ロシア・ウクライナ戦争の潮目が変わった?――領土割譲で停戦という「不都合な選択」

執筆者:名越健郎 2023年11月21日
エリア: ヨーロッパ
バイデン政権屈指のロシア通といわれるオースティン国防長官(右)とゼレンスキー大統領(左)の会談は事前の予告なく行われた[11月20日、ウクライナ・キーウ/UKRAINIAN PRESIDENTIAL PRESS SERVICE](C)AFP=時事
「支援疲れ」に中東情勢の緊迫も加わり、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる欧米メディアの報道に潮目の変化が起きている。ウクライナ軍の反転攻勢の失敗や兵員不足に多くが言及、バイデン政権の対応にも批判が集まる。現状でロシア側が占領地域を手放すことは考えにくい。このまま停戦交渉に向かった場合、ウクライナが領土割譲という苦渋の選択を強いられるとの見方が台頭している。

 ロシア軍の全面侵攻から1年9カ月を経たロシア・ウクライナ戦争は、ここへ来て潮目が変わりつつある。

 ウクライナ軍の反転攻勢は成果を得られず、政権内の亀裂が伝えられる一方で、ロシアは長期戦に持ち込み、兵力を増員しながら有利に展開している。

 イスラエル・ハマス戦争も、欧米諸国のウクライナ支援に影を落とした。

 欧米側がヴォロディミル・ゼレンスキー政権に対し、和平交渉の検討を打診したとも報じられた。ゼレンスキー政権は依然徹底抗戦の構えだが、今後、停戦の動きが浮上する可能性も出てきた。

「力による現状変更は許されない」(岸田文雄首相)としてウクライナ支援を続けた西側諸国にとって、憂鬱な展開となりかねない。

「反攻は失敗、突破口なし」

 10月末以降、ウクライナ側の「不都合な真実」(米誌『タイム』)を伝える欧米の報道が相次いでいる。

 ウクライナのワレリー・ザルジニー総司令官は英誌『エコノミスト』(11月1日)とのインタビューで、「ウクライナ軍は南部ザポリージャ州で17キロしか前進できていない」「われわれは膠着状態に追い込まれた。これを打破するには大規模な技術的飛躍が必要だが、突破口はないだろう」と苦戦を認めた。

 ウクライナが6月4日に反転攻勢を開始して5カ月を経たが、ロシアが制圧するウクライナ領土の約20%のうち、奪還できたのは0.3%にすぎないとの報道もあった。

 国民的人気の高い総司令官は、「ウクライナ軍はロシアが構築した地雷原に足踏みし、西側から提供された兵器も破壊された。指揮官らの交代もうまく機能しなかった」と述べた。ウクライナ軍高官が戦況の膠着や苦戦を公然と認めたのは初めて。

『タイム』誌(10月30日号)はゼレンスキー政権の内幕を報道し、「ゼレンスキー大統領は肉体的な疲労からか精神的にも疲弊し、メシア的妄想と精神病的な第三次世界大戦の恐怖を煽っている」とし、「ウクライナはロシアとの消耗戦に敗れつつあり、大統領の命令に従わない兵士も出ている」と伝えた。兵員不足で高齢兵士の招集をせざるを得ず、現在の軍部隊の平均年齢は43歳まで老化しているという。

『タイム』は昨年末、国家と国民を統率し、勇気ある抵抗を示したゼレンスキー大統領を「パーソン・オブ・ザ・イヤー」(今年の人)に認定したが、カバーストーリーを書いた同じ筆者が今回、政権内部の亀裂を列挙している。

欧米が水面下で停戦説得

 こうした中で、米NBCニュース(11月3日)は、欧米諸国の政府高官がロシアとの和平交渉の可能性について、ウクライナ政府と水面下で協議を始めたと報じた。

 米当局者によれば、これは10月に開かれたウクライナ支援国会合の際に話し合われ、ウクライナ側が協定締結のために何をあきらめるかについて概要が討議されたという。NBCは、欧米側の和平提案は、戦況の膠着や欧米の援助疲れ、中東紛争激化という新展開を受けて示されたとしている。

 NBCによれば、ジョー・バイデン大統領はウクライナの兵力が枯渇していることに強い関心を寄せている。米当局者は「欧米はウクライナに兵器を提供できるが、それを使える有能な軍隊がなければ、あまり意味がない」と話した。

 これらの報道に対し、ゼレンスキー大統領は記者会見やNBCテレビとの会見で、「戦争が膠着状態とは思わない」「年末までに戦場で大きな成果を挙げる」「ロシアと交渉するつもりはない」と反論し、抗戦方針を確認した。

 米国家安全保障会議(NSC)の報道官は、「米国は引き続きウクライナを強力に支援する。交渉も含め、将来の決定を決められるのはウクライナだけだ」と述べた。戦争継続か和平かの決断を、ゼレンスキー政権が下す構図は変わらない。

 一方で、ロイド・オースティン米国防長官とウィリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官が11月20日時点でキーウを訪問中だ。バイデン政権屈指のロシア通といわれるバーンズ長官の訪問はサプライズで行われたが、今後の展開などをめぐり重要協議が行われた可能性がある。

バイデン外交への批判噴出

 一連の報道を受けて、欧米では、ロシア・ウクライナ戦争が転機に入ったとの見方が相次いでいる。

 ドイツのニュースサイト、『インテリニュース』(11月6日)は、「ウクライナ戦争の終わりの始まり?」と題する記事で、「西側のウクライナ疲れは半年前から始まっていたが、反転攻勢への期待があったため、抑えられた。しかし、反攻が何ら進展をみなかったことで、停戦論が浮上している」「ゼレンスキーが昨年4月に和平に持ち込むことを検討したことは正しかった。今、クレムリンに交渉を持ち掛けても、一蹴されるだろう。時はロシアに味方する」と分析した。

