兵役延長にあなたは賛成? 反対? 台湾の若者100人に聞いてみた

執筆者:広橋賢蔵 2023年6月20日
エリア: アジア
兵役をめぐる台湾の若者の本音とは? (C)jamesonwu1972/shutterstock
緊迫する台湾海峡情勢を踏まえ、台湾では来年以降、現在は4カ月間の兵役期間を1年間に延長する。これから兵役を迎える年代の大学生にアンケートを実施したところ、兵役に関する認識には男女間で明らかな差が見えた。「民主主義を守る」ことには誰も反対しないが、「では誰が守るのか」という問題について意見が割れるようだ。

 

 台湾有事の可能性が取りざたされる昨今、多くの台湾人が多かれ少なかれ、今後の国際情勢の変化による身の危険を案じたりしているが、最も影響を受けるのは国防の現場に立つ兵士たちである。

 台湾当局は昨年末、18歳以上の男子に義務づけている兵役の期間を、これまでの4カ月間から、2024年1月以降は1年間に延長することを決め、議論を呼んだ。

 兵役期間延長が適用されるのは2005年1月1日以降に生まれた男子となるが、当事者たちはどう考えているのだろうか、という疑問が生まれた。

 2005年生まれはちょうど高校3年生か早生まれで大学に入学した若者となる。以前、馬祖列島(中華民国が領有する対中国最前線の島)の学校の教師に尋ねた際は「高校生たちはまだ兵役に行く自覚は持っていない」ということを聞いた。では大学生に聞いてみようと思い立ち、19〜20歳を中心とした中國文化大学日本語学科の学生たち約100人を対象にアンケートを実施した。

 同大学の日本語学科には女子が多いため、女性66人、男性38人とサンプルは女性の比率が多かったが、身近な人々が兵役に行くという点では、女子学生たちの意見も貴重だろう。あくまで一大学の一学科で行った小規模なアンケートではあるが、台湾の大学生たちが兵役延長をどう捉えているか、分析してみたい。

女性は「お国のために」、男性は「行くのは無意味」

 アンケートではっきり見えたのは、兵役に対する男女の意見に大きな認識の違いがあることだった。

 まず、兵役は有意義かどうかという質問に、男性は半数以上が無意義と答え、女性は約9割が「有意義」(※「有意義だが改善必要」という回答を含む)と答えていた。その理由について、女性たちは国防のために役立ち、受けた訓練は防災などにも役に立つなどと感じている一方、男性たちは、就職が遅れるので時間の無駄だと感じ、兵隊の数が増えても国防の利益にならず、志願制にしたほうがいいと考えていた。

 そして、兵役期間はどのくらいがちょうどよいかという質問に、「1年」と答えた割合が女性は約64%、男性は約18%と大きな差があり、一方で、兵役は「ない方がいい」あるいは「半年以内」とする女性が約26%、男性は約73%と逆転する。

男女で答えの傾向がくっきりと分かれた

 ちなみに、「女性も国防の訓練を受けるべきか?」という質問も入れてみたところ、「受けるべき、受けてもいい」と答えた男性が約6割、女性は約1割となり、女性の多くが兵役を有意義だと考える一方で、自ら国防に参加する意思を持つ割合は少ないという結果になった。

「1年の兵役と4カ月の兵役では何か変わるか?」というダイレクトな問いにも、女性の多くは「1年のほうが国防の助けになる」(約58%)と思っており、男性は「ほとんど変わらないと思う」(約63%)が多いのと対照的だった。

勝手に兵役期間の長短を決められても困る

 他方で、「台湾の兵役制度には問題があるかどうか」という問いには、男女とも約9割が何かしらの問題を抱えていると感じると回答した。なお、大学在学中は兵役が免除されるため、アンケートに答えてくれた若者たちは実際にはまだ兵役を経験していない。だが、周囲の情報などから、彼らが台湾国軍にどんな印象を抱いているのか、アンケートに付された自由記述のコメントから読み解いてみよう。

 女性のコメントを概観すると、やはり現実味が薄いのか、抽象的な答えが多いように感じた。ただ、中には「4カ月では実戦訓練不足で何の役にも立たない。短すぎるし、正規軍の戦力として兵役を要請するならば、1年でも短いと思う」と真剣に国防を憂う人や、「政策によって兵役期間が短くなったり長くなったりするのは、兵役に行く身になって考えたら、当然疑問に感じるはず」と実際に徴兵される同世代の男性に同情する人もいた。

 ここで台湾における兵役期間の変遷を紹介しておこう。1980年代までは2〜3年間の徴兵制が敷かれており、その後、国際環境の変化とともに戦闘の危機は遠のき、兵役期間は段階的に短縮された。そして2008年からは1年間となり、同時に徴兵制から志願兵制への移行も進められ、現在は4カ月間の軍事訓練が義務づけられるだけとなった。

 だが、ロシアによるウクライナ侵攻を機に兵役期間再延長の機運が高まり、蔡英文総統は一気に政策を見直した形となった。それに対して「若者の気持ちも知らずに、兵役の長さを勝手に変えられても困る」というのは、当事者としては当然の反応だろう。ただし、今回のアンケート回答者は2005年1月1日以前に生まれている者が多いため、大学卒業後に兵役に応じても期間は4カ月となる。一方で、彼らと同期入隊する高卒の若者たちは生まれ年の違いで1年の兵役となるので、不公平感も禁じ得ず、混乱も予想される。

