日本で「Web3」を開花させるカギは「税制」と「海外人材」――郭宇×渡辺創太対談(前篇)

執筆者:夏目英男 2022年7月14日
左から郭宇氏、渡辺創太氏
ブロックチェーン技術がブレークスルーをもたらした「Web3」にどう対応するか。自律的で非中央集権的な新たなインターネットの時代を迎え、その先端を走る起業家は速やかな法整備によって日本の可能性も大きく拓けると指摘する。

 「Web3時代の到来は、日本経済の成長につながると確信している」1。そう発言したのは、岸田文雄首相だ。

 現在、Web3と呼ばれるブロックチェーンの技術を用いた、特定のサービスやプラットフォーム、企業に依存しない分散型のインターネットが世界を席巻している。アメリカをはじめ、シンガポールやイギリス、ポルトガル、アラブ首長国連邦(UAE)といった国々でも法整備が進み、GAFAMが代表するプラットフォーマーの時代、すなわちWeb2の時代を根底から覆し、新たに到来するWeb3の時代に向けて、着実に準備を進めている。

 世界に遅れを取りながらも、日本でもWeb3に関する戦略構想が次々と打ち出されている。冒頭の岸田総理の発言や、自民党政務調査会デジタル社会推進本部が推進する「デジタル・ニッポン2022」2など、Web3を本格的に国家戦略として据える動きも出ている。しかし、税制の問題や、暗号資産交換業者に対するライセンスの規制などが厳しく、規制の自由度が高い国外へ人材が流出しているのが実態だ。

 一方、かつて仮想通貨大国と呼ばれた中国は、2017年にブロックチェーン事業を経営する企業の主な資金調達方法だったICO(イニシャル・コイン・オファリング)を違法行為と判断し、個人や団体に禁止令を出した。その後も、ブロックチェーン技術自体は中央政府の推進が続くものの、マイニングや仮想通貨取引が全面的に禁止され、日本と同じく人材流出が著しい。

 そんな規制の中でもWeb3の最前線で奮闘する日中両国の起業家が対談。日本のWeb3の旗手であり、26歳でパブリックブロックチェーンAstar Network($ASTR)を立ち上げた渡辺創太氏と、28歳で世界最大のユニコーンであるバイトダンスからFIREし日本へ移住、現在Web3の領域で起業している郭宇氏に、彼らが見据えるWeb3の未来と日本の可能性について話を聞いた。

*司会進行はAstar Network初期の投資家であるEast Venturesの夏目英男が担当し、通訳はZ Venture Capitalの李路成が担当した。

海外へ流出する日本人起業家たち

――まず、お二人がWeb3の領域に参入したきっかけを教えてください。

 私がWeb3の領域に触れたのはわずか半年ほど前の2021年11月です。当時、北京にいる友人と連絡を取ったところ、彼は自身の大半の資産をDeFi(分散型金融)に移転していました。そこで、私はDeFiについて様々なプロジェクトを紹介してもらった後に、DeFi以外にも、NFT(非代替性トークン)やDAO(分散型自立組織)についてリサーチを始めました。一通り理解した上で、私はWeb3が世界にもたらす変化と意義について2、3カ月ほど考え抜き、Web3ブログ「Mirror」で「Web3について:私が2年間のFIREで見逃した最新の技術トレンド」という記事を執筆しました。

 今運営しているChecks Finance(Web3領域におけるSaaS)や、CodeforDAO(開発者支援コミュニティ)というプロジェクトのキックオフは今年の3月です。年初にFRB(米連邦準備理事会)が金利引き上げに踏み切ることを決定し、必ず訪れるであろうベアマーケットを乗り越えるプロジェクトの姿を熟慮した時に、Checks Finance、CodeforDAOはまさにうってつけだと感じました。FIREした自分にとっても、開発者としてのモチベーションに火をつけ、業界復帰を決めた最高のプロジェクト、そして領域だと思います。

