水害多発のタイで攻勢、「FOMM ONE」は水上移動できる超小型EV

執筆者:泰 梨沙子 2022年10月21日
タグ: タイ 気候変動
エリア: アジア
FOMM社はスズキの元エンジニア、鶴巻日出夫氏が設立 写真提供:FOMM
原点には東日本大震災時の津波被害。「水に浮く車があれば、助かる命があった」との想いで日系ベンチャーが開発したユニークなEVが、世界的な異常気象の影響から水害が深刻化するタイでニーズを掴んでいる。中国でのOEM生産も準備中、将来は中国と東南アジアのほか中南米への進出も目指す。

 タイで日系ベンチャーが生産・販売している4人乗りの超小型電気自動車(EV)「FOMM ONE」が注目を集めている。水害時には水上移動が可能で、洪水の懸念が高まっているタイで引き合いが増えているためだ。今後、FOMM ONEは中国でも生産・販売を始める計画で、アジアのEV市場に攻勢をかける狙いもある。

 同車を開発した株式会社FOMM(フォム)は、スズキの元エンジニアで、トヨタ車体でも新型「コムス」の開発に携わった鶴巻日出夫氏が2013年に設立した。19年3月にタイで生産を開始しており、今年7月から本格的な量産に踏み切った。OEM(相手先ブランドによる生産)を通じ、バンコクの工場で月100台が生産可能という。これまで累計で約440台を販売しており、タイ国内のEV市場(21年)の7%を占めている。日本でも昨年よりタイから輸入しており、9月半ばまでに約30台を販売した。

救援活動に活用も

 需要の背景にあるのは世界的な異常気象の影響だ。タイ全土は現在(10月19日時点)雨期終盤だが、降水量は例年以上を記録している。SNSではバンコク中心部など各地の主要道路が冠水する写真や映像とともに、「道路が川になっている」「こんな大雨は過去数年見たことがない」といった投稿が相次いでいる。同社の担当者は、「水害対策に加えて(ロシアによるウクライナ侵攻に伴う)ガソリン代高騰の影響もあり、新車、中古車ともに引き合いが増えている」と話す。

 タイの水害は、将来さらに悪化するとも予想され、英字紙バンコクポスト社説は、専門家の予測として、「気候変動に対する大胆な対策が行われない限り、海面上昇と地盤沈下によってバンコクの90%以上が50年までに水没する」と指摘。そもそもFOMM ONEは、鶴巻代表取締役が、11年の東日本大震災時の津波で多くの犠牲者が出たことを受け、「水に浮く車があれば、助かる命があったのではないか」との想いで開発した。自動車市場の成長が見込まれる東南アジア諸国連合(ASEAN)でEVの浸透を図る目的もあり、自動車産業が集積しているタイで生産が開始された。

 車両はインホイールモーター(ホイール内で駆動するモーター)駆動となっており、タイヤ、モーター、ブレーキ、インバーター部分は全て完全防水設計。車体の内部は樹脂の一体型ボートになっており、ドアを閉めることでバスタブのように車全体が浮かぶという。タイでは19年の販売開始後、北部の水害地域にFOMM ONEを派遣して救援物資を届けるなど、既に災害救助の現場で活用されている。

バスタブのように水に浮かぶ 写真提供:FOMM

 家族や友人をたくさん乗せて外出する文化があるタイでは、これまで大型車が好まれてきた。このため、FOMM ONEのような小型車の普及には時間を要するとの見方もある。ただ、Z世代を中心に環境問題に関心が高まっており、FOMM ONEのコンセプトに共感を示す若者も少なくない。販売価格は66万4000バーツ(約256万円)と、タイで販売されているEVの中では低価格帯だ。

タイのEVは30年までに国内生産の3割

 EV普及の機運が高まっていることも追い風になる。タイ政府は、国内自動車生産に占めるEVの割合を、30年までに3割に引き上げる計画。EV用充電スタンドも、今年8月時点の944カ所から30年には1394カ所に拡大する方針を掲げている。

 FOMMの合弁パートナーで、FOMM ONEをタイで製造しているクオンタムソリューションズは6月20日、EV事業に関する業務提携意向書を、中国の新興EVメーカー、智車優行科技 (上海)有限公司と締結したと発表。製造原価を削減し利益率を上げるため、生産コストが安い中国でのOEM生産に移行する準備を進めているという。この業務提携は単に中国市場を視野に入れたことに止まらず、各国の法規制に適合した車両開発を図る目的もあるようだ。

 中国での生産開始時期はまだ確定していないが、FOMMは将来的に、中国と東南アジアのほか中南米への進出も目指す。自動運転の分野にも力を入れる計画で、クオンタムグループなどと協力していく予定だ。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
泰 梨沙子 2015~21年、アジアの経済情報を配信する共同通信グループ系メディアで記者を務める。タイ駐在5年を経て、21年10月に独立。フリージャーナリストとしてタイ、ミャンマー、カンボジアの政治・経済、人道問題について執筆している。
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