議会「調査報告書」が糾弾したフランス「コロナ対策」罪と罰

執筆者:広岡裕児 2021年1月8日
エリア: ヨーロッパ
調査委員会の公開会議の模様(公式動画より)
 

 フランスの国会に「調査委員会」という制度がある。政府の監督と国政の評価をし、政策提言をする。議員の発議で設置され、6カ月後に報告書を出す。

 委員は、議会の党派勢力に比例して配分される。調査は国会議員自身が行い、報告書をまとめる。もちろん公開で、採択の議事録、各党派の意見も載る。国政調査権を行使して黒塗りのない省庁の文献調査をするほか、大統領以外に対する聴聞も行われる。聴聞への召喚には必ず応じなければならず、証言にあたっては宣誓をする。日本の国会での証人喚問とはちがって、傍聴はないが、場合によってはテレビ中継もされる。いずれにしろ、発言内容は報告書に記載され公開される。

 新型コロナウイルス対策についても、6月に国民議会(下院)、元老院(上院)の両院でほぼ同時に委員会が設置され、2020年12月あいついで報告書が出された。

 両院とも、新旧の首相を含む閣僚、官僚、専門家、民間団体代表など関係者が証人になった。元老院報告は133名(集団聴聞も含む)1000ページの証言集となっている。国民議会は1冊にまとめず、76回にわたる聴聞(集団聴聞も含む)が別々にまとめられている。議会のサイトで動画でも見られる。

 調査委員会の正式名称は、国民議会は「疫病コロナウイルス・Covid19のあらゆる次元におけるインパクト、管理と結果」、元老院は「Covid19の保健衛生危機に照らした大パンデミックに対する公共政策とその管理の評価」である。

 国民議会では、第1回ロックダウンの始まった2020年3月17日に国民議会議長を委員長とし、すべての常任委員会委員長と各党派代表からなる特別調査委員会がつくられ、当初からの政府の施策とリアルタイムでの進行を観察し、6月に中間報告を出した。その後あらためて、通常の調査委員会の枠組みで設立されている。

 元老院の委員会設立趣旨は、「医薬品や医療用品の欠乏」や「対策の準備不足」について、「冷静な方法で事実を確立し、責任の連鎖をたどり、機能不全の原因を識別し、将来の改善を提案する」のであるという。第1回ロックダウンが春に終了後、秋までの政府の対応の検証と、そこであぶりだされた欠点を是正するための政策提言である。

 両院の間で協議したわけではないが、評価は一致していた。

保健総局長の責任

 まず問題にされたのは、初動である。

 国民議会は、

「1月と2月のウイルスに対する戦争で、我々は迅速・適切に対応したか」

 と問う。評価は否定的だ。

 元老院は、

「国際的衛生危機に対して早くから警告されていたのに、準備不足」

 加えて、反応も遅かったとする。

 じつは、フランスにとって新型コロナは不意に襲ってきた災害ではなかった。2000年代には、すでに「インフルエンザ・パンデミック」を念頭においた感染症対策計画が策定されていたのである。

 ところがここ十年来、次第に置き去りにされていった。定期的に行われていたパンデミック演習も、2013年を最後に行われなくなった。

 その象徴的な事件が、マスク不足であった。マスクは戦略的在庫が構築されており、2009年には医療関係者向けの「FFP2マスク」と一般向け「サージカルマスク」あわせて約16億枚あった。ところが、期限切れの更新を行わず、2019年にはわずか1億5000万枚になってしまっていた。とくに、FFP2はゼロだった(2020年5月29日『55日ぶり「外出制限解除」で浮上したマクロン政権の「不協和音」』)。

 このマスク問題について、元老院報告では、連帯保健省ジェローム・サロモン保健総局長の責任を指摘している。

 2018年に彼の判断で在庫の入れ替えをやめた。そのために専門家の報告の結論を変えさせることまでしたという。しかも、当時のアニエス・ビュザン連帯保健大臣には何も報告せず、彼女がこれを知ったのは2020年1月末になってからだった。

 なお、このサロモン氏は現職で、いまも毎日の状況報告を行っている。

 マスクの備蓄をなくしたのは、財政上の理由もあるが、小さな政府、あるいはグローバリゼーションという流れで、必要に応じて外国から買う方が効率的だという考え方の影響が大きい。FFP2は各病院が備蓄すればいいのであって、国として持つ必要はないとされた。中国への依存を避けるため国産が優先されていたが、すっかり忘れ去られていた。そのため、各国とのマスクの奪い合いとなり、高値掴みをさせられた。

「中央集権的病院主義」が危機を悪化

 感染症対策計画では本来、大規模感染症は社会全体にかかわる問題であるので、「省庁間評議会」が指揮をとるとされていた。しかし、評議会が活動を始めたのはロックダウンをした3月17日だった。それまでは連帯保健省だけが担当していたため、通常は管轄外の、たとえばロジスティックス対策などが疎かになった。

