“韓国の橋下徹?”李俊錫は保守野党糾合のエンジンとなるか

執筆者:平井久志 2021年6月17日
エリア: アジア
36歳という若さ、しかも非議員という立場で最大野党「国民の力」代表に就任した李俊錫氏 (C)EPA=時事
国会議員当選ゼロだがハーバード卒のエリート、コメンテーターとして活躍中の36歳が、保守系最大野党「国民の力」代表の座に駆け上がった。反フェミニズムを批判されつつ若年男性の支持を集める「公正な競争」論者の最大の仕事は、来年3月の大統領選で保守野党統一候補をつくることだ。

 韓国の野党第1党「国民の力」は6月11日、ソウルで党大会を開き、党代表に36歳で国会議員経験もない李俊錫(イ・ジュンソク)氏を選出した。

「国民の力」は国会300議席中102議席を持つ最大保守政党だが、韓国の憲政史上、30歳代の、しかも国会議員経験のない若者が党首の座についたのは前例がなく、「李俊錫」という世代交代の旋風は、野党だけでなく韓国政界全体を揺るがしている。

 韓国の大統領選挙の被選挙権は40歳以上のため、李俊錫代表は来年3月の大統領選挙には出馬できないが、次期大統領に相応しい指導者の世論調査でトップを走る尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検察総長の動きと合わせ、韓国政界の台風の目になっている。

「韓国のトランプ」あるいは「橋下徹」?

 李俊錫氏は1985年3月にソウル市で生まれ、名門高校で知られるソウル科学高校からハーバード大学に進み、経済学とコンピューターを専攻したエリートだ。高校で学生会長、大学でも韓国人学生会の会長を務めたというから、学生時代から政治的な志向が強い若者だったようだ。父親はソウル大学卒の証券マン。

 大学卒業後韓国に戻り、兵役も務め、ベンチャー企業の創設に参加した。また低所得者層の子弟に無料で勉強を教えるボランティア活動もしていた。そうした中で、2011年12月に「ハーバード大卒26歳の若者」という異色の経歴が朴槿恵(パク・クネ)氏の目にとまった。「ハンナラ党」に入党し、20代で党の要職である非常対策委員会委員に抜擢され、「朴槿恵キッズ」と呼ばれた。当時、李俊錫氏は「非常対策委って何ですか?」と「ハンナラ党」関係者に尋ねたという。

 2012年の大統領選挙では朴槿恵候補を応援し、その後は、ケーブルテレビを中心にコメンテーターとして活躍した。

 歯切れのよい口調に、押し出しが強く、保守の論客としてメディアでは売れっ子になった。韓国ではケーブルテレビが発達し、日本よりはるかに多いチェンネルで制作コストの安い時事討論番組が盛んなのだが、ここで名前や顔を一般市民に売り込んだ。

 韓国では李俊錫氏を「韓国のトランプ」と表現する人もいるが、筆者は、政界入りした後にコメンテーターとして活躍という順序は逆だが、日本の橋下徹氏(元大阪府知事、元大阪市長)と似た雰囲気を感じる。

 2017年3月に朴槿恵大統領が弾劾に追い込まれると「ハンナラ党」を離党し、劉承旼(ユ・スンミン)議員が主導する「正しい政党」に入党。同年5月の大統領選挙では劉承旼候補を支援した。

 李俊錫氏自身は2016年総選挙、2018年補欠選挙、2020年総選挙と、いずれもソウル市蘆原区から国会議員に立候補したが、すべて落選した。李氏は進歩陣営の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を評価するという意見を述べたことがあるが、これは盧大統領が国会議員選挙で何度も落選しながらも最終的には大統領の座に就いたことを念頭に置いた発言とみられた。

 今年4月のソウル市長選挙では、呉世勲(オ・セフン)候補の陣営でニューメディア本部長を務め、当選に寄与した。

 この市長選挙の出口調査では、20代の女性は44.0%が与党「共に民主党」の朴映宣(パク・ヨンソン)候補に投票し、呉世勲候補に投票したのは40.9%で、与党候補が優勢だった。

 しかし、20代男性は72.5%が呉世勲候補に投票し、朴映宣候補に入れたのは22.2%に過ぎなかった。20代男性を呉世勲候補支持へ誘導したのは李俊錫氏の功績ともいわれた。

「李俊錫ブーム」をつくったのは20~30代男性

 韓国の保守勢力は2016年4月の総選挙、2017年5月の大統領選挙、2018年6月の統一地方選挙、2020年4月の総選挙と、この4年間、敗北を繰り返してきた。その保守が今年4月のソウル、釜山両市長選挙でようやく反転、勝利した。