 その他、「今どき兵役を強制するべきではない。(軍隊生活には)不合理な規則が多い上に、軍内での陰湿なパワハラやいじめの問題がある」と兵役自体を疑問視する女性もいれば、「洪仲丘事件(※筆者注:懲罰として強いられた度が過ぎた訓練のせいで呼吸困難を起こし意識を失った兵士が病院に搬送され、翌日に死亡)や、金門島から厦門に泳いで逃亡した兵士の管理などが問題視され、また国家機密である戦闘機に芸能人を乗せた事件などが多発して、軍紀が乱れている」と、きちんとニュースを読んで国軍の問題点を具体的に指摘する女性もいたのには感心させられた。

はびこる「徴兵逃れ」マニュアル

 一方、男性のコメントは具体的なものがより多かった。兵役を経験した父親や先輩たちから聞いた生々しい現実が、自己の身に降りかかることを憂慮しての意見も多く見られた。

「どうしたら逃兵(徴兵逃れ)できるか、というマニュアル(過度な肥満、病弱や体力虚弱者を装うなど)が罷り通っている。そして兵役期間が短すぎて周囲の年長者から甘くみられる傾向がある」

「兵役経験者の話では、軍営では退役を待ち続けるだけの日々を過ごし、手抜きをしている人ばかりと聞く。若い軍兵は街を掃除する人と同じ扱いを受け、結局は、掃除夫としてしか貢献していないと思われる」など、兵役を誇りに感じない傾向が強かった。

「台湾で中国との戦争があるとしたら、攻め入られる受け身の戦い、市街戦となる。が、国軍は市街戦を想定した訓練をしているのか? 大いに疑問だ」「国軍の問題というより、民間人が国防への自覚を持たなければ、国際情勢の中での立ち位置を見失ってしまうと感じる」という問題提起をするなど、男性のコメントには「現実に兵役がどれだけ国防に役立っているのか」という疑問がより濃く反映されていたのが印象的だった。

それでも実戦力強化を目指す蔡英文政権

 蔡英文総統は兵役延長の理由について、こう述べている。

「4カ月の兵役では、今の軍備の必要に対処できない。台湾が自衛力を強化してこそ、国際社会からより多くの支持を勝ち取れ、準備を万全にすれば、中国が攻撃を仕掛ける可能性が低くなる。兵役の延長は若者にとって負担になるが、台湾の軍備が十分に強ければ台湾は戦場になり得ず、若者も戦地に行かなくてすむ」

 ウクライナの現実を見る限り、蔡総統の主張は至極正論のようにも聞こえる。だが、こうして若者たちの生々しい声を拾ってみると、兵役を延長するだけでただちに国防力が高まるのかどうか、疑問を投げかける結果となった。アンケートに協力してくれた日本語学科の教師、沈美雪准教授は、以下のようなコメントで総括してくれた。

「昔は2〜3年の兵役が義務化され、男の子は厳しい軍事訓練を受けて初めて“本当の男”に成長すると、みんなそう感じていた。高校では男女問わず軍事訓練(軍訓)の授業があり、女子でも射撃の練習を体験した。しかし、選挙のため若者の機嫌を取ろうと与野党ともに徴兵制の緩和や兵役期間の短縮を唱え、その結果“軍事訓練”は“防災訓練”のイメージに変わった。

 しかも今や戦争の仕方も変わり、精密な武器の扱いは素人同然の兵士に任せられない。本当に市街戦になったら台湾の平民は島国ゆえに逃げ場がない。私たちは『交戦』を想定することよりも『対話』の可能性を追求すべきだ」

 蔡政権としては、やや弛みのある国軍の士気を高めること、民間人に国防への自覚を持たせることなど、台湾人の意識をひとまとめにしようと取り組んでいる。だが、若者たちのアンケートを見る限り、まだ多くの課題が残されていると感じた。

 以下、アンケートの回答数を付しておくが、質問によって複数回答や無回答もあったため、すべての回答数を足しても回答者の総数と一致しない項目もある。

 

【2024年から兵役期間が1年に延長されることに関するアンケート調査】
 

1 性別を教えてください。

 □男 38

 □女 66

2 現在台湾の兵役制度には問題があると思いますか?

 □ 大いに問題がある 男19 女4

 □ 多少問題がある    男16 女54

 □ 問題ない 10      男3   女7

3 1年の兵役と4カ月の兵役で何か変わると思いますか?

 □ 1年の方が国防の助けになる 男10 女38

 □ ほとんど変わらないと思う   男22   女12

 □ よくわからない                  男3     女16

4−1 兵役は有意義か無意義かどちら?

 □ 有意義       男7   女53     

 □ 有意義だが改善必要 男10 女8

 □ 無意味       男19 女7

4−2 その理由は?(複数回答可)

・有意義と考える理由

 □ 男性が頼もしくなるので有意義               男3  女16

 □ 国防のために役に立つから有意義          男10  女45

 □ 受けた訓練は防災などにも役に立つ       男7  女42

 □ 農民や人々の生活を助け社会貢献できる 男1  女23

・無意義と考える理由

 □ 就職が遅れるなど、時間の無駄だ                   男19 女2

 □ 志願制にして有能な職業軍人を育てればよい  男17 女12

 □ 兵隊の数が増えても国防の利益にならない       男15 女7

5 兵役期間はどのくらいがちょうどよいと思いますか?

 □ ないほうがいい 男12 女2  

 □ 半年以内          男13 女15 

 □ 1年                 男6 女42 

 □ 2年以上           男3 女7 

 □ その他 1 ※「兵役期間にする訓練内容による」

6 女性も国防の訓練を受けるべきだと思いますか? 

 □ 受けるべき、受けてもいい 男22 女8 

 □ 受けなくていい                男4  女20              

 □ よくわからない                男 9   女38

 

カテゴリ: 社会 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
広橋賢蔵(ひろはしけんぞう) 台湾在住ライター。台湾観光案内ブログ『歩く台北』編集者。近著に『台湾の秘湯迷走旅』(共著、双葉文庫)など。
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