トランプ再選で改めて注目される「BRICS拡大」と「脱ドル化」の行方(前編)

執筆者:篠田英朗 2024年11月19日
BRICS首脳会議の期間中、挨拶を交わすプーチン露大統領と国連のグテレス事務総長[2024年10月24日、ロシア、カザン](C)EPA=時事
10月下旬にロシア・カザンで開催されたBRICS首脳会議には36カ国が参加した。「ロシアの孤立」を主張する欧米諸国の見立ては、もう通じないと言っていい。国際社会の構造転換を狙うプーチン露大統領は、BRICSで推進する「脱ドル化」をその重要なステップに位置付けている。将来の加盟国候補である「パートナー国」を新たに認定するなど、BRICSの枠組みを着実に強化している根幹には、大陸系の地政学理論に基づく明確な戦略性が見てとれる。

 アメリカの次期大統領がドナルド・トランプ氏に決まり、近未来に起きるであろう政策変更に注目が集まる。外交面では、ロシア・ウクライナ戦争への対応が大きな注目点だ。
お互いをよく知るトランプ氏とウラジーミル・プーチン露大統領が、米露の関係改善をどこまで、どのように牽引していくかが注目される。ただしそれは、両国が国益増進を求めながら、現在の国際社会の構造転換をどう捉えていくか、という大きな問題にも結びついている。注意深い分析を、継続的に行っていかなければならない。

 本稿では、トランプ当選をふまえつつ、BRICSの動向に焦点をあてる。なぜならトランプ氏の当選によってあらためて問い直される国際社会の構造的な転換について、一つのカギを握っているのが、BRICSだからである。

BRICSを使った「脱ドル化」を狙うプーチン

 プーチン大統領は米大統領選直後の11月7日、ロシアの都市ソチで開催されたヴァルダイ会議において、トランプ氏の暗殺未遂事件について触れながら、「命が危険にさらされた時の彼のふるまいに感銘を受けた」、「男として勇敢な態度だった」と語った。「アメリカの大統領は尊敬されなければならない」と主張するトランプ氏に、素直に敬意を表した形である。そして、トランプ氏との対話の可能性を排除しない姿勢を示した。ただし、すぐにロシアの政策を劇的に変更するわけではない、という慎重な態度だ。これは何を意味するのか。

 プーチン大統領は、その約2カ月前の9月5日にウラジオストクで開催された東方経済フォーラムでは、アメリカの大統領選挙への見方について問われ、「ハリス氏を支持する」と語っていた。「彼女はとても表情豊かに、伝染するように笑う。それは彼女にとって全てがうまくいっていることを意味している」と指摘した上で、その笑みはハリス氏がさらなる対露制裁を控えることも意味しているのかもしれないと述べた。あわせて、トランプ氏は在任時にそれまでのどの米大統領よりも多くの対露制裁を発動した人物だ、とも指摘した。

 一方のトランプ氏は、ウラジオストクでのプーチン大統領の発言について「困惑した」と述べた。そしてその直後、選挙戦における発言の中で、対露制裁解除の可能性について触れた。ドルの基軸通貨としての地位が脅かされているので、ドルを防衛するために、制裁の濫用を控えたい、というのがその理由であった。トランプ氏は以下のように語った。

「(かつて)私は制裁を多用したが、素早く導入し、素早く解除した。なぜなら、そうしないと、ドルを殺し、ドルが代表する全てを殺してしまうからだ。ドルを世界通貨のままにしておくべきだ。もしわれわれが世界通貨としてのドルを失ってしまったら(lost)、それは戦争に負ける(lose)のと同じだ。そんなことになったら、われわれは第三世界の国になってしまう。そんなことを起こらせてはいけない。

……あなたたちはイランを失っている。ロシアを失っている。そこで中国は、自分たちの通貨を支配的にしようとしている。

……もしわれわれが通貨を失ってしまったら、それはわれわれが二度と取り返せないものを失ったということだ。もしわれわれが賢明なら、われわれは通貨を維持する。

……ロシアのような国々は、彼らのやり方でやり始めて、もうわれわれを必要としないことを自慢し始めている。ロシアについて悲しいのは、私が大統領だったら、ウクライナの戦争は起こらなかった、ということだ。つまり制裁についても語らなくてよかったはずなのだ」(https://agora-web.jp/archives/240907061723.html

 プーチン大統領は、制裁を科せられたがゆえに、かえって敵対的な「脱ドル化」の政策を国際的に推進するようになった。その「脱ドル化」実現のための最重要の国際的枠組みが、BRICSである。トランプ氏は、プーチン大統領の挑戦的な政策の含意を深刻に受け止め、対処したい旨を表明したわけである。

 プーチン大統領は、基本的には、トランプ政権の誕生を歓迎するだろう。だが、迷いもあるはずだ。アメリカとの敵対関係を前提に「脱ドル化」の政策を推進し、その流れにそって、10月にロシアで開催したBRICS首脳会議も成功させた。トランプ氏が当選したからといって、「脱ドル化」の旗振りを突然やめるわけにもいかない。トランプ大統領から融和的な対ロシア政策を引き出しつつ、引き続き「脱ドル化」政策を模索していくために最適な方法を、見出していきたいはずだ。そのような気持ちが、トランプ氏当選を祝福しつつ、なお政策論に関しては慎重さを崩していない態度につながっているだろう。

「ロシアの孤立」が説得力を失ったBRICS首脳会議

 こうした状況をふまえると、アメリカにおけるトランプ新政権成立の行方を分析していく作業とあわせて、BRICSの動向分析も必要になることがわかる。両者は、非常に大きな国際社会の構造レベルで、密接に結びついている。

 10月22~24日のロシアのタタルスタン共和国カザンにおけるBRICS首脳会議が強い注目を集めたのは、大きくは三つの理由があったと言える。一つはプーチン大統領の国際的な位置づけ、二つ目はBRICSの拡大の行方、三つ目が脱ドル政策の方向性だ。

 一つ目について言えば、まずはロシアが開催国であったことが注目の理由であった。プーチン大統領は国際刑事裁判所(ICC)に逮捕状を発行されたため、ICC締約国への渡航が思うようにはできない。モンゴルにおける式典に出席したことは話題となったが、今月18・19日にブラジルで開催されたG20サミットは欠席した。昨年に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議も欠席した。自国開催の場合、逮捕の恐れはないが、ロシアを嫌う国際世論が強ければ参加国数は伸び悩むだろう。たとえば欧州諸国の指導者であれば、プーチン大統領に会うだけでスキャンダルだ。実際にハンガリーのオルバン・ビクトル首相は、プーチン大統領に会った、という理由で糾弾された。

 結果は、ロシアにとって華々しいものであった。36カ国がカザンに代表を送り、そのうち22カ国が首脳級であった。加えて、アントニオ・グテレス国連事務総長や、ジルマ・ヴァナ・ルセフ新開発銀行(NDB)総裁らも参加した。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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