スローバリゼーション時代の日本の生存戦略

執筆者:矢嶋康次 2023年5月10日
タグ: 日本
エリア: アジア
資源に乏しく、人口減少も始まっている日本は、世界から「買ってもらうビジネス」を展開するしかない(C)vegefox.com/stock.adobe.com
IMF(国際通貨基金)はグローバリゼーションがスローダウン(減速)する現在の状況を「スローバリゼーション」と形容する。ロシア・ウクライナ戦争や米中対立によって深まる世界の分断は、各国の成長戦略にも大きな影響を及ぼす。資源が乏しく人口も減る一方の日本が生き残るためには何が必要なのか。

 

分断が生み出す反グローバル化

IMF(国際通貨基金)が4月に発表した世界経済見通しにおいて、世界のスローバリゼーションが長引いているとの指摘がなされた。スローバリゼーションは、グローバリゼーションのスローダウン(減速)を意味する造語であり、ロシアによるウクライナへの侵攻や米中対立を背景に世界の分断が加速し、グローバル化の流れが逆行し始めた現状を表している。

 グローバル化が深化してきたこれまでは、ヒトやモノやおカネが自由に行き来する流れが世界の経済成長に寄与してきた。スローバリゼーションが進めば、先進国だけでなく発展途上国や新興国も巻き込まれる。各国への直接投資や、技術移転も鈍っており、最もその影響を被るのは、途上国や新興国だと分析している。

 筆者なりの結論を先に述べると、スローバリゼーションは起きないほうがいい。しかし、分断はこれからも続き、日本はその影響を受ける。日本は、スローバリゼーションを前提に、成長するためのずる賢い戦略を着々と進めるしかないだろう。

日本・オランダによる半導体製造装置の規制

 2018年にドナルド・トランプ政権下で米国が導入した鉄鋼・アルミ関税は、同盟国の西側先進国も対象に含む措置であった。そこで導入された追加関税の多くは、いまでは議会の総意として継続されている。その目的は、次世代競争における優位性を確保すること。米国の規制は半導体や機微情報を含む、多くの領域に広がっている。安全保障を米国に頼る日本は、この米国の動きに受動的にならざるを得ない。

 西村康稔経済産業大臣は1月にアメリカを訪問した際、米国のジーナ・レモンド商務長官から「半導体製造装置を何とかしてほしい」との要請を受けた。そして同じ頃、オランダにも同様の要請が行われた。日本とオランダは、米国と共に半導体製造装置で世界シェアを有しており、特に最大顧客の中国に対して大きな影響力を持っている。

 財務省が公表した貿易統計によると、日本から中国に向けた輸出品のうち、2022年の輸出額1位および2位の品目は半導体関係だ。半導体規制が行われれば、影響は大きくなるだろう。

 オランダは、既に特定の半導体製造装置の輸出規制を強化する方針を固めた。日本は訪米時には結論を示さなかったものの、7月から一部装置を許可制にするなどの対応をとる方向で検討を進めている。これが世界、そして日本を取り巻く環境で起こり始めている。

「触らぬ神に祟りなし」は通用しない

 分断の問題で、日本にとっての最大の懸念が中国である。中国との経済関係は深く、切っても切れないものになっている。例えば、日本の貿易総額に占める中国の割合は、米国を上回って最大だ[図表1]。原材料の調達から製造、販売のすべてのレベルで、中国企業なしには成り立たない構造ができている。中国リスクの高まりは事実にしても、どう対応すれば良いのかといった悩みは深い。

 

自国の輸出に含まれる他国の付加価値比率

 ミクロな視点で「自国の輸出に占める他国の付加価値比率」をみると、日本は上昇傾向にある一方、中国は低下傾向にある[図表2]。これは、日本がグローバル化の中でサプライチェーンを構築し、他国からモノを仕入れて製品に加工し、輸出する流れを強化してきた結果だ。これに対して中国は、高付加価値製品の海外への依存度を徐々に減らし、日本などにキャッチアップしてきたことを示している。ただ、別の見方をすれば、中国が日本などから機密技術やノウハウを流出・強制移転させて、内製化を推し進めた結果だと見ることもできる。

 

