「反撃能力」とは何かーー「更なる攻撃を防ぐ」のか「抑止」か

執筆者:鶴岡路人 2022年12月29日
タグ: 日本 自衛隊
エリア: アジア
抑止を「懲罰的抑止」だと捉えれば、実効性には疑問もあるが……[射程距離が延長される12式地対艦誘導弾=陸上自衛隊提供]
「戦略3文書」改訂で最も注目を集めたものの一つは「反撃能力」だった。従来「敵基地攻撃能力」と呼ばれたこの能力は、行使される対象やタイミングについていくつかの誤解、あるいは現実と乖離した理解を招いてきた。「いつ」反撃が可能になるのか、「何を」対象にするのか。そして「更なる攻撃を防ぐ」のか、攻撃の「抑止」が目的なのか。日本の安全保障環境の実態に則した正直な議論が必要だ。

 2022年12月16日、日本政府は「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」という、いわゆる「戦略3文書」を採択した。防衛費の大幅増額を含め、日本の戦後の外交・安全保障・防衛政策は大きく転換することになった。個別の論点はさまざまだが、ここでは、転換の象徴の一つとして注目された「反撃能力」の意味を検討したい。

 反撃能力については、反撃を警告することで相手の日本への攻撃を思い止まらせる、つまり抑止が主目的だという説明がなされることが多い。3文書決定を受けた記者会見で岸田文雄総理も、「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となる反撃能力は、今後不可欠となる」と述べている。しかし、通常戦力による限定的な反撃能力で、現実的に何が抑止できるのだろうか。主目的は本当に抑止なのか。リアルな分析が必要である。

 結論を先取りすれば、日本が保有することになる反撃能力は、抑止というよりは、より直接的には、攻撃を受けた場合に更なる攻撃を防ぐ、ないしそれを妨害するために、敵の攻撃能力を削ぐことを目的とした損害限定のための軍事的手段と捉えることが、実態に即している。

「更なる武力攻撃を防ぐ」と「抑止」の関係

 まず確認されるべきは、国家安全保障戦略における記述である。該当箇所は以下のとおりだ(下線追加)。なお、全く同じ文章が国家防衛戦略でも使われている。

弾道ミサイル防衛という手段だけに依拠し続けた場合、今後、この脅威に対し、既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある。
 このため、相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある。
 この反撃能力とは、我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう。
 こうした有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する
(中略)
 この反撃能力は、憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない。
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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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