インテリジェンス・ナウ

5000発の核弾頭をロシアに搬出していたウクライナ:ロシアが「核攻撃」すればNPT体制は崩壊へ

執筆者:春名幹男 2022年12月26日
エリア: 北米 ヨーロッパ
ウクライナ南部にある旧ソ連の核基地を転用した「戦略ミサイル軍博物館」には、廃棄されたICBM「SS18」が展示されている (C)Zysko Sergii/shutterstock.com
独立後、残存する約5000発の核弾頭をロシアに搬出して非核化を実行したウクライナに、ロシアが核使用をちらつかせている。米バイデン政権は「戦略的あいまいさ」から対抗策を明らかにしないが、議会関係者からは密使を立てたバックチャンネル外交を行う案なども出されている。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに対して核兵器を使用したら、米国はどう対応するのか――。

 ジョー・バイデン米政権の幹部はメディアからそんな質問をされても、正面から答えようとしない。だが実際には、緊張感が漲る舞台裏で、具体策を検討しているというのだ。

 米国家安全保障会議(NSC)はウクライナ侵攻前に発足させた特別対策班「タイガー・チーム」(2022年2月24日『なぜ止められなかった親露派国家承認:米国がキューバ危機以来の情報公開戦術』参照)を、「核対策」を中心とするチームに衣替えした。米情報機関はロシアの動きを綿密に追い、NSCはロシアが核兵器を使用した場合の対応策を作成中とみられる。

 ロシアの核兵器使用に対する米国の対抗策について検討し、核危機の現実を分析する。

 その前提として、「核」をめぐるロシアとウクライナが絡んだ複雑な歴史的事実を押さえておきたい。

ウクライナは模範的な非核国

 ウクライナは、旧ソ連崩壊に伴い1991年に独立した。その際ウクライナに、旧ソ連の核兵器が配備されていたことはよく知られた事実だが、この機会にウクライナ「非核化」の歴史を調べ直した。

 ウクライナは独立して、米露に続く世界第3位の「核大国」で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射する地下サイロまで持つに至る。だが、その後実に約5000発に上る戦術・戦略核弾頭もミサイルもすべて自発的にロシアに搬出、「核軍縮の勝利」と称賛されていた。ウクライナはまさに模範的な非核化を成し遂げた国である。

 その歴史を米「軍備管理協会」などのシンクタンクや米国防総省が今、「ファクトシート」にして紹介している。ロシアの「核の脅し」に対して、まともなプロパガンダで応戦しているのだ。

 ところが今や、ウクライナが「核」を放棄したが故にロシアから核攻撃されるということになれば、世界では核武装に走る中小国が増える恐れがあり、核拡散防止条約(NPT)の建前は崩壊する。ロシア軍のウクライナ侵攻はそれほど深刻な歴史的危機をもたらそうとしている。

ウクライナに最も近いロシア軍核基地

 米月刊誌『アトランティック』は今年6月、軍事情報アナリストらの間で注目されるロシアの核兵器基地について伝えた。

 その中で「プーチン大統領が短距離戦術核ミサイルをウクライナに対して発射すると決定した場合に使う」とみられるロシアの基地を紹介している。ロシアの西端ベルゴロド州の、ウクライナ国境から東方へ約40キロ入った所にある核基地「ベルゴロド22」だ。

 ロシア軍の核兵器輸送・核弾頭の取り扱いは国防省第12総局の指揮下にあり、全土で12カ所に核兵器中央保管庫が置かれている。ウクライナに近いベルゴロド22なら、プーチン大統領の決定を受けて、数時間で核弾頭をミサイルに装着、発射準備が完了するという。

 これに対し、米インテリジェンス機関は偵察衛星や通信傍受などで基地の動きを監視している。現状では、バイデン政権は「核基地では動きは見られない」としている。しかし、プーチン大統領が核兵器を使用するのに備えて、基地の動きを警戒し続ける構えだ。

米露の閣僚級安保担当が重層的に接触

 10月中旬に米政府は、これまでにない情報を得た。ロシア軍幹部が集まって「ウクライナに対し、いつ、どのようにして戦術核を使うかについて協議した」というのだ。欧州の同盟諸国も含めて緊張する局面となった(『ニューヨーク・タイムズ』)といわれる。