渡辺 郭さんは中国のWeb3界隈でもとても名が知られているので、参入が半年前とは意外でした。

 私は大学1年生のときに、初めて海外へ渡りました。渡航先のインドで貧困や環境問題などに直面し、それらの課題を解決したいという気持ちが強くなりました。社会問題を解決する技術を探し始めた中で巡り会ったのがブロックチェーンです。

 その後渡米し、シリコンバレーのブロックチェーン企業に入社しました。そこで働く人々が自国レベルの問題ではなく、世界規模の問題に挑戦する姿に感銘し、起業することを決意。日本に帰国し、東京大学にブロックチェーン研究員として籍を置き、そこで出会った仲間達とブロックチェーンの領域で起業しました。

――渡辺さんがWeb3に参入した時期はクリプト(暗号資産)のかなり厳しいベアマーケットでした。数々の試練を乗り越え、今は日本でもWeb3のモメンタムが形成されつつあります。これからWeb3の領域に参入する起業家たちはどのようなアクションを取るべきか、またどこで起業すべきだとお考えでしょうか。

渡辺 Web3がWeb2と大きく異なる点は、地理的な制約を受けないこと。インターネットさえあれば北極や南極でも働けます。

 その上でロケーションとして重要となるポイントは、事業に関わる法律や税制が整備されているか。Web3は新しい領域で、まだルールが明示されていない国も多く、後々罰則が設けられるリスクがあるので、Web3に対するルールが明文化されている国で事業を進めるべきでしょう。日本は不明確な部分が多く、課される税金も今のところ極めて高いので、シンガポールやUAE、スイスなどに移住する日本人起業家が増えている印象です。

 ただし、郭さんが中国から日本に来ているように、日本は観光資源に恵まれ、生活環境も整っている最高の国だと思います。Web3関連には未だ厳しい姿勢を示していますが、日本が前向きに法律や税制を整備し始めたら、これまで日本を敬遠していた才能あふれる人材が来日し、業界が発展していくのではないでしょうか。

 渡辺さんがおっしゃった通り、法律や税制の整備状況は特にクリプト業界に従事する起業家にとっては重要なポイントです。

 イギリスのベンチャーキャピタルにいる友人によると、今多くのWeb3系スタートアップがUAEやポルトガル、そして東欧にベースを移しているそうです。これらの国で共通している点はただ一つ、政策の安定性です。資本や人材の誘致を積極的に行ない、クリプト業界に対してはとても友好的です。一方、私の出身国である中国は、Web3に対する政策があまりにも不明瞭なのが最大の欠点となり、多くの人材が流出しています。

――中国系起業家はヘッドクォーター(本社)のみならず、開発拠点も海外に移しているのですか?

 そうとは限りません。先に申し上げたいくつかの国は、Web2の領域、いわば伝統的なインターネット産業において、北京やシリコンバレーほど人材の密度が高くありません。

 開発は人材が集まる都市で行うべきなので、Web3スタートアップは法整備されている国にヘッドクォーターを移し、私たち中国人起業家によく知られているVIEスキーム*を構築することになります。実際、私の知っているWeb3スタートアップは開発拠点を上海に置き、ヘッドクォーターをシンガポールに置いています。

夏目注:「VIEスキーム」

 VIEとはVariable Interest Entities(変動持分事業体)の略で、以下のようなスキームだ。

 まずケイマンやバージン諸島といった租税回避地で資金調達と上場の主体となる法人(オフショア特別目的会社=SPC)を立ち上げ、SPCが中国国内で外資独資会社(Wholly Foreign Owned Enterprise、以下WFOE)を設立する。このWFOEが外資規制のあるインターネット関連事業などで中国内資の事業会社を実質的に支配し、利益を吸い上げる形をとる。

 海外投資家からの資金調達と、SPCを使った米国などでの海外上場のために考案されたスキームである。

 一見、日本は厳しい移民政策を保持しているようですが、実は外国人材に対してはとても友好的な施策をしている国だと思います。

 たとえば、高度人材ビザは、多くのWeb3の開発に携わる中国人が取得枠に当てはまると思います。ただし、対外宣伝があまりされていないため、中国人のみならず、欧米諸国の開発者も知らないまま、日本を移住の対象外とする方が多いのではないでしょうか。

