「恐怖統治」下の北朝鮮(下)「南北対話」呼び掛ける政府声明

執筆者:平井久志 2015年6月26日
エリア: アジア

玄永哲氏の粛清・処刑は事実

 こうした北朝鮮内部の雰囲気を作り出している背景には金正恩第1書記による側近の粛清や更迭がある。金正恩第1書記に「提言」をすることが「命令不服従」や「抗命」ととられる危険性があるからだ。
 韓国の情報機関、国家情報院が5月13日に明らかにした玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長の粛清は事実であり、処刑されたとの情報も事実のようである。処刑の細部の情報には誇張があるようだが、処刑そのものは事実とみられる。
 6月15日付の韓国紙「朝鮮日報」は北京発で、北朝鮮が玄永哲人民武力部長を処刑したことを海外公館に通告したことが明らかになったと報じた。同紙によると、北朝鮮当局はその罪名について「命令不服従」「党の領導拒否(金正恩氏の命令不履行)」などを挙げているという。
 北朝鮮に近い消息筋も玄永哲人民武力部長の粛清、処刑を認めた。消息筋は、玄永哲人民武力部長は地方の軍団などで勤務してきた野戦軍出身の軍人で、北朝鮮軍部で力を持つ総政治局出身のような政治軍人と異なり、言葉の使い方で未熟な部分があり、それが粛清、処刑につながってしまったのではないかという見方を示した。おそらく本人はなぜ自分がこのような目に遭うのか理解できなかったのではないかと指摘した。
 理解に苦しむのは、北朝鮮のテレビが依然として玄永哲人民武力部長の姿を放映していることだ。6月6日に放映された牡丹峰楽団の歌「栄光を与えよう、わが党に」の画面には2012年10月29日に放映された金日成軍事総合大学創立60周年での金日成主席と金正日総書記の銅像建立の除幕式の様子が流れたが、ここには金正恩第1書記とともに出席した玄永哲人民武力部長の姿があった。6月15日に放映された男性合唱団の歌「革命武力は元帥様の領導だけを奉じる」の画面にも玄永哲人民武力部長が登場した。また、6月16日には、「死んでも革命信念を捨てるな」などの歌の画面に玄永哲人民武力部長や更迭された辺仁善(ピョン・インソン)前作戦局長の姿が登場した。
 しかし、玄永哲人民武力部長の粛清後に製作された記録映画などでは玄永哲人民武力部長の姿はない。
 北朝鮮が過去に製作した記録映画などの映像から玄永哲人民武力部長の姿を消さない理由は明らかではないが、国際世論を意識して、粛清の事実を曖昧にするための措置かもしれない。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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