 なぜかこの会議には、核兵器の使用で唯一決定権を持つプーチン大統領は出席しなかった。ところが、同大統領は10月27日の演説で、

「核兵器使用の必要性はない」

 と発言したと伝えられ、いったん緊張感は緩んだようだ。

 しかし10月末には、ロシア軍が行った軍事演習で核兵器搭載可能なミサイルのテストを行った、との情報が伝えられた。

 こうした情報を受けて、米国側からの要請で、ウィリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官とセルゲイ・ナルイシキン露対外情報局(SVR)長官の会談が11月14日にトルコのアンカラで行われた。

 この動きに先行して、ロイド・オースチン米国防長官が10月中に2回、セルゲイ・ショイグ露国防相と電話会談。ジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)もニコライ・パトルシェフ露国家安全保障会議書記と数回にわたり電話会談を重ねた。

 米露双方の国家安全保障担当のトップクラスの会談が重層的に、これほどの頻度で開かれたことは異例であり、双方が危機意識を抱いているのは明らかだ。

 ホワイトハウスの公式発表によると、バーンズ長官は会談で、ナルイシキン長官に対し、核兵器の使用に反対すると表明した。しかし、これ以上の詳細は明らかにされていない。

タイガー・チームが対抗策のシナリオ

 ロシアがウクライナで核兵器を使用した場合の対抗策について、バイデン政権高官は公開の場で明確な回答を避けてきた。オースチン長官は「国際社会が重大な対応をする」とだけ発言、バイデン大統領は米国が核兵器で報復する計画はないことを示唆している。

 しかし現実には、ウクライナ侵攻から約1カ月後の3月23日に『ニューヨーク・タイムズ』電子版が、プーチン大統領が化学兵器・生物兵器・核兵器の使用を決めた場合の対抗策について、「タイガー・チーム」が「複数の大まかなシナリオ」を作成すると報じている。

 だが、いずれにしても米政府はその内容を明らかにする意図はないようだ。

「核実験」「戦術核」「戦略核」のシナリオ

 しかし、シンクタンク「外交問題評議会」はこのほど、ロシアが行う可能性がある「核実験」、「小型戦術核の使用」、「戦略核の使用」という3つのシナリオを提示している。

その1:ロシアが核実験を行い、ウクライナとその支持者に対して決意と能力を示す。

効果:ロシアの最新の核兵器情報は西側政府に知られており、バランスに変化はない。

その2:戦場でロシアが戦術核兵器を使用。ウクライナの戦意をくじき、軍事能力に打撃を与えるためウクライナ軍部隊あるいはエネルギー・インフラを標的にする可能性。ロシアは爆発規模1~50キロトンの戦術核約2000発を保有しており、イスカンデルM短距離ミサイルを使う可能性が大きい。(2022年3月29日『ロシアが小型核先制使用の恐れも:核のハードル低下が呼ぶ「第3次世界大戦」リスク』参照)

効果:戦場で軍事目標に対して戦術核を使用しても、ウクライナ軍の反撃を止められそうにない。中国はほぼ確実に核兵器使用を非難する。米国とその同盟諸国はウクライナに供給する通常兵器を増強する。西側諸国は放射能対策で人道援助を提供する。

その3:戦略核兵器の使用。ウクライナ市民あるいは近隣のパートナー国に対する戦略核兵器の使用。最もあり得ない選択。戦術核より数百倍の威力で、ロシアの目標は西側の決意をくじくことにある。

効果:確実に西側の報復を招く。米国は迅速に通常兵器で対応。西側はロシア領内には越境しない。巡航ミサイルやドローンなどの攻撃もウクライナ国内のロシア軍の目標に限定される。バイデン大統領は意図的に「戦略的あいまいさ」という政策をとっている。

