「初の女性総理」最有力? 小池都知事「国政復帰」説が語られる理由

執筆者:永田象山 2024年2月19日
タグ: 岸田文雄 日本
エリア: アジア
小池都知事がわざわざ岸田総理の元を訪れたのは、国の子育て対策との「違い」をアピールするためか[2024年2月2日、首相官邸](C)時事
逆風にあえぐ自民党幹部らとは対照的に、にわかに脚光を浴びる政治家がいる。16年前、女性として初めて自民党総裁選に出馬した小池百合子東京都知事である。今年7月で2期目の任期を終える都知事が、4月28日投開票の衆議院補欠選挙に東京15区から出馬するのではないかとの噂が駆け巡っている。

 2月7日、台湾を訪れた東京都の小池百合子知事が蔡英文総統や頼清徳次期総統と会談した。小池氏は2人の幹部と防災分野だけでなくデジタルなど様々な分野での交流や連携を進めていくことを確認した。

 この訪台は予想通り中国の反発を呼んだが、小池氏は「都市外交として都市間の連携は極めて重要。(中国の)指摘はあたらないと思う」と軽くいなした。しかしなぜこのタイミングで台湾を訪れたかについて、小池氏は報道陣に多くを語らなかった。

 先月末のことだった。筆者に長年つきあいのある政界関係者から連絡があった。

「小池都知事が衆議院の補欠選挙に出るって噂が出ている。情報入っていない?」

 この人物によれば、自民党の一部から小池氏を公認候補として担いで戦うべきだという声が上がっているという。

 1月後半から始まった通常国会。岸田文雄総理は事件化した自民党の派閥の裏金問題など「政治とカネ」で防戦一方だ。各世論調査もほぼ全社が過去最低の支持率を更新しており、与党内には「岸田さんは持たない」という空気が蔓延し政権末期の様相を見せている。

 そうした最中、東京都の江東区長選挙の公職選挙法違反で逮捕・起訴された柿沢未途衆院議員が辞職する見通しとなった(2月1日に正式に辞職)。これにより柿沢の選挙区だった東京15区は4月28日に補欠選挙を行うこととなった。

 冒頭の政界関係者からの連絡はこの状況を踏まえての問いであった。

 確かに小池氏の動きは今後の政局の渦になると筆者は見ているが、都知事の任期が7月まで残っている中、果たして小池氏が東京の補欠選挙に打って出るのか?

2008年の総裁選出馬時と似た状況

「彼女は何というか度胸がある。たいしたものだ」

 これは小泉純一郎元総理の小池評だ。

 小池氏は小泉政権で環境大臣や沖縄・北方担当大臣を歴任して政治家としてのキャリアを積んできた。2005年の郵政民営化の是非を問う郵政選挙では郵政法案に強硬に反対した小林興起衆院議員の選挙区の東京10区(豊島区や練馬区)に「刺客候補」として乗り込み大差で小林氏を破った。その後2008年には自民党総裁選に出馬して麻生太郎や、与謝野馨としのぎを削った。自民党総裁選に女性が立候補したのは小池氏が初めてだった。

 当時、自民党は苦境に陥っていた。

 2007年の参院選挙で民主党に大敗して参院での過半数を割り込み「ねじれ現象」を生じさせてしまった安倍晋三総理は、政権を手放し福田康夫総理に譲った。しかし「ねじれ」の状況は変わらず、民主党との大連立に失敗し今後の展望に自信を失った福田総理は辞任を表明。政権交代が現実味を帯び始めた時期であった。

 この時、小池氏を後押しした1人が小泉元総理だ。元総理は周囲にこう語っていた。「民主党への政権交代の世論の期待を遮断するためには女性総理で対抗するしかない」。小泉氏らの支援を受け総裁選に挑んだものの大勢は麻生氏に流れ、小池氏は一敗地にまみれた。翌年の総選挙で自民党が大敗し政権交代を迎えると、小池氏は2016年に都知事選に出馬し、自民党と袂を分かつ。

