国際人のための日本古代史
国際人のための日本古代史 (133)

聖徳太子の死は繰り上げられた? 「二つの薨年」と『日本書紀』の歴史抹殺

執筆者:関裕二 2021年3月20日
タグ: 日本
エリア: アジア
磯長谷の叡福寺・聖徳太子の御廟。叡福寺では、朝廷の庇護を受けてこなかったことを今でも誇りにしているという(筆者撮影、以下も)

 今から30年ほど前、とあるテレビ局の深夜番組で「聖徳太子」が取りあげられた。駆け出しのもの書きだった小生だが、聖徳太子にまつわる書籍を上梓していて、プロデューサーの目に止まったのか、ゲストとして呼ばれた。トーク中「聖徳太子は実在しない」と持論を展開したが、古代史の大御所にさんざん批判され、アナウンサーからも、ひどい仕打ちを受けたのを覚えている。総スカンを食らったのだ。共演者の佐治芳彦氏が収録後、絞り出すようにもらしたその一言は、今でも忘れられない。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
関裕二 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。著書に『聖徳太子は蘇我入鹿である』(ワニ文庫)、『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』(以上、新潮文庫)、『伊勢神宮の暗号』(講談社)、『天皇名の暗号』(芸文社)、『「死の国」熊野と巡礼の道: 古代史謎解き紀行』 (新潮文庫)など多数。最新刊に『神武天皇 vs. 卑弥呼 ヤマト建国を推理する』(新潮新書)、『古代日本人と朝鮮半島』(PHP文庫)、『「始まりの国」淡路と「陰の王国」大阪: 古代史謎解き紀行』(新潮文庫)がある。
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