ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (4)

ヘルソン、拷問施設の実態を探る――男性の精神を破壊するためのレイプ

執筆者:国末憲人 2024年6月28日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
ロシア軍が設けた虐待施設で、拘束のために使われたと思われる用具(ウクライナ国家警察ヘルソン警察総局提供)
翌朝、ヘルソン市内へ。攻撃の危険に晒された街に人影は少なく、車で1時間のミコライウとは明らかに光景が違っている。2022年3月から11月にかけてロシア軍に占領されたヘルソンに、ブチャや東部ハルキウ州イジュームのような集団埋葬地は見つかっていない。住民への虐待は行われ、死者も出た。ただ、ここでのロシアの拷問は、住民意識のロシア化を進める「文化ジェノサイド」の手段だったのではないだろうか。拷問施設は解放された地域だけで11カ所を数える。収容経験を持つ男性6人に集まってもらい、攻撃を避けるため地下に設けられた集会所で卓を囲んだ。【現地レポート】

 ウクライナ南部ヘルソン州の農村を巡って翌朝の8時半、筆者たちが滞在するミコライウのホテルに、車2台が迎えに来た。いずれにも金融機関のロゴが描かれている。案内役の元ヘルソン州知事アンドリー・プティロウが手配したのは、まさかの現金輸送車だった。

「本来なら装甲車両に乗っていくのですが、目立ちすぎて攻撃の標的となってもいけないと思って」

 だから、目立たないけど頑丈なのが、この現金輸送車だという。確かに、フロントガラスや窓は分厚く、ドアには二重の鍵がかかる。ミサイルに直撃されるとひとたまりも無いが、少々の破片が飛んでくる程度は耐えられそうだった。

 ウクライナで戦争犯罪の訴追に取り組むサンマリノの弁護士アキーレ・カンパーニャとアンドリー、筆者たちは2台に分乗し、60キロあまり南東のヘルソン市を目指した。

ヘルソン訪問で乗った現金輸送車の内部(以下、特記のないものはすべて)

空港のターンテーブルが陣地に

 約1時間の行程の真ん中あたり、ヘルソン州に入って最初の村ポサド・ポクロウスケに立ち寄る。数千人規模の大きな村だったが、占領中は最前線となって多くの家屋が壊され、村人は全員が避難した。奪還後、再建が始まった。

「戦争の前の姿そのままを再現して、復興のシンボルとする予定です」

 アンドリーが説明する。ただ、多くの家はまだ壊れたままで、時間がかかりそうである。

 

 ヘルソン市の入り口にあたる村チョルノバイウカには、ヘルソン国際空港が位置する。ここは2022年3月、激しい攻防戦の末にロシア軍が制圧し、その後11月にウクライナ軍が奪還したが、その過程で激しく破損したと伝えられていた。訪ねてみると、ターミナルに掲げられた空港名の看板が傾き、ボーディング・ブリッジが崩壊している。誘導路の脇には、半分に切断された何機かの航空機の残骸が転がる。空港施設の内部では、到着ロビーで荷物を引き取るターンテーブルの脇がコンクリート壁やタイヤで固められ、陣地と化していた。「国際投資フォーラムにようこそ」と書かれた横断幕が、千切れかけたまま、もの悲しく残る。

 この空港はソ連時代の1980年ごろ、軍民両用空港として開かれたが、あまり有効には活用されず、ウクライナ独立後の2000年ごろから民間フライトがなくなっていた。これを2015年に復旧し、キーウやイスタンブール、ウィーンへの定期便のほかエジプトのリゾート地などへの臨時便就航も実現させたのが、当時の知事アンドリーだった。

「地元活性化のために、空港は不可欠だと思ったのです。開港してからは、経済も順調になった。イスタンブールにも1時間40分で出られるようになったのですから」

 アンドリーは言う。筆者もかつて、イスタンブール空港で乗り継ぎをした時、行き先の電光掲示板に「ヘルソン」と表示されるのを見て、どこの国の街だろうと思ったものだった。ヘルソンには、2014年にロシアがクリミア半島を占領した際、先住民族のクリミア・タタール人が多数逃れてきて住み着いた。親戚が多く暮らすトルコへの彼らの盛んな行き来が定期便を支えていたのだろうと推測できた。

「悲しいですね。ただ、いつかまた使えるようにしますよ。戦争からの復興に、この空港は不可欠ですから」

 アンドリーは笑顔を見せた。

ヘルソン国際空港に残る航空機の残骸
ヘルソン国際空港のターンテーブル。要塞化されている

地下室の会談

 ヘルソン市内に入る。車で1時間程度のお隣ミコライウとは、明らかに異なる光景である。人がほとんど見当たらない。全くいないわけではないが、1人で歩くお年寄りがぽつぽつと目につく程度で、ミコライウのようにスタンド前や横断歩道に市民が固まるようなことはない。攻撃がいつ訪れるかしれず、複数で集まるのを避けているようにも見える。

 中心部の雑居ビルの地下に案内された。そこが、現職知事との面会の場所だという。

カテゴリ: 軍事・防衛 社会
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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