 小池氏の政治経歴を振り返って見たが、小池氏が総裁選を戦った2008年と現在の自民党を取り巻く状況は非常に似ている。

 安倍派、二階派などの裏金問題は依然、自民党を揺さぶっている。

 検察は安倍派幹部の立件を見送ったものの幹部の処分を求める世論は根強く、自民党への風当たりは激しい。時事通信の1月の世論調査によれば自民党の支持率は前月比3.7ポイント減の14.6%で、これまでで最低だった。

 2009年7月の麻生政権下の15.1%を下回った。2009年7月と言えば、麻生総理が総選挙で民主党に敗れて政権交代を迎える直前だった。つまり、いまの岸田政権と自民党は政権交代前夜のレベルにまで落ちたと言える。

自民党内に起死回生の「女性総理」待望論

「地元に戻って痛感したけど、逆風は想像以上だ」。当選7回を数える大臣経験者は危機感を露わにした。これまでも安倍内閣での森友、加計、桜を見る会の問題や、菅内閣におけるコロナ対応等でも地元から厳しい意見が上がっていたが、それでもまだ自民党への愛のある叱咤激励と感じた。今回はそうではなく、「自民党に裏切られた」という有権者の失望や怒りを感じるというのだ。

 こうした空気を察知して自民党内では「ポスト岸田」をにらんだ動きが顕在化している。

 まず動いたのが麻生副総裁だ。「このおばさんやるね…少なくともそんなに美しい方とは言わんけれども…新しい人が育ちつつあるんだと思いますね。ぜひ女性、若い人、こういった人たちを、我々は育てねばならない」(1月28日福岡県内での講演)。容姿や年齢を揶揄したとして批判を浴びたこの発言の麻生氏の狙いは上川陽子外務大臣を「ポスト岸田」としてショーアップすることだったと見られている。

「図らずも麻生さんの思惑通りの展開になってきている」(自民麻生派関係者)

 麻生氏の発言直前に行われた日本経済新聞とテレビ東京の世論調査の「次の自民党総裁にふさわしいのは」の質問で、上川大臣は石破茂、小泉進次郎、河野太郎の各氏ら常連に続いて5%で6位にノミネートされ(1位石破、2位小泉、3位河野、4位高市、菅)、3%の岸田総理、林芳正官房長官や2%の茂木敏充幹事長、小渕優子選挙対策委員長を上回った。2月上旬に行われたTBSテレビ系の調査では河野太郎氏を抜いて石破・小泉に次いで3位(9.5%)に上昇した。わずかな期間に上川氏の認知度が高まったのは確かなようだ。

「麻生さんに限らず、この難しい局面を乗り切るには岸田さんから思い切ってイメージを変えるしかないというのが党内の相場観」(自民党関係者)。つまり初の女性党首=総理を擁立して自民党が変わったと思わせるような変革を遂げなければ、本当に政権交代に追い込まれるという党内の危機感が上川氏への追い風になっている。

 しかし、上川氏にも弱点はある。一つは上川氏をショーアップした麻生氏の存在だ。

「麻生さんは秋の総裁選でもちろん岸田さんではなく茂木さんでもなく上川さんを推してキングメーカーとして君臨したいのだろう」(自民党関係者)という見方が広がっている。つまり上川大臣は麻生氏の傀儡というイメージが定着しかねないということだ。

 上川大臣を評した時代錯誤的な発言や、自民党で派閥解消の動きが加速する中でも派閥存続を固守する麻生氏の姿勢に、党内からも疑問の声が上がっている。“麻生色”がついた上川氏を、果たして党内の多数派が支持するのかという問題が浮上する可能性は高い。

 また、上川氏自身が総理候補としてどの程度の力量があるのか未知数だ。上川大臣と仕事をした経験のある政府関係者は「役所のブリーフ(政策についての説明)には熱心に耳を傾けるが何をやりたいのかよくわからなかった」と述懐する。つまりは優等生タイプの政治家と言えるのだろう。また上川氏を知る自民党岸田派の関係者は「彼女は仕事熱心な半面、少し視野が狭いところが気になる。それと発信力が課題」と懸念する。

