米利上げで始まった金融動乱:米欧アジア市場の「弱い鎖」はどこにあるか

執筆者:滝田洋一 2022年10月12日
スイス金融大手クレディ・スイスの破綻懸念も取り沙汰される (C)AFP=時事
アメリカの利上げに各国が追随する金融引き締め環境では、経済と金融の最も弱い鎖が集中的に突かれるのは避けられない。スワップ取引で損失を出す年金基金や金融機関の信用不安、あるいは企業の発行する高利回り債に敬遠ムードが広がるなど、先進国でも金利上昇の副作用が現実化し始めている。インフレ抑制と景気悪化の綱渡りは「我慢比べ」の様相。

 リーマン・ショック後に「ヘリコプター・マネー」を実践したベン・バーナンキ元米連邦準備理事会(FRB)議長へのノーベル経済学賞授与は、ブラックユーモアなのだろうか。コロナ対策でばらまいた巨額のマネーが解いてしまった「グレート・インフレーション」の封印。物価の高騰を抑えるには金利を上げ続けるほかない。米連邦準備理事会(FRB)が音頭を取った金融引き締めに日本を除く主要国が息せき切ってついて行く。だんだん高まる湯船の温度に音を上げるマーケットも現れて、金融動乱の幕が開こうとしている。

QTを延期、国債の無制限買い入れに追い込まれたイギリス

 最初に金融危機が爆発したのは、新興国ではなく先進国、それも英国だった。9月23日にリズ・トラス政権が大型減税を発表したのを機に、株式、債券、英ポンドのトリプル安が英国を襲った。10%に達する高インフレの下で450億ポンド、円換算で7兆円もの減税を打ち出し、しかも財源の手当ても覚束ない。「トラス狸の皮算用」に市場参加者は怯えたのだ。

 9月26日にポンドはドルに対して1ポンド=1.03ドルまで急落、1973年の変動相場制移行後の最安値を更新した。英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)は「インフレ率を2%の目標に戻すためには、必要に応じて金利変更をためらわない」とのポンド防衛策を発表した。9月27日には国際通貨基金(IMF)は、大型減税の再検討を英政府に要請した。

 市場の刃がまず英国を襲ったのにはわけがある。英国は経常収支、財政収支の「双子の赤字」が拡大し、足元では対外純債務が膨張していたからだ。2021年末の英国の対外純債務は113兆7326億円と米国に次いで2位。米国の2067兆3330億円には及びもつかないが、英ポンドはドルと違って基軸通貨の座をとうの昔に失っている。

 対外赤字分の資金が自動的に還流してくる特権を、英国は持ち合わせていない。歴代の英政権はうまいこといって海外からの投資を引き込むことで、何とか自転車操業を続けてきた。エリザベス女王のブランド力やシティー(ロンドンの国際金融街)の金融力が与っていたかもしれない。ところがトラス新政権の政策運営は、英経済の脆さを満天下に晒した。

 これまでも英国は国際金融不安の火種になってきた。1976年にはインフレ下でポンド防衛に失敗して外貨準備が底を突き、IMFに緊急融資を仰いだ(英国IMF危機)。1992年には英国はドイツの利上げに追いつけず、ポンドは欧州通貨制度(EMS)から離脱するはめに(ポンド危機)。この時「BOEを打ち負かした男」が、投資家のジョージ・ソロス氏である。

 9月28日、BOEは乾坤一擲の緊急対策を打ち出した。10月14日までの期間は20年超の国債を無制限に購入すると発表したのだ。BOEは10月から保有国債を売却する量的引き締め(QT)に踏み切る予定だった。その予定を先延ばしして、国債の無制限買い入れにUターンするとは。

英年金基金がはまった「金利スワップ」の泥沼

 あっけにとられる方針転換の舞台裏には危機の火薬庫が潜んでいた。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 1957年千葉県生れ。日本経済新聞社特任編集委員。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスター。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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