灼熱 評伝「藤原あき」の生涯

灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(20)

執筆者:佐野美和 2018年12月2日
エリア: 日本
若き日の藤原義江。撮影年は不詳だが、撮影者は、第2次世界大戦時、米日系人収容所で隠し持っていたレンズでカメラを作り、密かに収容所で暮らす日系人を撮影していたことで知られる写真家の宮武東洋(下関市の「藤原義江記念館」提供)

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 明治38(1905)年に、あと取りとして義江を自分の養子にまでした水野松次郎だったが、妻が「義江とは暮らせない。私が出て行く」と怒り心頭に言えば、義江を出すという選択肢しか考えられなかった。

 水野は自分を責めながら考えた。

「これが血のつながった親子だったら、どうなのか。義江が手を付けられない子供だとしても、出ていけという決断にはならないのではないか」

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執筆者プロフィール
佐野美和 政治キャスター。東京都八王子市出身。株式会社チェリーブロッサムインターナショナル代表取締役。大学在学中、フジテレビの深夜番組として知られる『オールナイトフジ』のレギュラーメンバー「オールナイターズ」の一員として活躍した。1992年度ミス日本に選ばれる。TBSラジオのパーソナリティ、TBSラジオショッピングの放送作家を経て、1995年から2001年まで八王子市議会議員として活動。以後はタレントとしてテレビ出演のほか、講演会も精力的に行う。政治キャスターとしてこれまで600人以上の国会議員にインタビューしている。主な書籍に『アタシ出るんです!』(KSS出版)、『あきれたふざけた地方議員にダマされない!』(牧野出版)などがある。
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