実は「ラグビー大国」ジョージアは「W杯」のダークホースとなるか

執筆者:前田弘毅
2019年8月29日
エリア: ヨーロッパ
ジョージア代表は「レロ」に因んで「レロス」と呼ばれる(ジョージアラグビー協会HPより)

 

 ジョージアでは9月20日から日本で開催される「ラグビーワールドカップ」の話題で持ち切りである。筆者の周囲にもチケットを入手して日本行きを楽しみにしている知人が少なくないが、そのほとんどは初めての来日となる。直行便もなく、まだまだ「遠い」日本とジョージアだが、ラグビーを契機に相当数のジョージア人が日本の土を踏むことになるだろう。

 実はラグビーは、今やジョージアでは「国技」とさえみなされている。無論彼らにとっても外来のスポーツであり、ポピュラーになったのはこの20年ほどである。

 では、なぜここまで急速に人気スポーツになったのだろうか?

独立国家建設の1つの象徴

 理由について知るには、ジョージアという国とその歴史を理解する必要がある。

在ジョージア日本大使館にて、上原忠春大使(向かって右から3番目)を囲んで。1番左は作家のダト・トゥラシュヴィリ氏、左から3番目はコグアシュヴィリ監督、一番右は筆者(筆者提供、以下同)

 今回は、筆者の親しい友人であり、ラグビーにも造詣の深い映画監督のレヴァン・コグアシュヴィリ氏の言葉も紹介するため、彼との共筆のかたちをとりたい。

 コグアシュヴィリ監督はモスクワとニューヨークで映画作りを学んだ現代ジョージアを代表する知識人である。今年11月に「映画で旅する自然派ワイン」イベント上映にて公開される注目の映画『ジョージア、ワインが生まれたところ』(エミリー・レイルズバック監督、アップリンク配給)でも語り手の1人として登場する。

 彼は筆者とジョージア文化についてともに語り合う中で、現代ジョージアを理解するためのラグビーの重要性を力説したことがある。市川崑監督による『東京オリンピック』(1965年公開)を敬愛するコグアシュヴィリ監督は、実は今回のワールドカップにおけるジョージアチームのドキュメンタリー制作に意欲を燃やしていた。

 コグアシュヴィリ監督によれば、歴史は古いとはいえ現代における若い独立国家であるジョージアでは、ラグビーが民族・国民としてのアイデンティティに必要不可欠とされている。すなわちラグビーはジョージアでは文化現象・社会現象そのものなのだという。

 コグアシュヴィリ監督の言葉を借りれば、それは大国に立ち向かう不屈の魂を持った男たちの物語であり、ラグビーは現在のジョージアでは独立国家建設の1つの象徴としてさえ語られる。

 その理由を説明しよう。

古代から伝わる競技「レロ」

 そもそも、なぜジョージアでラグビーが「国民的スポーツ」として愛されているのか?

 栃ノ心関を代表に、ジョージア人が相撲、柔道、サンボ、レスリングといった日本人にも馴染みある格闘系スポーツで華々しい活躍を見せてきたように、もともとマーシャルアーツを特に好む国民性がある。

 それに加え、歴史を重んじる彼らにとって大きいのは、ジョージアに古代から伝わる「レロ(lelo)」というラグビーに似た競技が存在することだ。

 レロは、土を詰めた革製のボールを自らのテリトリーにもたらす競技である。村の中で2つ のチームに分かれて競い合う。戦乱の絶えなかったジョージアでは、体を鍛えることは戦士としての能力を高めて国と郷里を守るために必要不可欠であった。

 すなわち、ジョージア人にとってラグビーとは、まさに擬似的ではあるが戦闘訓練のための競技であり、ラグビー選手は国の威信を高める戦士たちになぞらえられる。そのため、ラグビー選手のことをレロエビ(レロ選手)とジョージア人は呼んでいる。

 コグアシュヴィリ監督によれば、ラグビーのある種のつつましさもまた国民的スポーツとして大事な要素だという。ラグビーは肉体と肉体がぶつかる荒々しいスポーツであり、点取り競技を超えた魂のぶつかりあいそのものである。

 また、スター選手の移籍に百億円単位の金銭が動くサッカーに比べると、商業的な要素は薄い。この点も、独立以降、貧富の格差に悩み続け、かつての親族共同体に基づく伝統的な社会が解体されつつあるジョージアでは、人びとの共感を呼びやすいといえるだろう。

