リベラリズムはプーチンに勝てるか?ーーアメリカ右派とプーチンの「価値の共有」

執筆者:三牧聖子 2023年3月7日
エリア: 北米 ヨーロッパ
異性愛や家族といった伝統的価値を標榜し、性的マイノリティをあからさまに迫害するプーチンのマッチョイズムは、アメリカ右派の間に着実に共感の輪を広げてきた[年次教書演説を行うプーチン大統領=2023年2月21日、モスクワ](C)AFP=時事
文化的・国家的アイデンティティを破壊する欧米リベラルがロシアの「キャンセル」を目論んでいるとプーチンが主張する時、ロシア・ウクライナ戦争はトランプらアメリカ右派と“Woke”の間の文化戦争と交差する。異性愛や家族制度にかかわる性的マイノリティ差別は、侵略への非難を「伝統的価値」をかざして回避するプーチンの論理と同じ罪を犯しているのだ。同性婚をめぐって「見るのも嫌だ」などという発言が政権中枢から飛び出す日本は、本当にロシアと対峙できていると言えるのだろうか。

   2月21日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナに軍事侵攻して以来初めてとなる年次教書演説を行った。年次教書演説は、大統領が内政や外交の基本方針を示すもので、侵攻後1年になる節目の演説の内容が注目されていた。予想された通り、演説は、「戦争を始めたのはウクライナと西側だ」「ウクライナが核兵器を手に入れようとした」など事実に基づかない侵攻の正当化で満ちており、また、アメリカとの間で残っている最後の核軍備管理条約である新START条約(新戦略兵器削減条約)への参加停止も宣言された。

年次教書演説でうたわれた反LGBT

   しかし、それ以外にも、プーチンの主張が強く打ち出された箇所があった。演説が中盤にさしかかる頃、プーチンは、異性愛や家族といった伝統的な価値の維持・保存につとめるロシア社会と対置させる形で、欧米社会における伝統の破壊や道徳的退廃を糾弾した。

欧米で国民に何が起こっているか、注視せよ。彼らは、家族を破壊し、文化的・国家的アイデンティティを破壊し、そこでは児童を虐待する性的倒錯や小児性愛までもが「普通」と位置付けられている。聖職者は同性同士の結婚を祝福することを強いられている… 聖書や他の世界宗教の教典を見よ。家族とは男女の結合を意味することを含め、すべてが書かれている。しかし、(欧米社会で)これらの教典は今、疑問視されている。英国国教会は、性別的に中立な神(gender-neutral god)という概念を探究することを計画していると伝えられている…私たちは子供たちを守らなければならない。私たちは、子どもたちを劣化や退化から守るのだ…1

 こうしたプーチンの発言は、21世紀に入ってから加速したLGBT迫害を背景としている。昨今のロシアでは、ソ連崩壊後に限定的ながら進められてきた同性愛者の権利保護が逆行し……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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