 日本の対中輸出品(金額ベース)のトップは、米国が日本に対中輸出規制を求めている半導体関連の品目だ[図表3]。中国が日本に求めている製品は、米国が中国に渡して欲しくない製品である。逆に、米国が対中規制を求めていないものは、主要な対中輸出品目ではない。この非対称性は、日本の産業界にとって厄介な問題だ。企業の対応策としては、米中でダブルのサプライチェーンを築くことなどが考えられるが、そのためのコストは大きくなる。どれくらいの範囲で、どれくらい時間をかけて、実際の対応策を進めるか。経済安全保障(以下、経済安保)で、企業が受ける影響も変わって来る。

 

日本の生存戦略

 綺麗ごとで言えば、日本はグローバル化を捨てるわけにはいかない。資源に乏しく、人口減少も始まっている状況では、世界から「買ってもらうビジネス」を展開するしかない。

 分断の芽が明確に育ち始めた今、日本がこれからも稼いでいくには何をすべきか。それには、おそらく分断の中で生じる価値観の変化を捉え、次なる社会構造を見据えて産業構造を変えていくしか道はない。その中で、日本が絶対に降ろしてはならないのが「自由貿易」の旗である。日本はグローバル化で恩恵を受ける国であり、資源に乏しい日本が成長していくのに「殻に閉じ籠る」選択はあり得ない。

 最近「グローバルサウス」という言葉が頻繁に使われる。グローバルサウスは、グローバル化の恩恵を十分に受けることができていない国や地域、そこで暮らす住民を指す。今の移行期の後には、おそらく多様な価値観が共存する世界が現れ、様々な特色を持つ国のパワーが相対的に高まる時代となる。分断化する世界の中、これらの国を自国の安全保障や政治経済圏に取り込むことができれば、スローバリゼーションによる損害を最小限に留めることが可能となる。

 日本はODA(政府開発援助)事業を展開するにも、現地の価値観を大切にして来た国だ。互いを尊重する日本のやり方は、大きな強みになると思われる。

 日本の戦略としては、国際的なルール形成の場で勝ち抜くこと。超大国の米国と中国が対立する中、欧州は大きな需要国となることで、ルール形成のど真ん中に出ようとしている。ルール形成の場で踏ん張ることが、日本の製品やサービスを世界に売るルートの確保につながることを理解しなければならない。少子化で縮む日本は、需要国としてのパワーは落ちていく。別の方策を考えなければならない。

 例えば、環境分野は技術面の優位性を発揮できるチャンスがある。しかし、主戦場になりつつあるEV(電気自動車)では後れを取る。早く国内の議論をまとめ、日本の主張を国際ルールに打ち込まないと、世界で勝ち抜く前提が崩れてしまうことになりかねない。

ASEANからの信頼が厚い日本

 日本には2つの追い風が吹いている。1つは、価値判断基準の変化である。日本は「成長センター」となる潜在能力を秘めるASEAN(東南アジア諸国連合)からの信頼が厚い。

 これまでは韓国や中国などに比べて高いという理由で日本の製品が売れない時代が続いてきた。しかし、経済安保が世界の趨勢になると、信頼性が高いことが製品購入の際の判断材料になる。これは、信頼性があり高品質な日本の製品にはプラスの変化となる。

 そして、もう1つの追い風が、デジタルとリアルの融合である。日本はデジタル化で米国や中国に大きく引き離されてきた。しかし、これからはリアルな製造現場に、デジタルが組み込まれるケースが増えていく。そうなれば、世界的にみて裾野が広い製造基盤がある日本は有利になるはずだ。様々な現場から有用なデータが生まれてくる。

 経済安保の中核には、製造業や基幹インフラがあり、日本の製造業にとっては復権の追い風になる。これらの内容を貫徹できれば、日本は新たな追い風を生かして、力強く成長していくことができるだろう。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
矢嶋康次(やじまやすひで) ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト。1968年生まれ。東京工業大学卒業後、日本生命保険入社。1995年にニッセイ基礎研究所入社へ。2012年よりチーフエコノミスト、2017年より研究理事、2021年より常務理事を兼務。主な著書に『 非伝統的金融政策の経済分析──資産価格からみた効果の検証』(共著・日本経済新聞出版社)、『記憶の居場所(ときのすみか):エコノミストがみた日常』(慶應義塾大学出版会)などがある。
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