今回の米大統領選挙でもカギを握るのは「忘れられた人々(forgotten people)」だろう。9月のテレビ討論でいったんは失速したとみられていた、共和党のドナルド・トランプ候補が10月に入って急速に息を吹き返している。
そしてミシガン州で開かれた10月4日の選挙集会で、演説内容を映すプロンプターが故障して立ち往生した、民主党のカマラ・ハリス候補。目を泳がせながら「(投票まで)32日間」と4度も繰り返すその様子は、外交・安全保障、経済で自分の言葉を持たないとの評判を裏書きした。7月21日にジョー・バイデン大統領が自らの代わりに大統領候補に挙げて以来、メディアからの度重なる求めにもかかわらず、一度も公式記者会見を開いていない。いや開けずにいる。そんなハリス氏のメッキが剥げ、結果的にトランプ氏が浮上している。そうした要素もあろう。
半世紀前、ラストベルトの所得は「カリフォルニア並み」
それにしても、アリゾナからウィスコンシンに至る激戦州といわれる7州すべてで、トランプ候補がハリス候補を上回っている。米政治サイト、リアル・クリア・ポリティクスによれば、10月21日時点で7州での支持率はトランプ候補48.4%対ハリス候補47.4%。このうちミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアはラストベルト(錆びた工業地帯)とダブる。
グローバル化の下で競争力を失い、工場が閉鎖に追い込まれている。そうした地域の労働者たちの根強い支持が、しぶといトランプ候補の原動力である。オハイオ州出身のJ・D・ヴァンス上院議員が議員になる前の2016年に綴った生い立ちの記『ヒルビリー・エレジー』の世界は、日本など外からは最も見えにくいアメリカである。ここでは邦訳版に「アメリカの繁栄から取り残された白人たち」との副題のついた同書はなぞらず、経済統計を点検しよう。
全米の家計所得の平均を100とした場合の、各州の家計所得の中央値(順位が真ん中の家計の所得)はどのくらいか。内閣府が作成した下のグラフをみてほしい。
ミシガン90、オハイオ88、ペンシルベニア96、ウィスコンシン95。直近の2022年時点で、ラストベルトの各州は全米平均を下回る。半世紀前、祖父や祖母たちの時代はそうではなかった。1969年にはミシガン118、オハイオ109、ペンシルベニア101、ウィスコンシン106。いずれも全米平均を上回っていた。その所得水準はカリフォルニアの110に匹敵していたのだ。
ところが2022年となると、カリフォルニアが122に上昇したのに対して、自分たちは軒並み地盤沈下している。「世の中、そして連邦政府は間違っている」。そんな屈折した思いが、ラストベルトの住民つまり有権者の間に広がったとしても不思議ではない。しかも見逃せないのは、ラストベルトの人種構成だ。内閣府はこんなグラフを示している。
人種の多様化は日本のメディアのアメリカ報道の常套句だが、ラストベルトの姿は全く異なる。白人が7~8割を占め、しかも大卒未満の白人が半数近くないし過半数なのである。かつては工場労働者として民主党を支持していた人たちが、現状の不満を言葉にしてくれるトランプ候補に走ったからといって、誰が彼らを責められよう。
自民は「東京の若年層」で壊滅的
以上は米大統領選のおさらいだが、実は日本でも「忘れられた人々」こそが、来る総選挙の焦点だ。
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