
世界最大の原子力企業であるロシアのロスアトムを標的とする制裁の動きが始まった。ウクライナ戦争で本格化した対ロシア制裁の中でも原子力は大きな抜け穴だった。濃縮ウランの輸入など世界が続けてきたロシア依存を考えれば、当然制裁で返り血を浴びる。だが覇権の行方がかかる戦争だけに、アンタッチャブルだった原子力ビジネスも無傷ではいられない。
バイデン米政権は英政府とともに今年2月、ロシアが占拠したウクライナ・ザポリージャ原発を運営するオレグ・ロマネンコの資産を凍結する制裁を科した。ロマネンコはザポリージャに配属される前は、ロシア南部のバラコボ原発で主任技師を務めていた。
表向きの理由はロマネンコが運営する欧州最大のザボリージャ原発の安全維持を怠ったことだ。ザポリージャ原発はロシアが攻撃したうえで占拠し軍事拠点を設けている。砲火でチェルノブイリ型の激烈な放射能事故が起きる懸念があり、国際原子力機関(IAEA)もたびたび警告を発した。
だが、ザポリージャ原発の安全維持違反を突破口にロスアトムへの経済制裁を科すという戦略は、ウクライナや欧米の専門家でつくる「対ロシア制裁国際作業部会」が昨年11月に発表したロシア原子力制裁の青写真で明らかにされていた。その第一歩が始まった。
じわじわと狭まるロスアトム包囲網
続いて4月12日には、米政府はロスアトムの関連企業5社への制裁を発動した。ロスアトムの海外での原発受注を担う企業や原発機器の製造企業、ウラン濃縮関連企業、原発解体関連企業などの資産を凍結し、米国企業がその取引に関係することを禁じた。
原子力の輸出を通してロシアの戦争遂行を可能にしている、というのがその理由だ。関連企業が戦争遂行に加担しているとして制裁を科すならば、ロスアトム本体がいつ制裁対象となってもおかしくない。
またウクライナ情報機関はロスアトムがロシア軍にミサイルの燃料の原材料を提供したとの情報を入手し、1月にワシントン・ポスト紙にリークした。これは戦争加担のより具体的な証拠で、制裁発動を補強しうるものだ。
欧州大陸でも動きがある。ポーランドとバルト3国の対ロシア強硬派は4月、欧州連合(EU)が検討中の第11弾制裁パッケージに、原子力燃料の輸入制限や新規原発の建設禁止などロスアトムへの本格制裁を科すよう求めている。フランスなどロシア原子力への依存派の国が抵抗しており、つばぜり合いが続く。
実はバイデン政権は、戦争が始まった直後の昨年3月にロスアトム制裁案をつくった。この時はロシアからの濃縮ウランに原発燃料を依存する欧米が停電に陥るとの懸念もあり踏み切れなかった。だが1年たって包囲網をじわじわと狭めているのだ。
世界のウラン濃縮能力の半分を握るロシア
原子力は石油、天然ガスと並んでロシアが持つエネルギー産業力である。
チェルノブイリ事故(1986年)後は、ソ連崩壊もありブレーキがかかるが、ウラジーミル・プーチンは大統領に就任すると原子力復興を掲げ、原子力ビジネスを一手に担う国営企業ロスアトムを2007年に創設した。原発の建設・運転を担うロスエネルゴアトム、燃料供給のTVELなど子会社が400社あるという。
ロシアの原子力ビジネスの強みはいくつもある。

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