アルメニア「サバイバル戦略の行方」(3) 地域大国のゲームのはざまで

執筆者:国末憲人 2024年10月27日
エリア: ヨーロッパ
薔薇色の街、エレバンの共和国広場(筆者撮影、以下すべて)
一般的には「アゼルバイジャンは強権国家、アルメニアは民主国家」とイメージされるが、アルメニア国内ではパシニャン政権の強権化に対する不安感が強まっている。また南コーカサス地域をめぐっては、従来のロシアと欧米の影響力争いのみならずトルコが積極関与に舵を切り、こうした地政学的な構図もアルメニアにとっては逆風だ。周辺のいずれの国と比べても規模が小さく、軍事力も経済力も見劣りするアルメニアは、新たな立国の指針をどこに見つけるべきなのか。首都エレバンで識者に聞いた。

 

 アルメニアの首都エレバンは「薔薇色の街」である。街の中心「共和国広場」を取り囲む政府系庁舎やホテルから、郊外の集合住宅まで、この地方に多い濃淡様々なピンクの凝灰岩が石材として使われているからである。コンクリート造りの無機質な風景が多い旧ソ連の大都市としては、異例の温かみが漂う。

 エレバンには、アルメニア総人口の3分の1以上にあたる100万人あまりが暮らす。その中心部にいる限り、人々は自由と繁栄を十分謳歌しているように見える。緑豊かな街路には、パリやミラノに負けない小洒落たブティックやレストランが軒を並べる。先端のファッションに身を包んだ若者たちが闊歩する。ただ、一皮めくるとアルメニアは敗戦国であり、人口減にも苦しむ小国である。当企画のこれまで2回で見てきたように、トルコ、イラン、ロシアといった地域大国に囲まれ、欧米やインド、中国も関与し、その影響力や思惑に左右もされる。

 相反する姿を抱えて、アルメニアはどこに向かうのか。首都に、識者を訪ねた。

敗戦は予測されていた

調査会社「MPG」代表のアラム・ナヴァサルディヤン

 まず、アルメニア人一般の意識の動向を窺おうと、調査会社「MPG」代表のアラム・ナヴァサルディヤン(48)に話を聞いた。MPGは、調査団体のネットワーク「ギャラップ国際協会」に加盟し、「ギャラップ・アルメニア」として世論調査活動を国内で本格的に展開する。彼は、そのデータを元に政治や社会の動向を分析している。

 アルメニアにとって近年最大の出来事が、1990年代以来実効支配を続けてきたナゴルノ・カラバフの喪失にあるのは、間違いない。2023年9月、アゼルバイジャン軍は事実上の軍事行動を起こし、アルメニアが支援してきた非承認国家ナゴルノ・カラバフ共和国(アルツァフ共和国)はわずか1日で降伏した。この敗戦は、アルメニアの国家と国民にとって甚大なる屈辱だろう。同時に、多数の避難民を迎えることによる経済的、精神的負担ものしかかる。人々はどう受け止めているのか。

「もちろんこれは悲劇です。ただ、その悲劇は、突然起きたわけではありません」

 ナヴァサルディヤンは、出来事を冷徹に受け止めていた。

「ナゴルノ・カラバフの人々には『死す』か『去る』かの選択肢しか残っていませんでした。そうなると、去るしかない」

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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