 ソウル市長選挙の際に地上波放送3社が行った有権者の出口調査は次のような結果だ。

 

 保守勢力は以前から、60歳以上では進歩勢力に大きな差を付けている。それゆえ、大邱・慶尚北道を基盤にした韓国の保守政党は「TK(大邱・慶尚北道)政党」、「老人党」と揶揄された。

 ソウル市長選挙は進歩勢力が大敗しながらも、40代、50代では健闘した。この世代は1987年の民主化闘争を経験している。苦労して勝ち取った民主化を思えば、保守に1票を投じることにまだ抵抗のある人たちが多い。

 一方、20代、30代は1987年の民主化以降に生まれたり、自意識の形成をしてきた世代で、「民主化」はすでに当たり前の価値観である。むしろ、民主化された韓国社会が果たして「公正」なのかを問題にしている。

 朴槿恵氏弾劾に20代、30代が立ち上がったのは、朴槿恵大統領につながる崔順実(チェ・スンシル)氏らが、娘の大学入試などでさまざまな特別待遇を受けていたことへの反発が大きかった。

 韓国では、大学入試と兵役に対して人々の関心が高い。なぜなら、大学入試はその後の階層分化に直結するからで、逆に兵役は階層にかかわらず人々が平等に負担しなければならないはずなのに、その平等が維持されない場合が多いからだ。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権はそうした有権者の「公正な社会実現」という期待を受けて出発した。しかし現実は、改革の旗手ともてはやされた曺国(チョ・グク)元法相の妻が、娘の医学部入試のために文書偽造を行ったことが発覚したり、秋美愛(チュ・ミエ)前法相の息子が兵役中の外出で特別待遇を受けていたという疑惑が問題になったりした。進歩勢力もまた「公正さ」を失った集団と見なされ、それまでは進歩勢力支持が優勢だった20代、30代が支持離れを起こしたのである。

アンチ・フェミニズム論争でさらに注目

 李俊錫氏は5月6日、「国民の党」の現元議員のグループ「麻浦フォーラム」で講演し、「党代表に挑戦しようと思う」と立候補の意思を示した。氏は、

「保守政党の価値を擁護しなかった世代が(ソウル・釜山市長選挙で)呼応したのは、ジェンダーの葛藤が最も大きな問題だからだ」

 と述べ、フェミニズムが男女間の葛藤を激化させているという持論を展開し、韓国政府・与党のジェンダー政策が国民から離反を招いたと主張した。

 李俊錫氏が党代表への挑戦を明らかにする中で、その大きな背景にフェミニズムによる韓国社会の葛藤を挙げたのは興味深い展開だった。

 この当時李俊錫氏は、元々進歩的傾向を持ちながら文在寅政権を厳しく批判している陳重権(チン・ジュングォン)元東洋大学教授との間で、フェミニズム論争を展開していた。陳氏は李俊錫氏を「アンチ・フェミニズム」と批判。李氏は、文在寅政権のフェミニズムは行き過ぎていると主張し、さらに、韓国の政界で広がっている比例区の候補で女性候補が1番、3番、5番と奇数順位を占める「女性クオータ制」の廃止などを主張して注目された。

 また韓国の青瓦台(大統領府)ホームページに4月19日、「男女同権なら女性も徴兵すべき」という請願があがり、5月17日には賛成が29万人を超えたという流れもある。

 李氏の主張は20代、30代の男性の主張を代弁しているという指摘もある。こうした主張が確固たるものなのか、単に注目を集めるための戦術だったのかは明確ではない。しかし、フェミニズム論争で、世論がさらに李俊錫氏を注目し始めたのは事実だ。

 左派政党のカン・ミンジン「青年正義党」代表(女性)は5月17日、李俊錫氏に対して、

「アンチ・フェミニズム商売で刺激的な嫌悪扇動をすれば、ニュースの素材になり、上がったり下がったりするという成功例になった」

 と皮肉った。

 こうした動きに対して大邱で当選5回の朱豪英(チュ・ホヨン)前「国民の力」院内代表は5月11日、

「個人の政治的な成長のために(党代表選を)利用してはならない」

 と、若手が代表選に出馬しようとする動きを牽制した。

「エベレストに遠征しようとすれば、近所の裏山ばかり登っていてはだめだ。雪岳山や漢拏山といった中間の山に登ってから遠征に出なくては」

 と朱議員は述べたが、李氏は、

「朱先輩は(大邱にある)八公山だけを5回登られたが、なぜもっと険しいところを登られないのですか」

 と、保守の金城湯池の大邱で当選を重ねた朱議員を批判した。

 最初の異変は世論調査に出た。世論調査会社「ハンギルリサーチ」が5月8~11日に行った世論調査結果を同12日に発表したが、一般世論調査で「羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)候補(「国民の力」の前身の「自由韓国党」で院内代表を務めた)が15.9%、李俊錫候補が13.1%、朱豪英候補が7.5%と、李俊錫氏が朱前院内代表を大きく離し、羅卿瑗候補を追撃する2位となった。「国民の力」の支持層でも羅卿瑗候補が27.3%、李俊錫候補が15.2%、朱豪英候補が14.9%と、一般世論調査と同じ順序となった。

