国際人のための日本古代史 (126)

古代から水害と闘い続けてきた「科学と共存」という2つの知恵

執筆者:関裕二 2020年8月11日
エリア: アジア
仁徳天皇が掘り豊臣秀吉が大阪城の堀に利用した「難波の堀江」(筆者撮影)
 

 人類は大昔から、水害と闘ってきた。砂漠化が進む中国も、例外ではない。最初の王朝「夏」は、黄河の治水に成功して繁栄を獲得した。夏王朝の始祖・禹(う。前2297〜前2198)は黄河流域の用水路を巧みに利用して、川の氾濫から民を守り、豊かな国を築いたという。

 黄河は上流域から黄土を運び込み(毎年16億トン)、川底をかさ上げした。だから、一度氾濫すれば、流路は元に戻らない。黄河は暴れ川だったのだ。

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執筆者プロフィール
関裕二(せきゆうじ) 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。著書に『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』、『「死の国」熊野と巡礼の道 古代史謎解き紀行』『「始まりの国」淡路と「陰の王国」大阪 古代史謎解き紀行』『「大乱の都」京都争奪 古代史謎解き紀行』『神武天皇 vs. 卑弥呼 ヤマト建国を推理する』など多数。最新刊は『古代史の正体 縄文から平安まで』。
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