードルを低くしてきたからだ。

NATO拡大に対抗して核戦略を転換

 実は、ロシアはウラジーミル・プーチン大統領が政権を掌握して以降の約20年間、その核戦略を大幅に修正してきた。各種資料を読み解いて判明したことだが、ロシアはその「修正」をNATOの東方拡大に対抗して進めてきたのである。

 大まかに言えば、超大国間の対立よりも「地域紛争対策」、長距離ミサイルよりも短・中距離ミサイル、メガトン級の「戦略核兵器」よりも爆発規模の小さい「非戦略核兵器」を重視する戦略へと移行したのである。

 それにともなって、核兵器使用に課していた厳しいハードルも下げてきたのだ。

 東西冷戦時代は米ソ両超大国がメガトン級の超大型核兵器を保有、「恐怖の均衡」と呼ばれた「相互確証破壊(MAD)」によって、事実上の相互抑止状態に置かれてきた。

「核先制使用」の禁止を放棄

 冷戦後のロシアで、冷戦時代から大きく変化したのは、旧ソ連時代の「核先制使用」の禁止を放棄したことだと言われる。

 また、冷戦時代とは異なり、小型の非戦略核兵器(非戦略核)が大きい役割を演じるようになった。非戦略核は大陸間弾道ミサイル(ICBM)などに搭載する戦略核より爆発規模が小さく、射程も短い。戦場で使用する「戦術核」とも呼ばれてきた。

 その理由の第1は、冷戦後のロシアが大規模な「通常戦力」を持てなくなる一方、「ロシア周辺にある、旧ソ連を構成した14共和国で脅威が高まった」ことだ、と米議会調査局(CRS)の「非戦略核兵器」報告書は指摘している。その「脅威」とは、まさにNATOの東方拡大である。

 冷戦時代はまったく逆で、旧ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍の圧倒的な通常兵力に対抗するため、NATO側は核の先制使用を放棄しなかった。しかし、冷戦後ロシアは経済難に人口減が重なり、通常兵力を削減せざるを得なかった。

 かくして、ウクライナ侵攻で自ら通常戦力の弱体化をさらけ出してしまったことは、皮肉な事実と言えるだろう。しかし逆に言えば、ウクライナで「非戦略核」の出番となる可能性が高まったとも言える。

トランプ前政権のNPRで厳しく批判

 ロシア政府は特に1999年のコソボ紛争以後、通常戦力の弱体化を非戦略核の近代化によって代替する形で、新戦略を進めた。

 ロシアは、強制的にクリミア半島を併合した2014年の「軍事ドクトリン」で、ロシア国境周辺の諸国に駐留するNATO軍を「ロシアの安全に対する脅威」と警戒を強めた。そして「地域紛争での非戦略核兵器の使用」を認めるに至ったのである。

 侵攻3日後の2月27日、プーチン大統領はセルゲイ・ショイグ国防相に対して、核戦力を運用する部隊が「高度な警戒態勢」に移行するよう指示した。侵攻の緒戦でつまずいた苦戦の状況下で、シナリオの1つではあったのだ。

 ロシアの新しい核戦略について、初めて正面から論評したのは、ドナルド・トランプ前政権が2018年2月に公表した「核態勢見直し(NPR)」報告書で、次のように指摘している。

「ロシアの戦略とドクトリンでは核兵器の 先制使用を強調している。核のエスカレーションの脅威あるいは実際の先制核使用は、ロシアに有利な条件で紛争の段階的縮小(デエスカレーション)をもたらす、というのは誤った評価だ」

 さらに、「強圧的な核の脅威あるいは限定的な核の先制使用で米国およびNATOをマヒさせ、それによってロシアにとって望ましい条件で紛争を終わらせ得るとの期待は間違っている」と厳しく批判している。ただトランプ前大統領個人の戦略観を反映した考え方ではないだろう。

米政府「核使用の厳格化」を見送る

 このロシア核戦略は、しばしば米国で「デエスカレートするためのエスカレート(escalate to deescalate)」あるいは「E2DE」などと呼ばれるが、日本の専門家の間でも議論は混乱している。

 米戦略軍司令官や統合参謀本部副議長を歴任したジョン・ハイテン退役空軍大将は「それは勝つためのエスカレートだ」と断定している。

 バラク・オバマ元政権の2010年版NPRは、「地域の抑止戦略では、核兵器の役割を低下させ、ミサイル防衛への依存を高める」方向を示しているとの考え方で、バイデン現政権もその方針を引き継いでいる。ロシアとは対照的な立場を示しているのだ。

ただ、近く発表予定のバイデン政権のNPRは、当初予定していた核使用の「厳格化」を見送ることを決定した。英『フィナンシャル・タイムズ』によると、ロシアのウクライナ侵攻、中国の核軍拡を受けて、「米軍の拡大抑止」強化を求める日本や欧州の要請を受け入れたという。これにより、生物・化学兵器・核兵器の攻撃に対して核兵器で反撃する戦略を維持する。新しいNPRでは、核兵器の使用を核攻撃の反撃のみに限定する考えを示していた。先のNATO首脳会議などで説明したとみられる。

