米イラン「囚人交換」合意で不安なバイデン政権「利害得失」

執筆者:杉田弘毅 2023年8月18日
エリア: 中東 北米
8月7日、訪日して岸田文雄総理(右)と会談したイランのアミール・アブドラヒアン外相(左)。緊張緩和の先駆だったのか[首相官邸HPより]
核合意再建への道筋は依然として見えず、今年1月のIAEA査察では兵器級に極めて近い濃縮ウランが発見された。緊張関係が一層高まる中で発表された米国とイランの囚人相互解放とイラン凍結資産の送還は、双方がともに緊張緩和を望む中での打算の産物とも言えるだろう。ただ、その利害得失を比べればイランに有利な内容でありバイデン政権は足をすくわれかねない危うさがある。

 米国とイランが囚人の相互解放で合意した。双方とも5人の被拘束者を解放し、米国制裁によって韓国で凍結されていたイラン資産約60億ドル(約8700億円)がイランに送還されるという大型の合意である。核開発問題、ロシア・ウクライナ戦争でのロシア支援、反スカーフデモの弾圧など、あらゆる面で米国はイランを非難してきた。いがみ合う両国が合意に達した事実は入念な秘密外交を想像させる。

 両国は奇妙にも利害を共有するという暗黙の了解が成立している。米大統領ジョー・バイデンは今回の合意で中東での波乱を封じて来年の大統領選を乗り切るという目論見だ。だが打算先行に足をすくわれる懸念がついて回る。

核合意再建に間接協議を認めたイラン外相

 長身で目立つひげ、ニコニコした顔の男性が8月10日の囚人解放合意発表の4日前、イランから来日した。外相のアミール・アブドラヒアンである。実質1日だけの日程で岸田文雄総理表敬、林芳正外相らとの会談を精力的にこなし、都内のイラン大使館では少数の記者団に一時間にわたってイラン外交を語った。

 興味を引いたのが対米国協議についての発言だ。本丸の核合意「包括的共同行動計画(JCPOA)」の復活交渉が難航する中で、別の形の米国との暫定合意の可能性について聞いたところ、米国との間接協議、メッセージのやり取りを認め、「人道面の課題」「いくつかのイニシアティブ、先駆け的な役割の可能性」に触れたのだ。

 外相は、イランはJCPOA合意の完全復活を求めており不完全な「暫定合意」には向かわないと付け加えたのだが、イニシアティブ、先駆け的な役割とは何なのか疑問が募った。

 4日後に囚人解放合意が発表され、疑問は解けた。スパイ罪などに問われた米国人5人と制裁違反で拘束されたイラン人5人の交換というかつてない囚人相互解放の規模だ。また韓国から送還される60億ドルはイラン石油の購入代金で、核開発を理由にドルを使ったイランとの貿易決済を禁じる米金融制裁の対象となり凍結されていたものだ。……

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カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
杉田弘毅(すぎたひろき) 共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京-北京フォーラム実行委員、明治大学特任教授なども務める。多彩な言論活動で国際報道の質を高めてきたとして、2021年度日本記者クラブ賞を受賞。2021年、国際新聞編集者協会理事に就任。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)など。
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