 バイデン大統領があいまいな発言を続けているのは、ロシア側が西側の報復策を侮る可能性があるからかもしれない。

ロシアの核使用で成果なし

 かくして、どのケースでもロシアは、核兵器の使用で勝利を導くほどの成果を得るのは難しそうだ。

 これに対する米国と西側の対策は慎重で、ロシア軍との直接の軍事的対決を避ける構えだとみられている。

 バイデン政権が意図的に、ロシアの核兵器使用に対して事前に明確な態度を示さず、「あいまい戦略」をとっていることについて、上院軍事委員長を務めた軍事専門家、サム・ナン元上院議員(民主党)は支持している。

 バイデン大統領は第3次世界大戦の発展する危険性を最も危惧している。このため、ロシアが戦略核を使用した場合でも、ウクライナ国内に限定して通常兵器で対応する戦略、とみていい。

密使の起用案も

 同時にナン元上院議員は、バックチャンネル外交で、ロバート・ゲーツ元CIA長官のような尊敬される人物を密使に起用し、ロシア側に対して「核兵器を使用すれば、米国は厳しく報復する」と警告して、ロシア側が自重するよう求める案を紹介している。

 ちょうど60年前の「キューバ核危機」で、ジョン・F・ケネディ大統領は、密使に弟のロバート・ケネディ司法長官を起用し、ソ連がキューバから核ミサイルを撤去すれば、米国もトルコから核ミサイルを撤去すると譲歩して、バックチャンネル外交を成功させた例がある。

 バイデン大統領はバーンズCIA長官を重用し、昨年11月にもロシアに派遣してウクライナ侵攻を断念させようとした。今回もバーンズ長官とナルイシキンSVR長官の会談で核兵器の使用を断念させようとしたが、なお成果は見られない。バーンズ長官は元駐露大使で、ロシア事情に通じてはいるが、大胆な取引ができる政治家タイプではない。

 ロシアと本格的に交渉するのであれば、もう一段ギアを上げる必要がありそうだ。先述したように、ロシアの核兵器使用は世界の歴史的危機がかかっているからだ。

核弾頭搬出、ICBM解体

 1991年8月24日に独立を宣言した時、ウクライナには旧ソ連時代からの大量の核兵器が残留していた。しかし、これらの核兵器はウクライナから搬出ないしは解体された。ウクライナ非核化のデータを記しておきたい。

 全米科学者連盟の資料によると、ソ連崩壊時にウクライナが引き継いだ核弾頭は全部で約5000発もあった。

 内訳は、ICBM用の戦略核弾頭1240発、戦略爆撃機用600発以上、戦術核約3000発となっている。

 ICBMだけでも、SS19が130基(弾頭は各6発)、SS24が46基(同10発)などがあり、戦術核も含めた核弾頭のロシアへの搬出に5年以上を要し、ミサイルの解体にはそれ以上の年数がかかった。

 独立後初代のレオニード・クラフチュク大統領は一時、戦術核の搬出に疑問を感じて中断したが、旧ソ連の後継組織として発足した「独立国家共同体(CIS)」への加盟後、自発的に戦術核を搬出。ウクライナは1996年6月に「すべての核弾頭の搬出完了」を宣言した。

理不尽なロシア

 その経緯の中で1994年、米国、ロシア、ウクライナ3国は「ウクライナ非核化協定」に調印、さらに同年、英国を加えた4カ国でウクライナのNPT調印と引き換えに、米英露がウクライナの主権・領土尊重を約束する「ブダペスト覚書」に調印した。

 米国はこの間ロシアに6000万ドルの援助を行い、ロシアはウクライナに100トンの核燃料を供給した。ミサイルの解体をめぐっては、前出のナン元議員も加わった米国の超党派の「ナン・ルーガー脅威削減協力計画」を策定し、米国は4700万ドルを拠出している。

 ところが、ロシアは2014年、クリミア半島を併合してブダペスト覚書の約束を破り、それ以後ウクライナは「非ロシア化」を進める。

 このようにウクライナは、独立当初の段階で、日本の非核三原則とほぼ同じ「非核宣言」を行って、核ミサイルを解体、核弾頭をロシアに引き渡すことを約束。誠実に非核化を実行してきた。その歴史の真実は唯一の戦争被爆国である日本にとっても非常に貴重だ。

 しかし、そんな模範的な非核化を実現したウクライナに対して、核兵器で攻撃するほど理不尽なことはないのだ。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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