「様々なご意見や、またお声があるということは承知をしておりますが、どのような声もありがたく受け止めております」(1月30日記者会見)

 麻生氏の発言についてこのように受け答えをした上川大臣。無難過ぎるとも言える回答だ。仮に上川氏が与党の党首や一国の総理となった場合に、国際社会や国内世論に強いインパクトを与えるメッセージを発信することができるのか? 発信力という点に限って小池氏と比較すれば上川氏の劣勢は否めない。

子育て支援で政府との「違い」をアピール

 一方の小池都知事は何を考え、どう動くのか?

 今月2日、メディアが注目する会談があった。小池都知事が総理官邸を訪れ岸田総理と会談に臨んだのだ。終了後、報道陣とのやりとりで小池知事は都が進めている子育て支援政策やエネルギー政策、都の予算などについて説明し、総理に理解と協力を求めたと説明する。

 報道陣から「支持率低迷に苦しむ自民党では小池さんと連携を望む声があるが共闘の考えは」と水を向けられたが小池氏は訝しげな表情を浮かべ「いえ、ありません」と塩対応で一刀両断した。

 しかし、小池氏の政治手法を知る、自民党の元幹部は「小池さんは都知事としてやることは全てやった。国政に戻りたがっているのは間違いない」と断言する。

 小池氏は子育て支援策に積極的だ。

 所得に関係なく都内に在住する18歳以下の子供に、1人当たり月額5000円(年額6万円)を支給する「018サポート」を実施したほか、2024年度からはこちらも所得にかかわらず公立私立いずれの高校も「実質無償化」する方針を表明している。(私立高校は平均費用である47万5000円まで支給の見通し)。高校無償化については国も推進してきたが一定の所得制限が設けられてきた。このため物価高と子育て促進の両面から公明党や都民ファーストの会などが所得制限の撤廃を求めていた。

 子育て支援に力を入れる背景として、7月に都知事の任期を終える小池氏の知事3選に向けた布石と見る向きが有力だ。

 しかし、岸田総理に子育て支援について協力を求めた点を見ると、国の子育て対策との「違い」を際立たせたいという思惑があるのかと勘ぐりたくなる。都が推し進める子育て支援が国と比べていかに優れているかをアピールし、それを求めている公明党との良好な関係(岸田政権になってから自公の関係はギクシャクしている。麻生氏が大の公明嫌いであることも要因)を維持して国政を窺う。こんな小池氏の思惑も見えてきそうだ。

 都知事選出馬の時も、「希望の党」を作った時もそうだが、小池氏は電光石火のごとく突然行動に出る。おそらく今回も小池氏は「自分が動けば政権を取れる=総理になれる」という算段が立つのなら突風のように国政進出へと舵を切るだろう。

72歳の小池氏にとって最後のチャンスか

 巷間、小池氏を担ぐとすれば岸田総理に批判的な二階俊博元幹事長や菅義偉前総理らの勢力と見られている。しかし菅前総理はまだしも、裏金問題で派閥解消に追い込まれ、自身の事務所が3000万円を超える“中抜き”をしていた事が発覚した二階氏と組むことについて、イメージを重視する小池氏が呑むかどうか疑問が残る。また、自民党の勢力とは手を組まずに国政政党=小池新党を再び立ち上げる可能性を指摘する声もある。

 今年7月に小池氏は72歳を迎える。そして同じ月に東京都知事選挙が予定されている。

 小池氏の年齢を考えれば、今回が最後の挑戦となるだろう。

 都知事3選を目指すのか、はたまた国政復帰に向かうのか。その決断を多くの政界関係者は見守っている。

 

カテゴリ: 政治
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永田象山(ながたしょうざん) 政治ジャーナリスト
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