 具体的な新型コロナ対策は、2009年に作成されたインフルエンザ・パンデミックに対処する計画がベースになっていた。第1段階は水際作戦で流入を抑え、国内に入り込んだらクラスター対策で急激な感染増加を抑える第2段階とし、経路の分からない感染が増えて蔓延すると第3段階で重症者対策に集中する。

 1月中旬、国内で第1号患者が発生した後いくつかの感染例がでて、第2段階にうつった。ところが、3月初めにフランス西部で発生した大規模クラスターから全国に広がったが、第2段階と認めるのに2週間かかった。そのため、厳しい全国ロックダウンをせざるをえなかった。

 そこには、危機の過小評価、先見性の欠如があった。

 加えて、行政の鈍重と官僚主義もあった。

 この遅れの原因として、危機管理が中央に集中されていたために現場から上がってきた警戒報告に対して十分な注意を払っていなかった、という指摘がなされた。また、「中央からの支援が、地方ではすでにヤマを越したころになってようやく届いた」(国民議会報告)

 同じことが、PCR検査の遅れにもいえる。

 ドイツでは当初から積極的に検査したのに対して、フランスでは、さかのぼり調査のクラスター対策で十分であり検査を増やしても無駄であるとしていた。ロックダウンが始まった3月17日までに、合計で1万3000回の検査しか実施しなかった。当時のドイツの20分の1である。1月に「パスツール研究所」から喚起されていたにもかかわらず、4月になるまで方針変更をすることができなかった。

 その後、ロックダウンで感染者数の大幅減少に成功した後で「検査・追跡・隔離」政策に転換したが、急に大量の検査をしたので現場が混乱に陥り、8月24日には、結果が出るまでに平均3.8日かかってしまった。

「追跡」についても、行政の硬直性が指摘されている。クラスター対策のため1万人態勢を敷いたが、地元の開業医との連携などがうまくできておらず、またそのリソースを有効に使うことができなかった。政府は追跡について開業医の参加を考えており、2020年5月11日の衛生緊急事態延長法ではそう規定して報酬も考えられていたが、クラスター対策の人員確保を担当した健康保険機構が縄張り根性でなかなか実現しなかったのである。

 医療ケア体制においても同様で、

「中央集権的病院主義が病院の危機的状況を悪化させた」(国民議会報告)

「病院を主とした反撃と協調のないケア戦略」(元老院報告)

 と指摘されている。

 フランスは公立病院と私立病院が明確に分かれ、その比率は6:4である。公立病院が中心となって病床確保したが、私立病院との連携がうまくいかなかったため、近くの私立病院でベッドが空いているのに遠くの地方まで病人を移すという事態も頻出した。

 また、老人ホームとの連携もうまくいかなかった。医療老人ホームでは、医師と医療設備があるため重症でない患者は入院させず、老人ホームに新型コロナ隔離ゾーンをつくるという方針ですすめられていた。

 しかし、新型コロナの感染力は強く、重症化も早く、多数の犠牲者がでた。その方針変更も遅かった。

 ちなみに、医療体制が逼迫した時、スウェーデンのように高齢者は治療しないという「トリアージュ(選別)」が行われたのではないかという推測があった。両院の報告書によれば、それはなかったようだ。ただし、蔓延の最盛期には、救急車を呼んでも病院が一杯で手遅れになったり、この状況を前に、老人ホームの医師が救急を呼ぶことを控えるケースはあった。

「夏までつづく長期戦」

 報告書では政府への批判がつづくが、完全に認識が一致しているところもある。

 エマニュエル・マクロン大統領は、3月のロックダウン前の演説で新型コロナ危機を「保健衛生戦争」と宣言したが、国民議会も元老院も「第2次世界大戦以来の危機」と認識し、報告書でも「戦争」という言葉をつかっている。

 国民議会報告の序文は、

「この疫病についてはまだ多くの未知な点が残っている。第2波の大きさの理由、ワクチンの見通し、さらに医療で新型コロナ以外の病気への対処を延期したことの中長期的な結果など。作業は継続される」

 と述べている。

 調査委員会は一度設立されると同じテーマでは1年間新たにつくることはできない。だが、いままでの様々なテーマの調査委員会の例からして、委員は、専門家として、この問題に深く関わり続け、今後も調査と発言を続けていくであろう。また、違ったアングルからの調査委員会の設立も予想される。

 マクロン大統領は2020年10月、「少なくとも(2021年)夏までつづく長期戦」だと明言した。戦いはまだまだ続いている。

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執筆者プロフィール
広岡裕児 1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。
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