石破“LOW”政権に「忘れられた人々」、その琴線に触れる国民民主党「手取り増」

執筆者:滝田洋一 2024年10月22日
タグ: 石破茂 日本
エリア: アジア
政権発足後の世論調査では、「LOW」と都市部・若年層・男性の亀裂は日を追うごとに拡大している[石破首相の応援演説を待つ人々=2024年10月20日、大阪府・堺市](C)AFP=時事
世論調査は石破茂政権が「地方(Local)」「高齢者(Old)」「女性(Women)」の支持頼みだと示している。一方で石破“LOW”政権にNOを唱える都市部、若年層、男性――それは実質可処分所得が8年前を下回る今の日本で、まさに「忘れられた人々」の肖像だ。ドンと増した税と社会保険料に苦しむ彼らにとって、石破政権が掲げる「地方創生」「農業振興」は犠牲になれとのメッセージに他ならない。「手取り増」を前面に打ち出す国民民主党が支持を伸ばす背景には、石破首相の志向する「保守リベラル」のあり方と若年層・現役世代の意識の間の、決定的なずれがあるはずだ。

 今回の米大統領選挙でもカギを握るのは「忘れられた人々(forgotten people)」だろう。9月のテレビ討論でいったんは失速したとみられていた、共和党のドナルド・トランプ候補が10月に入って急速に息を吹き返している。

 そしてミシガン州で開かれた10月4日の選挙集会で、演説内容を映すプロンプターが故障して立ち往生した、民主党のカマラ・ハリス候補。目を泳がせながら「(投票まで)32日間」と4度も繰り返すその様子は、外交・安全保障、経済で自分の言葉を持たないとの評判を裏書きした。7月21日にジョー・バイデン大統領が自らの代わりに大統領候補に挙げて以来、メディアからの度重なる求めにもかかわらず、一度も公式記者会見を開いていない。いや開けずにいる。そんなハリス氏のメッキが剥げ、結果的にトランプ氏が浮上している。そうした要素もあろう。

半世紀前、ラストベルトの所得は「カリフォルニア並み」

 それにしても、アリゾナからウィスコンシンに至る激戦州といわれる7州すべてで、トランプ候補がハリス候補を上回っている。米政治サイト、リアル・クリア・ポリティクスによれば、10月21日時点で7州での支持率はトランプ候補48.4%対ハリス候補47.4%。このうちミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアはラストベルト(錆びた工業地帯)とダブる。

 グローバル化の下で競争力を失い、工場が閉鎖に追い込まれている。そうした地域の労働者たちの根強い支持が、しぶといトランプ候補の原動力である。オハイオ州出身のJ・D・ヴァンス上院議員が議員になる前の2016年に綴った生い立ちの記『ヒルビリー・エレジー』の世界は、日本など外からは最も見えにくいアメリカである。ここでは邦訳版に「アメリカの繁栄から取り残された白人たち」との副題のついた同書はなぞらず、経済統計を点検しよう。

 全米の家計所得の平均を100とした場合の、各州の家計所得の中央値(順位が真ん中の家計の所得)はどのくらいか。内閣府が作成した下のグラフをみてほしい。

ラストベルトの世帯所得中央値
出所:内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料」(令和6年8月29日)

 ミシガン90、オハイオ88、ペンシルベニア96、ウィスコンシン95。直近の2022年時点で、ラストベルトの各州は全米平均を下回る。半世紀前、祖父や祖母たちの時代はそうではなかった。1969年にはミシガン118、オハイオ109、ペンシルベニア101、ウィスコンシン106。いずれも全米平均を上回っていた。その所得水準はカリフォルニアの110に匹敵していたのだ。

 ところが2022年となると、カリフォルニアが122に上昇したのに対して、自分たちは軒並み地盤沈下している。「世の中、そして連邦政府は間違っている」。そんな屈折した思いが、ラストベルトの住民つまり有権者の間に広がったとしても不思議ではない。しかも見逃せないのは、ラストベルトの人種構成だ。内閣府はこんなグラフを示している。

ラストベルトの人口構成と高齢化率
出所:内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料」(令和6年8月29日)
※人口構成は25歳以上の人口に占める割合。2022年値。高齢化率は65歳以上の人口が総人口に占める割合。2023年7月1日時点。( )内は2023年7月1日時点の総人口
 

 人種の多様化は日本のメディアのアメリカ報道の常套句だが、ラストベルトの姿は全く異なる。白人が7~8割を占め、しかも大卒未満の白人が半数近くないし過半数なのである。かつては工場労働者として民主党を支持していた人たちが、現状の不満を言葉にしてくれるトランプ候補に走ったからといって、誰が彼らを責められよう。

自民は「東京の若年層」で壊滅的

 以上は米大統領選のおさらいだが、実は日本でも「忘れられた人々」こそが、来る総選挙の焦点だ。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 名古屋外国語大学特任教授 1957年千葉県生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員、特任編集員などを歴任後、2024年4月より現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスターも務めた。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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