若い世代はご存じないかもしれないが、その昔、日本興業銀行という銀行があった。ある時期までは、本当に立派な会社であった。私の母は若い頃、その行員であったことを生涯の誇りにしていた。
まだ終戦から間もない頃のことである。「新円切り替え」という暴挙が行われた。わが国の歴史において、ただ一度だけ行われた「預金封鎖」である。銀行に詰めかける殺気立った預金者たち(その多くは企業経営者であった)に対し、窓口に立った彼女は一人で「決まりですから払えません」という説明を何度も繰り返したという。
高校を出たての女子行員にとって、それは大変に強烈な経験であったようで、そのことをよく私に語ってくれたものだ。
「だからね、政府ってのは信用しちゃいけないのよ。困ったら何をするかわからないんだから」

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