 核運用部隊にプーチン大統領が「高度な警戒態勢」を指示したことに対して、ロイド・オースチン米国防長官は、

「核兵器の使用に関するいかなる発言も危険で避けるべきだ」

 と非難した。しかし、プーチン氏自身をどう抑えるかが深刻な課題となっている。

爆発規模は広島原爆の3分の1も

「非戦略核」は、ロシア周辺での使用が想定される核兵器であるため、ロシア自体に危害を及ぼすメガトン級核兵器ではなく、広島原爆(約16キロトン)や長崎原爆(約21キロトン)より爆発規模が小さい核兵器を開発することになったとみられる。 

 全米科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセン研究員によると、ロシアが保有する非戦略核弾頭数は計1912発と推定されている。その内訳は、海軍が巡航ミサイル、対潜水艦ロケット砲、地対空ミサイル、魚雷、対潜爆弾を合わせて935発、空軍が戦闘機および爆撃機用の約500発、陸軍が短距離ミサイル、砲弾用、地上発射型巡航ミサイル9M729用の70発、防空・ミサイル防衛用の290発などとなっている。

 非戦略核戦力の中心的武器として注目されるのは2006年から運用されている地対地ミサイル・システム「9K720イスカンデル」で、弾道ミサイル型(イスカンデルM)と巡航ミサイル型(イスカンデルK)がある。射程は500キロ未満。これには核・非核弾頭の搭載が可能で、クラスター爆弾や燃料気化爆弾、地中貫通型バンカーバスターを装備していると伝えられる。

 また、2018年配備と伝えられ、ウクライナに対する発射も確認されたマッハ10の極超音速空対地ミサイル「Kh-47M2キンジャール」も注目されている。ミグ31戦闘機搭載で核・非核の弾頭があり、ミサイル防衛が難しい。

 非戦略核弾頭の爆発規模は明らかにされていないが、『ニューヨーク・タイムズ』によると、イスカンデル搭載の核弾頭のうち「最も爆発規模が小さいものは広島原爆の3分の1程度」と伝えられる。約5キロトンとみられる。

 ロシアのウクライナ侵攻前に偵察衛星が探知した情報だと、イスカンデルの発射台がベラルーシとその東側のロシア領内に配備されたと言われる。これまでのところ、核兵器搭載の有無は確認されていない。

米国には0.3キロトンの核兵器も

 これに対して、米国が欧州に配備する非戦略核弾頭は約100発でロシアの約20分の1だ。

オバマ元政権は2010年のNPRで、旧式となった「B61」核弾頭を再生利用する方針を示唆した。核物質を再利用した「B61-12」には爆発規模を調整する装置が取り付けられ、最小規模は広島原爆の2%、つまり0.3キロトン程度まで下げられる、と『ニューヨーク・タイムズ』は伝えている。この弾頭を命中精度が高い「スマート爆弾」にしてF35戦闘機に搭載、欧州に配備する計画という。

 この動きに対して、オバマ政権のジェームズ・カートライト統合参謀本部副議長は当時、「核のタブー」を破るものだとの見方を示した、と同紙は伝えている。つまり、これまで核兵器の使用はタブー視され、実際には使えない兵器とされてきた。しかし、ロシアが切り開いた爆発規模が小さく、命中精度が高い非戦略核の開発によって、タブーでなくなるというのだ。

 唯一の戦争被爆国、日本にとってもゆゆしい問題が提起される時代に入ったと言える。

米国民は戦争への関与に反対

 他方、米国はインテリジェンス工作で「核武装」のロシアに対抗する形となっている。

 米軍の高度な技術を持つインテリジェンス工作員は、ポーランドなどNATO同盟国や公海の上空を飛行する航空機から、ウクライナ国内に侵攻したロシア軍部隊に関する情報を収集している。

 冒頭で書いたように、ウクライナ領空・領土には入れないが、無人機「MQ9リーパー」やRC135電子偵察機、E3空中警戒管制機(AWACS)を飛行させ、通信情報や画像情報(IMINT)を収集、ウクライナ側に提供している。

 ロシアによる2014年のクリミア半島併合と、親ロシア勢力によるウクライナ東部の一部占領は、米情報コミュニティに大きいショックを与えていた。

 米中央情報局(CIA)は、2015年以後米国内の秘密施設でウクライナ特殊部隊を訓練するプロジェクトを続けてきたことが、今年1月の米報道で明らかになった。ロシアのインテリジェンスに詳しいジャーナリスト、ザック・ドーフマン氏が『ヤフーニューズ』で伝えている。その訓練開始から7年、何人規模の部隊が構成されたか明らかではないが、もし首都キエフが陥落しても、彼らはゲリラ闘争を続けるとみられる。

 米国の世論調査によると、多くの米国民は米軍が直接戦争にかかわることに反対している。ピュー・リサーチ・センターによると、「核戦争のリスクがあっても軍事行動を取る」ことに賛成は35%、反対は62%。逆に「厳格な対ロシア経済制裁」への賛成85%、「ウクライナに近いNATO諸国への大量の米兵配備」への賛成77%となっている。

 中間選挙がある今年、バイデン大統領はこの世論に沿った政策を取る可能性が高い。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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