
昨年開催されたカタールW杯で、アルゼンチンを36年ぶり3度目の優勝に導いたリオネル・メッシ(36)が新天地としたのは、米国だった。同国のMLS(メジャー・リーグ・サッカー)は、カナダの3クラブを含む29チームによって構成され、レギュラーシーズンで東西共に上位7位までに入れば優勝が懸かったトーナメント戦への出場権を得られる。
メッシが入団したインテル・マイアミは現在、15チームある東地区で最下位に沈んでいる。7月11日にプライベートジェットで当地に降り立ったメッシは、18日に練習に合流。21日に交代出場ながら“アメリカデビュー”を果たすと、アディショナルタイムに決勝弾となるFKを直接決めて、千両役者ぶりを発揮した。11試合も勝ち星から遠ざかっていたマイアミの、太陽となったのだ。
アップルTVが10年25億ドルで独占放映権を取得
その4日後に行われたゲームでは初先発し、2ゴール1アシスト。東地区7位のアトランタ・ユナイテッドに4-0で快勝した。アトランタ戦におけるメッシの2点目のゴールは、34億回再生され、アメリカサッカー界で最も多くの人が目にしたライブ中継の記録となった。
数十億人が目にしたゴール――。それは、MLSの独占放映権を持つアップルTVが放送した映像によるものである。同社は今春、10年間25億ドル(3500億円 ※1ドル=140円で換算、以下同)でMLSとの契約を締結。全試合を国際放送するため、英語とスペイン語のアナウンサー、及び解説者を用意している。過去8年間で、1シーズン当たり9000万ドル(126億円)の放映権料を受け取っていたMLSにアップルが巨費を投じるのは、メッシがアメリカに来たからこそ、と囁かれている。一方で、「もし、契約時点でメッシが既にMLSに在籍していたら、アップルは昨夏に合意した年間2億5000万ドルよりも高い金額を支払わなければならなかっただろう」との声もある。

メッシの年俸は最低でも5000万ドル(70億円)で、6000万ドル(84億円)に届くかどうかと報じられているが、所属するインテル・マイアミは、かつてイングランド代表のスターだったデイビッド・ベッカム(48)が共同オーナーを務める。2020年にMLSに加盟したばかりの新参チームで、苦戦を強いられているのも当然だ。
だが、早くもメッシ効果は絶大で、アップルTVの視聴者を増やしただけでなく、マイアミでのホームゲームのみならず、敵地で開催されるゲームでもチケットが高騰。バロンドール7度獲得のアルゼンチン人スターが加入する前の10倍もの値がついている。そんななかでメッシは、マイアミのユニフォームに身を包んでピッチに立った3戦目でも2ゴールを決め、チームを勝利に導いた。
2026年の北米W杯では110億ドル以上の収益予想
思い起こせば、31歳だったべッカムが、5年で総額2億5000万ドル(350億円)という厚遇でロスアンジェルス・ギャラクシーの一員となったのが2007年。1994年W杯のホスト国を担ったアメリカは、2年後に12年ぶりとなるプロサッカーリーグを復活させたものの、10シーズンで作った3億5000万ドル(490億円)強の累積赤字に泣いていた。
全盛期を過ぎたとはいえ、まだまだ客を呼べる選手だったベッカムをレアル・マドリードから獲得したことで、MLSは活気付く。ギャラクシーのシーズンチケットは2日で5000枚が売れた。
当時、ベッカムは言ったものだ。
「モチベーションはカネじゃない。アメリカサッカーのレベルを上げたい。国民の予想よりも遥かに強くなるよ」
その時点でアメリカ代表は5大会連続でW杯出場を果たしていたが、4大スポーツであるアメリカンフットボール(NFL)、ベースボール(MLB)、バスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)の人気にはとても及ばなかった。筆者はちょうどMLSが産声を上げた1996年から米国で暮らし始めたが、アメリカ国民が最も熱い視線を送るのはアメリカンフットボールであり、高校の州チャンピオンを決める試合でさえ、街全体が燃え上がった。アメリカ人男子はフットボールを好み、サッカーは女子のスポーツという位置付けだった。
アメリカンフットボールの頂点に立つNFLは、昨シーズン180億ドル(2兆5200億円)の営業収益を上げ、続くMLBが103億ドル(1兆4420億円)、NBAが102億ドル(1兆4280億円)、NHLは50億ドル(7000億円)となっている。

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