中東―危機の震源を読む (20)

西欧文明に食い込んだオリエントの臭いを感じる時

執筆者:池内恵 2006年8月号
タグ: イタリア 日本
エリア: 中東

 きわめて短期間のエジプト出張から帰国したところである。所属する研究所の用務で、大学や研究機関との交渉ごとに忙殺されていた。ほんのわずかな時間、北部のアレクサンドリアに滞在したのだが、地中海を眺めて思うことがあった。 ロレンス・ダレルの大作『アレクサンドリア四重奏』は、西欧人がこの街に対して抱く幻想の集大成といっていい。この小説を読んで、一度はアレクサンドリアを訪れてみたいと思う人も多い。 ただし、現在のアレクサンドリアはあくまでもエジプトの一都市であり、ギリシャ文明を引き継いだ古代の先進的都市、あるいは十九世紀後半から第二次大戦ころに栄えたコスモポリタンな文化は、片鱗をわずかにとどめるのみである。中心部、サアド・ザグルール広場を見下ろすメトロポールホテルは、一九〇二年にイタリア人とギリシャ人の建築家の設計によって建てられ、地中海流のコロニアル・スタイルを色濃く残す。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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