
アメリカの次期大統領がドナルド・トランプ氏に決まり、近未来に起きるであろう政策変更に注目が集まる。外交面では、ロシア・ウクライナ戦争への対応が大きな注目点だ。
お互いをよく知るトランプ氏とウラジーミル・プーチン露大統領が、米露の関係改善をどこまで、どのように牽引していくかが注目される。ただしそれは、両国が国益増進を求めながら、現在の国際社会の構造転換をどう捉えていくか、という大きな問題にも結びついている。注意深い分析を、継続的に行っていかなければならない。
本稿では、トランプ当選をふまえつつ、BRICSの動向に焦点をあてる。なぜならトランプ氏の当選によってあらためて問い直される国際社会の構造的な転換について、一つのカギを握っているのが、BRICSだからである。
BRICSを使った「脱ドル化」を狙うプーチン
プーチン大統領は米大統領選直後の11月7日、ロシアの都市ソチで開催されたヴァルダイ会議において、トランプ氏の暗殺未遂事件について触れながら、「命が危険にさらされた時の彼のふるまいに感銘を受けた」、「男として勇敢な態度だった」と語った。「アメリカの大統領は尊敬されなければならない」と主張するトランプ氏に、素直に敬意を表した形である。そして、トランプ氏との対話の可能性を排除しない姿勢を示した。ただし、すぐにロシアの政策を劇的に変更するわけではない、という慎重な態度だ。これは何を意味するのか。
プーチン大統領は、その約2カ月前の9月5日にウラジオストクで開催された東方経済フォーラムでは、アメリカの大統領選挙への見方について問われ、「ハリス氏を支持する」と語っていた。「彼女はとても表情豊かに、伝染するように笑う。それは彼女にとって全てがうまくいっていることを意味している」と指摘した上で、その笑みはハリス氏がさらなる対露制裁を控えることも意味しているのかもしれないと述べた。あわせて、トランプ氏は在任時にそれまでのどの米大統領よりも多くの対露制裁を発動した人物だ、とも指摘した。
一方のトランプ氏は、ウラジオストクでのプーチン大統領の発言について「困惑した」と述べた。そしてその直後、選挙戦における発言の中で、対露制裁解除の可能性について触れた。ドルの基軸通貨としての地位が脅かされているので、ドルを防衛するために、制裁の濫用を控えたい、というのがその理由であった。トランプ氏は以下のように語った。
「(かつて)私は制裁を多用したが、素早く導入し、素早く解除した。なぜなら、そうしないと、ドルを殺し、ドルが代表する全てを殺してしまうからだ。ドルを世界通貨のままにしておくべきだ。もしわれわれが世界通貨としてのドルを失ってしまったら(lost)、それは戦争に負ける(lose)のと同じだ。そんなことになったら、われわれは第三世界の国になってしまう。そんなことを起こらせてはいけない。
……あなたたちはイランを失っている。ロシアを失っている。そこで中国は、自分たちの通貨を支配的にしようとしている。
……もしわれわれが通貨を失ってしまったら、それはわれわれが二度と取り返せないものを失ったということだ。もしわれわれが賢明なら、われわれは通貨を維持する。
……ロシアのような国々は、彼らのやり方でやり始めて、もうわれわれを必要としないことを自慢し始めている。ロシアについて悲しいのは、私が大統領だったら、ウクライナの戦争は起こらなかった、ということだ。つまり制裁についても語らなくてよかったはずなのだ」(https://agora-web.jp/archives/240907061723.html)
プーチン大統領は、制裁を科せられたがゆえに、かえって敵対的な「脱ドル化」の政策を国際的に推進するようになった。その「脱ドル化」実現のための最重要の国際的枠組みが、BRICSである。トランプ氏は、プーチン大統領の挑戦的な政策の含意を深刻に受け止め、対処したい旨を表明したわけである。
プーチン大統領は、基本的には、トランプ政権の誕生を歓迎するだろう。だが、迷いもあるはずだ。アメリカとの敵対関係を前提に「脱ドル化」の政策を推進し、その流れにそって、10月にロシアで開催したBRICS首脳会議も成功させた。トランプ氏が当選したからといって、「脱ドル化」の旗振りを突然やめるわけにもいかない。トランプ大統領から融和的な対ロシア政策を引き出しつつ、引き続き「脱ドル化」政策を模索していくために最適な方法を、見出していきたいはずだ。そのような気持ちが、トランプ氏当選を祝福しつつ、なお政策論に関しては慎重さを崩していない態度につながっているだろう。
「ロシアの孤立」が説得力を失ったBRICS首脳会議
こうした状況をふまえると、アメリカにおけるトランプ新政権成立の行方を分析していく作業とあわせて、BRICSの動向分析も必要になることがわかる。両者は、非常に大きな国際社会の構造レベルで、密接に結びついている。
10月22~24日のロシアのタタルスタン共和国カザンにおけるBRICS首脳会議が強い注目を集めたのは、大きくは三つの理由があったと言える。一つはプーチン大統領の国際的な位置づけ、二つ目はBRICSの拡大の行方、三つ目が脱ドル政策の方向性だ。
一つ目について言えば、まずはロシアが開催国であったことが注目の理由であった。プーチン大統領は国際刑事裁判所(ICC)に逮捕状を発行されたため、ICC締約国への渡航が思うようにはできない。モンゴルにおける式典に出席したことは話題となったが、今月18・19日にブラジルで開催されたG20サミットは欠席した。昨年に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議も欠席した。自国開催の場合、逮捕の恐れはないが、ロシアを嫌う国際世論が強ければ参加国数は伸び悩むだろう。たとえば欧州諸国の指導者であれば、プーチン大統領に会うだけでスキャンダルだ。実際にハンガリーのオルバン・ビクトル首相は、プーチン大統領に会った、という理由で糾弾された。
結果は、ロシアにとって華々しいものであった。36カ国がカザンに代表を送り、そのうち22カ国が首脳級であった。加えて、アントニオ・グテレス国連事務総長や、ジルマ・ヴァナ・ルセフ新開発銀行(NDB)総裁らも参加した。

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