
アルメニアの首都エレバンは「薔薇色の街」である。街の中心「共和国広場」を取り囲む政府系庁舎やホテルから、郊外の集合住宅まで、この地方に多い濃淡様々なピンクの凝灰岩が石材として使われているからである。コンクリート造りの無機質な風景が多い旧ソ連の大都市としては、異例の温かみが漂う。
エレバンには、アルメニア総人口の3分の1以上にあたる100万人あまりが暮らす。その中心部にいる限り、人々は自由と繁栄を十分謳歌しているように見える。緑豊かな街路には、パリやミラノに負けない小洒落たブティックやレストランが軒を並べる。先端のファッションに身を包んだ若者たちが闊歩する。ただ、一皮めくるとアルメニアは敗戦国であり、人口減にも苦しむ小国である。当企画のこれまで2回で見てきたように、トルコ、イラン、ロシアといった地域大国に囲まれ、欧米やインド、中国も関与し、その影響力や思惑に左右もされる。
相反する姿を抱えて、アルメニアはどこに向かうのか。首都に、識者を訪ねた。
敗戦は予測されていた

まず、アルメニア人一般の意識の動向を窺おうと、調査会社「MPG」代表のアラム・ナヴァサルディヤン(48)に話を聞いた。MPGは、調査団体のネットワーク「ギャラップ国際協会」に加盟し、「ギャラップ・アルメニア」として世論調査活動を国内で本格的に展開する。彼は、そのデータを元に政治や社会の動向を分析している。
アルメニアにとって近年最大の出来事が、1990年代以来実効支配を続けてきたナゴルノ・カラバフの喪失にあるのは、間違いない。2023年9月、アゼルバイジャン軍は事実上の軍事行動を起こし、アルメニアが支援してきた非承認国家ナゴルノ・カラバフ共和国(アルツァフ共和国)はわずか1日で降伏した。この敗戦は、アルメニアの国家と国民にとって甚大なる屈辱だろう。同時に、多数の避難民を迎えることによる経済的、精神的負担ものしかかる。人々はどう受け止めているのか。
「もちろんこれは悲劇です。ただ、その悲劇は、突然起きたわけではありません」
ナヴァサルディヤンは、出来事を冷徹に受け止めていた。
「ナゴルノ・カラバフの人々には『死す』か『去る』かの選択肢しか残っていませんでした。そうなると、去るしかない」

「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。