西銘順治:巧みに利用した「基地問題」というカード

執筆者:野添文彬 2022年7月3日
タグ: 日本
エリア: アジア 北米
1970年代の嘉手納空軍基地第1ゲート(C)時事
第3代沖縄県知事に就任した西銘順治は、第2次振興開発計画の策定を通してその政治力を発揮していく。時に基地問題を交渉カードとして利用する西銘の手法に日米政府も一目置くようになる。

 1978年12月14日、西銘順治は復帰後3代目の沖縄県知事に就任した。12月19日の沖縄県議会での初の所信表明演説で西銘は、「超党派的立場」に立って「県民本位の県政」を行うと述べ、深刻な不況に対し、「当面県経済の浮揚策は財政主導で確保する必要があり、雇用吸収力の高い公共投資の拡大と基幹的公共事業の早期実現化を図る」と方針を示している¹

 西銘は、自身について「県民党」「超党派的立場」をしばしば強調した。それは、一つには、当時県議会において自民党は少数与党であり、多数を占める革新政党との協力が議会運営上不可欠だったことによる。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
野添文彬 沖縄国際大学法学部 地域行政学科准教授。1984年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、同大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は国際政治学、日本外交史、沖縄基地問題。主な著書に『沖縄返還後の日米安保: 米軍基地をめぐる相克』(吉川弘文館/2016年)、『沖縄米軍基地全史』(吉川弘文館/2020年)がある。
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