 ラグビー選手は大衆に近い存在であり、その熱い戦いに人びとが熱狂するという意味においても、国民的ととらえることが可能なのである。

ラグビーだけが勝ち続けた

 ラグビーには、前述の相撲や柔道などとの大きな違いがある。それは、まさに団体で行う競技であることだ。

 ジョージアは一般に個性を非常に重んじる社会である。政治の場では常に「統一」が強く叫ばれるが、それは裏を返せばすぐに個人主義に走りがちな面を多々持っているからだ。束縛を嫌い、自由を尊ぶその姿は魅力に溢れるが、ソ連時代の負の遺産と相まって、国づくりではマイナスに作用する場面も見られる。

 そうしたジョージア人の負の側面が強く意識されていたのが、ソ連解体後の混乱の渦中にあった約20年前。

 当時、筆者はまさに独立ジョージア最初の日本人留学生として現地で生活をしていたが、電気・ガス・水道にも事欠く近代ジョージア史上もっとも困難な時期であった。社会には汚職と犯罪が蔓延し、楽観的なジョージア人もその日暮らしに必死であった。

 筆者もある日、乗車中のミニバスの中で、男が突然、乗客の女性のネックレスを引きちぎってそのまま逃走したことなどを昨日のことのように思い出す。治安もすっかり回復し、街中で観光客溢れる現在では隔世の感だが、そうした出来事はまさしく日常茶飯事だった。政治、経済、モラルは麻痺し、人びとは劣等感にさいなまれていた。

 そうした最中に突然、ジョージアのラグビーチームが世界の強豪を相手に勝利を収めだしたのである。経済も、文化も、戦争も失敗続きの中、ラグビーだけが勝ち続けた。

世界ランキングは19位から12位へ

 なお、ラグビーワールドカップは1987年から4年ごとに開催され、ジョージアは2003年の第5回大会から今大会まで5大会連続出場を果たしている(いずれも予選敗退)。2003年はいわゆる「バラ革命」が起こった年で、政治革命が起こるほど市民が絶望の淵に立たされていた時である。当時、19位だったジョージアの世界ランキングは現在、12位にまで上がっている。

 ちなみに日本の世界ランキングは2003年当時20位であり、現在は9位である。ワールドカップには第1回大会から出場しているが、いずれも予選敗退。それでもジョージアとともに10位近くランキングを上げてきた点は興味深い。

 ラグビーは団体競技である。勝つためには力を合わせて戦わなければならない。ジョージア人はレスリング、柔道然り、個人競技において優れた成績を収めてきたが、団体競技は弱いという印象があった。その見方をラグビーが翻したともいえる。

 強烈なスクラムが有名なジョージアは、個の力を最大限に発揮しながらも、統一的な動きで敵を追い詰めていく。ある意味、究極の個人主義チームともいえよう。

 コグアシュヴィリ監督と同様、熱烈なラグビーファンとして知られる作家・タレントのダト・トゥラシュヴィリ(彼も来日予定)は、ソ連からの独立運動の学生指導者としても名を馳せた人物だが、こうした筆者と同世代の知識人の強烈なラグビー熱を見ていくと、ジョージア人が困難に満ちた独立国家づくりの戦いの中で、団結の大切さをまさにラグビーを通して学んだのだということが分かる。彼らによれば、国民はラグビーの代表チームを応援することで1つになったとさえいえるという。

中心選手ソソと日本の意外な縁

 ジョージア代表は、世界的な強豪と戦っていく中で戦術などの知的技術にも磨きをかけてきた。そもそもラグビーは知的スポーツとされているが、実際にジョージア代表選手には大学出身者が少なくない。 

ソソ・マティアシュヴィリ選手と妻ニニさん

 ちなみに中心選手のソソ(イオセブ)・マティアシュヴィリ(26)は、意外なところで日本と縁が深い。

 父のメラブは医者であるが、世界的に有名なジョージア・ナチュラルワインの巨匠・故ソリコ・ツァイシュヴィリを補佐して、「アワ・ワイン(Our Wine/ソリコと友人たちが共同で立ち上げたワイナリー)」を斯界における一大ブランドに押し上げた人物でもある。日本でもワイン通の間ではよく知られている。

 また、母のイリネ・コショリゼはジョージアを代表する東洋美術学者であり、昨年はジョージア国立博物館における日本伝統展の監修も務めた。筆者の20年来の研究者仲間でもあるため、彼女の息子が代表チームの中心選手に成長したことは筆者にとってもたいへん感慨深い。

