風が時間を (9)

まことの弱法師(9)

執筆者:徳岡孝夫 2016年12月30日
タグ: アメリカ 日本

 外国から来た留学生を、家庭に招いて泊める。いわゆるホーム・ステイだが、56年前の私はハワイ島ヒロのヤナガワ家に招かれ、3泊した。日系人だが、家の中ではオール・イングリッシュだった。
 ちょうど洗濯物が溜っていたが、向こうで洗濯機を借りて洗おうと思い、その下着類を手提げに突っ込んで出かけた。
 ところが翌朝、洗濯物はすべて仕上がり、きちんと畳んでベッド脇の椅子の上に載せてあった。
 手提げに入っていようがいまいが、この屋根の下にある物は主婦である私が責任持って清潔に致します。綺麗になった自分のシャツやパンツを眺めながら、私はそこに一本、日本流の芯が通っていると感じた。
 ハワイ大学に戻るとフルブライターの中から「何とかしなければ」と声が出ていた。岸内閣を倒し、米大統領に訪日を断念させた大デモ、アンポである。
 ステイ先で食卓の話題の一つはゼンガクレンだった。
「日本は軍隊を捨てると約束したでしょ。だが世の中には、悪いヤツもいますよ。そんなのが攻めてきたらアメリカが守ってあげると約束することの、どこが悪いんでしょう」
 不思議そうな顔でそう問われると、われわれの英語力と討論力では正直ちょっと反論しかねる。下手すると「日本の反米デモは悪うございました」と謝る結果になる可能性がある。われわれは知恵を絞って、日本の平和主義と日米友好の双方を立てる文章を書き上げ、スタッフの女性に清書を頼んだ。
 ところが待てど暮らせど清書は戻って来ない。とうとう我が方に「彼ら、好きなように改稿してるんじゃないか」と疑惑を抱くに至った。1人がオフィスまで様子を見に行った。
 そして両手を挙げて帰ってきた。万歳ではなく、降参のポーズである。
「論旨を曲げてはいない。彼らは文法上の誤りを直してたんだよ」
 われわれの英語力と説得力は、その程度のものであった。(『新潮45』2016年12月号より転載)

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
徳岡孝夫(とくおかたかお) 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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