 日本は文化とビジネスが上手く共存する国です。文化とビジネスが共存するマーケットはクリエイタードリブンで、私的所有権を重視するWeb3との相性が抜群。そういった意味でも、日本におけるWeb3の芽は、税制と人材という短所さえ解決できれば、いつかはどの国よりも大きな花を咲かせられるはずです。

プロジェクトの成功で日本人の視座を高める

――世界から見た日本のWeb3マーケットのポジショニングはどうなのでしょうか? また日本の強みはどんなところにあるでしょうか。

渡辺 最近の日本は目を見張るスピードで世界にキャッチアップしていると思います。

 たとえば政府も、岸田総理を始め、若手を中心とした自民党の方々がWeb3について声を上げています。ここまでWeb3について取り組んでいる政党は、グローバルで見ても稀でしょう。自民党青年局がNFTやトークン(仮想通貨資産の一種)を発行したりするなど、積極的にトライアルをする姿勢は素晴らしい。

 一方で、Web3事業をゼロからやろうとするとトークンが必要ですが、今の日本ではトークンが極めて発行しづらい環境3なのです。

 私たちのAstar Networkと同じ、レイヤー1のブロックチェーン(ビットコインやイーサリアムのような取引のベースとなるパブリックブロックチェーン)やDeFiを作るにはトークンが不可欠なので、今の税制上ではほぼ不可能です。

 そういった中で唯一日本でも世界と戦える可能性がある領域はNFTだと思います。日本にはたくさんのコンテンツ関連のIP(知的財産)があるからです。ただ、日本のチームはグローバルでのマーケティングが非常に苦手という課題があります。どれだけ英語でコミュニケーションを取れるかが、こうした事業の進捗を左右するからです。

 NFT以外は、先ほども申し上げた通り、トークンが絡むのでほぼやりようがなく、日本でガラパゴス化が進んでいます。もちろん、これも鶏卵問題で、私たちのようなプロジェクトがしっかりとグローバルで成果を出していかないと、政策は変わらない。政策が変わらなければ成果も出ないので、私たちが結果を出しながら税制や国策に対して色々とフィードバックしていくことが重要だと考えています。

 私も年初から自民党が推進するWeb3国家戦略には注目しています。DAOの法人化や、海外人材に対するビザ要件の緩和、資金決済法の改正案、そして税制の改善などとても前向きな構想が次々と提起されています。

 しかし、これらの構想についてはあくまで大枠の改正で、細部まで詰めるにはまだ少なくとも六カ月以上の時間がかかると思います。次のブルマーケットに間に合えば、最高のタイミングとなるでしょう。

 またNFTについても、渡辺さんのおっしゃる通りです。現に中国でも規制があるため、トークンを絡めたプロダクトを作るのはほぼ不可能です。そういった中で優先されるのはやはりNFTです。中国のスタートアップは法整備が整う前にビジネスをスタートするのが日常茶飯事なので、私が先ほどお話ししたVIEスキームは中国のWeb3起業家にも好まれるスキームとなるでしょう。

 そして、日本の可能性について。日本のマーケット自体が言語的な壁によって自然のモート(外堀)を形成しており、海外起業家にとっては参入しにくいマーケットです。現に、数多くの中国発のプロダクトが日本進出を図りましたが、唯一成功したのがTikTok。TikTokは動画プラットフォームなので、言語の壁を乗り越えられました。

 今後世界中で起こるWeb3革命の中で、日本発のスタートアップが海外の開発人材を惹きつけ、日本のローカルマーケットで勝ち進み、やがてグローバルに進出する構図が生まれればと期待しています。

渡辺 日本でWeb3を発展させるには、関わる人たちそれぞれの役割があります。政策は政治家の方々に委ねますが、私たち起業家がやらなければいけないのは、若い人たちの視座を高めることです。