マティアシュヴィリ家。一番後ろに立っているのがソソさん。手前中央が母イリネさんと父メラブさん。

 ワールドカップが日本で行われることはたいへん重要である。ジョージア人は伝統文化と最先端の科学技術の調和をはかる日本を非常に尊敬しており、全てのジョージア人が日本贔屓といってよい。

 すべてのジョージア人が多かれ少なかれ憧れを持つ別世界の日本で、ジョージアのラグビー選手がたとえばお茶を嗜んだり、箸を使って食事をしたり、着物に身を包んだり、栃ノ心関とともに寺閣で過ごしたりする場面が見られるかもしれない。来日する多くのジョージア人も日本での文化体験を心待ちにしている。実は日本も、ホストとしての力量を試されているのかもしれない。

献身と自己犠牲の精神

 ジョージア代表は前回の2015年イングランド大会で2つの勝利を得た。最近は世界ランキング1位のウェールズにも善戦し、かつては考えられなかったことだが、サモア(16位)やフィジー(10位)、トンガ(15位)といった南太平洋の格上国にも勝利している。

 ラグビーはジョージアという国とその国民の全てを映し出す最良の鏡といえる。日本での戦いに向けて準備する彼らの姿に、ジョージアの国民は12世紀の「ディドゴリの戦い」でセルジューク朝トルコという圧倒的な外敵に対して大きな勝利を収めた先人たちの姿を重ね合わせている。

 世界をリードする強国に対してあらゆる意味で見劣りするコンディションにも拘わらず挑み続けるジョージア代表の戦いは、誇りに満ちつつも常に困難なものであり、ときには惨めな敗北を喫しながらも前を向く、ドラマチックなものである。

 コグアシュヴィリ監督は、ジョージア代表は知恵とプレーの質で勝負するしかないと強調する。すなわち彼らは常に挑戦者なのである。

 他のジョージアのスポーツ団体が、予算がなくて世界と戦えないと不平ばかりであるのとは対照的に、ラグビーは同じ条件でも世界で尊厳をかけて戦い続けてきた。その献身と自己犠牲の精神が、どん底のジョージアの人びとを勇気づけ、鼓舞し、それゆえにラグビーは国民的なスポーツとなったのである。

 コグアシュヴィリ監督とラグビーについて語り合う中で、筆者が強く認識したのは、ラグビーは現在のジョージア人にとって、単なるスポーツには留まらないということだ。

 戦いの中で吠え、踊り、傷を負いながらも決して後退することはなく、知恵と駆け引きの術を尽くしながら怒濤の勢いでプレーするジョージア代表。それはまさにジョージア人の魂の叫びそのものである。

 ラグビーワールドカップ日本大会は、ジョージア代表が数々の苦難をはねのけてラグビー強国としての地位を築いてきたことの証明となるだろう。決して楽な道のりではないが、その一戦一戦にジョージア国民は一喜一憂するに違いない。日本におけるワールドカップは、まさにジョージアそのものの未来を懸けた戦いとさえいえるのだ。

 

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執筆者プロフィール
前田弘毅 首都大学東京人文社会学部教授。1971年、東京生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒業、同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。大学院在籍中にグルジア科学アカデミー東洋学研究所に留学。北海道大学講師・客員准教授、大阪大学特任助教・招へい准教授、首都大学東京都市教養学部准教授などを経て、2018年より現職。著書に『多様性と可能性のコーカサス』(編著、北海道大学出版会)、『ユーラシア世界1』(共著、東京大学出版会)、『黒海の歴史』(監訳)『コーカサスを知るための60章』(編著)『イスラーム世界の奴隷軍人とその実像』(ともに明石書店)、『グルジア現代史』(東洋書店)など。ブログはこちら【https://www.hmaeda-tmu.com/】。
執筆者プロフィール
レヴァン・コグアシュヴィリ 1973年、ジョージアのトビリシ生まれ。世界最古の映画学校である全ロシア映画大学とニューヨーク大学ティッシュ芸術大学院で映画製作を学び、2006年からショートフィルムの制作を始める。初の長編作「Street Days」(2010年)は第83回アカデミー賞の外国語映画賞に出品。長編2作目の「Blind Dates」(2013年)はアブダビ映画祭のニューホライズン部門で審査員特別賞を受賞している。
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