
米著名起業家のイーロン・マスク氏が2022年10月に買収した短文投稿ソーシャルメディア(SNS)の旧ツイッターは、2023年7月にXと改名された。マスク氏がSNSアプリを、金融を中心とした「スーパーアプリ」へと生まれ変わらせる計画がいよいよ始動したのだ。
マスク氏は、ツイッターをXスーパーアプリに作り換える第1段階において、送金・入金・決済の仕組みを整えた上で、利用者が自分の記事や動画に課金する「Xクリエーター経済」でお金を循環させ、第2段階で普通預金口座やクレジットカード・デビットカードをユーザーに提供して外部からさらに多くのお金をX経済圏に呼び込み、第3段階でXを株式や暗号資産などの金融取引の場に発展させる構想を描いている。
競合スーパーアプリと比較すると、クリエーターを中心とするお金の循環という差別化の機能が仕込まれていることが最大の特徴だ。
一方、Xスーパーアプリの成功の可能性に関しては、マスク氏の「お騒がせ経営」を理由に米メディア批評の大半が懐疑的だ。アンチに「無謀だ」「不可能だ」と非難されつつも電気自動車(EV)や宇宙開発など大きなプロジェクトを次々と軌道に乗せてきたマスク氏は、今回も論敵を黙らせることができるのだろうか。
決済・金融・買物を単一アプリで
Xスーパーアプリは、メッセージングを中心に決済や送金、金融、電子商取引、配車、料理・食品デリバリー、宿泊予約などの機能がひとつのアプリに統合されたWeChat Pay(微信支付)やAlipay(支付宝)など中国で圧倒的なシェアを誇るスーパーアプリが手本となっている。
米国においても、米検索大手グーグルや送金・決済プラットフォーム大手の米ペイパルがスーパーアプリに取り組んだが、グーグルは立ち上げそのものを断念し、実際にスーパーアプリを完成させたペイパルも目標未達に終わっている。
グーグルは大手シティグループやスタンフォード大学連邦信用組合(SFCU)など11行の金融機関と提携し、普通・当座預金の口座開設、デビットカードの発行、非接触型のGoogle Pay決済、個人間の送金および入金、利用データ分析に基づくサービスや商品の提案、人工知能(AI)予算管理ツールの提供、利用ポイント加算などが単一の「Plexスーパーアプリ」で2021年から利用できる野心的な計画を掲げ、開発もかなり進んでいた。
たとえば、「食事の注文」「ガソリン給油」のボタンが設けられ、それぞれ10万軒のレストランや3万のガソリンスタンドでフードデリバリー注文、給油と支払いがPlex上で完結するはずだった。
またPlexには、家計管理のパーソナル・ファイナンシャル・マネジメント(PFM)機能が付随しており、スマホで撮影した領収書やGmailアカウントに送られたレシートを自動的にPFMがスキャンして読み込み、カテゴリー別に家計簿にまとめてくれるスグレモノとして構想されていた。
他方、マスク氏の古巣であるペイパルのスーパーアプリの目指す方向性もグーグルと似ており、消費者のすべての商取引や金融に介在することでワンストップの利便性を提供し、クレジットカード発行を主力とする信販会社を母体として運営されるシンクロニー銀行と組んで、預金や融資など金融サービスを提供している。ちなみに、現在ペイパルのスーパーアプリの普通口座では年率4.3%の高利息がつく。
さらに、加盟店に対して売掛金回収、販売時点情報管理(POS)、顧客リスク管理、マーケティング(ペイパルが傘下に収めたオンラインクーポンのHoneyが提供)などのサービスも総合的に提供する予定であった。
グーグルとペイパルはなぜ挫折したか
これだけ利便性の高いスーパーアプリであれば、米国でもそれなりに普及して然りと思えるが、実際の展開は違っていた。……

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