 たとえば中国では世界トップのユニコーンであるバイトダンスのような会社が誕生することによって、同世代の起業家たちの視座も当然のように高まりました。残念ながら、日本のWeb3領域にはまだそういった事例が少なく、私たちも道半ばにあります。私たちの使命としては、Astar Networkを一流のレイヤー1ブロックチェーンにし、人々の視座を高め、より多くの人がこの領域に参入してくることを切に願っています。

郭  Web3は特殊な領域で、世界中で開発が始まると同時に、一気に盛り上がりを見せました。そういった意味でも、Web3は非常に強い波及能力があり、渡辺さんがやられていることも、同じ文化圏、すなわち日本にいる日本人のみならず、全世界に点在している日本人に影響を与えることができます。今後より多くの日本の方がWeb3の領域にジョインするためには重要なことだと思います。

後篇につづく

 

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郭宇 Guo Yu

CodeforDAO、Checks Finance ファウンダー

2008年に中国・曁南大学進学後、独学でプログラミングを習得し、在学時からアリババグループのアリペイにて長期インターンに従事。2013年には友人と北京でスタートアップを創業し、わずか一年弱でバイトダンス社に買収。バイトダンスでは初期エンジニアとして6年間開発活動に従事した後にFIRE。現在は日本に居を構え、Web3プロジェクトの開発を進める。

渡辺 創太 Sota Watanabe

Astar Network・Stake Technologies CEO/Founder

1995年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。インド、ロシア、中国、アメリカでインターンシップ活動を経験後、2018年シリコンバレーのブロックチェーン企業Chronicledに就職。帰国後、東京大学大学院ブロックチェーンイノベーション寄付講座共同研究員を経て、Stake Technologiesを創業。同社でパブリック・ブロックチェーン「Astar Network」を立ち上げる。日本ブロックチェーン協会理事や、株式会社丸井グループのアドバイザーも務める。2022年、雑誌『Forbes』の「Forbes30 Under 30 Asia」に選出される。

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脚注

1. 5月26日、衆議院の予算委員会にて、自民党の小倉將信議員は岸田総理の訪英中に行われた「インベスト・イン・キシダ」の講演で、発言したWeb3に関する内容を、改めて国内で発言するよう求め、岸田総理はWeb3.0時代の到来を踏まえて、今述べたような新たなデジタルサービス、こうしたことを取り込んでいく、このことが我が国のさらなる経済成長の実現につながっていくと確信をしています」と発言した。

2. 前デジタル大臣の平井卓也衆議院議員が本部長を務める自民党政務調査会デジタル社会推進本部は、4月26日に「デジタル・ニッポン2022」を発表。この中には、Web3全体に関する提言と、それに係るDAO(分散型自立組織)やNFT(非代替性トークン)に関する内容も盛り込まれている。

3. 暗号資産の期末時価評価課税問題。現在の日本では、法人が期末まで仮想通貨を保有していた場合、事業年度終了時の時価が取得時の価格より高い場合、評価益が計上され所得に加えられる。渡辺創太氏が運営するAstar Networkも、仮に日本で自社のトークンを発行した場合、自社が保有するガバナンストークン(ネットワークや開発についての方針をホルダーを始めとする関係者が投票するためのトークン)に対して、会社の現金保有額を大きく超える巨額の税額がかかるため、海外での発行を選んだ。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
夏目英男(なつめひでお) 1995年、東京生まれ。両親の仕事の関係で5歳で北京移住。2017年清華大学法学院及び経済管理学院(ダブルディグリー)を卒業。2019年、同大学院公共管理学院(公共政策大学院)卒業後に帰国。日本の政府機関で日本と中国をつなぐ事業に従事する傍ら、中国の若者トレンドやチャイナテックなどについての記事を執筆。現在、日本の独立系ベンチャーキャピタルにてスタートアップへの投資や、投資先の支援業務などを行う。著書に『清華大生が見た最先端社会、中国のリアル』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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