 英紙『テレグラフ』(11月4日)は、「ウクライナの現在の軍事力では、ロシアが厳重に構築した防衛網を突破する見込みはなく、反攻作戦は萎縮している。ロシアは間違いなく、消耗したウクライナ軍に対して再攻勢を準備している」とウクライナ軍が悲惨な状況に追い込まれかねないと指摘した。

 同紙は、米国が長射程地対地ミサイル「ATACMS」の供与を10月まで実施しなかったり、F16戦闘機の供与を遅らせるなど、優柔不断な対応を続けたことが反転攻勢不調の理由だとし、「現状では、プーチンが勝利を手にする。これを打破するには、ウクライナに制空権、戦闘技術、強力な大砲を与えることだ」と強調した。

 米紙『ワシントン・ポスト』(11月5日)も、ウクライナ軍が今後、突破口を開く可能性は低いとし、昨年11月にロシア軍が南部ヘルソン市から撤収した時点が交渉のチャンスだったが、バイデン政権は何もしなかったと指摘。「長距離ミサイルの供与の遅れも含め、バイデン政権はウクライナで確固たる対応を取らなかった。官僚的な惰性や、戦況がエスカレートするリスクへの懸念があった」と分析した。

 パレスチナとウクライナの二つの戦争への対応をめぐり、米国内でバイデン外交への批判が高まりつつある。

 ただし、首都キーウの外交筋は、一連の報道について、「長期戦がロシアを利する要素はあるが、ウクライナ軍内部に乱れはなく、反転攻勢は続く。ザルジニ―総司令官らの発言は、航空戦力、地雷撤去など西側に支援の足りない部分を列挙したものだ。ドイツ政府も援助の倍増を決めた」と述べ、誇張が多いと指摘した。

バルダイ会議で「西側との戦争」を強調

 ロシアの通信社は、ウクライナの苦境を伝える欧米の報道を細大漏らさず転電し、ロシアの優位を印象付けている。ウラジーミル・プーチン大統領は10月のバルダイ会議で、「6月に開始されたいわゆる反攻作戦で、推定9万人以上のウクライナ兵が死傷した。作戦は失敗に終わった」と強調した。

 開戦から1年9カ月を経て、戦争目的をめぐるプーチン発言も変化してきた。

 開戦演説では、「ドンバス地方の親ロシア系住民を虐殺から守る特別軍事作戦」「ウクライナのネオナチに代わる非武装中立の新政権樹立を目指す」としていた。

 しかし、今年2月の年次教書演説では、「この戦争は、西側が仕掛けた2014年の軍事クーデターで始まった」「ウクライナとの戦いというより、背後にいるNATO(北大西洋条約機構)との戦いだ」などと語った。

 さらに、10月のバルダイ会議では、「西側は何世紀にもわたり、植民地主義と経済的搾取で途上国を蹂躙した」「この戦争は、より公平な国際秩序を作るための戦いだ」と述べ、BRICS諸国とともに、新国際秩序を目指すと強調した。ロシア側のナラティブ(物語)は、限定軍事作戦から「西側との戦争」へと変質しており、長期戦の構えのようだ。

 停戦交渉について、プーチン大統領は「ウクライナが東部・南部の4州をロシア領と認めることが停戦の条件」としてきた。バルダイ会議では、「ロシアは世界最大の領土を持つ国であり、これ以上新たな領土は求めない」とも述べた。

 ロシアの独立系世論調査機関、レバダ・センターによれば、プーチン大統領が4州確保を前提に停戦を提案すれば、70%が支持すると回答しており、ロシア世論にも戦争疲れの兆しがみられる。

中国が仲介に登場との予測も

 これに対し、ゼレンスキー大統領は昨年11月のビデオ演説で、ロシアとの和平交渉再開の条件として、①領土の回復②国連憲章尊重③損害賠償④戦争犯罪者の処罰⑤ロシアが二度と侵攻しないという保証――の5項目を要求した。

 この基本方針は1年後の現在も変わっていないが、反転攻勢の不調、欧米の支援疲れ、国内の疲弊といった新情勢の下で、今後停戦交渉に乗り出す可能性もないとは言えない。「すべての領土奪還まで戦争遂行」を支持する国内世論は、昨年前半は90%に達したが、最近は60%台に低下している。

 仮にロシア・ウクライナ間で和平交渉が行われるなら、領土の線引きと戦後ウクライナの安全保障が最大の焦点になろう。

 ロシアは既に、クリミアと東部・南部4州をロシア領と憲法に明記しており、占領地を手放すことは考えられない。ただ、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は新しい国境線について、「東部ドネツク、ルハンスクは州全体がロシア領。南部ヘルソン、ザポリージャ両州の境界は住民と協議して決める」と述べたことがあり、南部2州で一定の譲歩を行う可能性もある。

 いずれにせよ、和平交渉に応じるなら、ウクライナ側は領土割譲を受け入れるかどうか、苦渋の選択を強いられそうだ。

 戦後の安全保障では、ウクライナは既にNATO加盟を申請している。ロシアは停戦によって時間稼ぎをし、再度侵攻する可能性があるだけに、安全確保にはNATO加盟が最も有効だ。しかし、ロシアはこれに猛反発するほか、NATO内部に反対論、慎重論もある。

 仮に和平交渉が始まっても、交渉は難航し、長期化しそうだ。和平工作に際しては、「欧米とロシアはウクライナ戦争で疲弊しており、中国が満を持して仲介に登場し、超大国としての台頭を狙う」(エドワード・サロ米アーカンソー州立大准教授、『ナショナル・インタレスト』誌、11月7日付)との予測も出ている。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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