「旋風」で予備選に圧勝

「国民の力」は5月22日に党代表選挙の受付を行ったが、結局は当選5回の趙慶泰(チョ・ギョンテ)、朱豪英議員、当選4回の洪文杓(ホン・ムンピョ)議員、当選3回の尹永碩(ユン・ヨンソク)議員、当選1回の金雄(キム・ウン)、金恩慧(キム・ウネ)議員(女性)、羅卿瑗前議員、李俊錫元最高委員の計8人が立候補した。

 当初は12人以上が立候補するのではとみられていたが、結果的には8人になった。しかし、状況は当選ゼロの李俊錫氏に当選1回の金雄、金恩慧両議員という若手3人と、重鎮議員5人という新旧対立の構造になった。

 立候補者が多数になったため、5月26~27日に党員投票と世論調査を行って、「足切り」で5人に絞り込むことになった。党員投票結果と世論調査の結果はそれぞれ50%の比率とすることにした。

 5月28日に発表された予備選の結果は、李俊錫候補が世論調査で51%、党員で31%を得て41%を獲得してトップに立った。2位の羅卿瑗元議員は29%(世論調査で26%、党員で32%)、3位の朱豪英元院内代表は15%(世論調査で9%、党員で20%)の支持を得た。36歳で3回落選し国会議員経験のない若者が、世論調査で羅卿瑗候補の倍近い支持を集め、党内でも羅卿瑗候補にわずか1ポイント差で競り合った。

 大邱・慶尚道を中心にした地域基盤と60歳以上の圧倒的な支持を得てきた韓国の保守勢力は、逆の見方をすれば「古い老人党」「不正腐敗の元祖集団」というレッテルから逃れることができないでいたが、世代交代を求める「李俊錫旋風」が吹き、「国民の力」の代表選に大きな関心が集まった。

文在寅大統領「政治史に残るだろう」

 李俊錫氏の登場で、野党「国民の力」の代表選には国民の関心が集まり、「興業」的には大成功だった。6月11日の党大会での代表選は党員投票が70%、世論調査が30%という比率で行われた。

 その結果、李俊錫候補は党員投票では2位で37.4%、世論調査では1位で58.8%となり、全体では43.8%を獲得してトップとなり、党代表に選出された。

 羅卿瑗候補は党員投票ではトップで40.9%、世論調査では2位で28.3%、全体で37.1%で、李俊錫候補に6.7ポイント差を付けられた。

 3位の朱豪英候補は党員投票で16.8%、世論調査では7.5%で、全体で14.0%だった。

「国民の力」は党員の70%が50歳以上で、党員の55%が嶺南地域(大邱・慶尚北道と釜山・慶尚南道)だが、高齢者、嶺南地域の党員も36歳の李俊錫候補を支持したといえる。

 李俊錫候補は6月3日、朴槿恵前大統領の地元である大邱での合同演説会で「朴槿恵弾劾は正当だった」と述べた。党員たちはこういう姿勢にも支持を示した。

 これは高齢者が積極的に李俊錫候補を支持したというより、来年3月の大統領選挙で保守が進歩に勝つためには李俊錫代表が有利だ、と判断したためとみられた。「世代交代」という変化こそが、大統領選挙で勝利する手段だと考えたわけだ。高齢者の票だけでは大統領選挙は勝てないが、李俊錫代表体制にして20代、30代の票を保守に引き込めば勝てるという戦略的な判断だ。「李俊錫が勝ったのではなく『李俊錫現象』が勝った」といわれたが、それが実態だろう。

 文在寅大統領も英コーンウォールで開かれる主要7カ国(G7)首脳会議へ出発する前に李俊錫氏へ電話し、

「大変なことをやった。素晴らしい。政治史に永遠に残ることだ。政治だけでなく、韓国が変わる兆しだと思う」

 と代表当選を祝った。

「変化が勝利を生む」

 李俊錫氏は代表受諾演説で、

「私が語る変化に対する荒い考え、それを眺める伝統的党員たちの不安、そしてそれを見つめる国民」

 と語った。

 これは歌手のイム・ジェボムが歌う「君のために」に出てくる「私の荒い考えと不安な目つき、それを見つめる君」という歌詞を借用し、自分自身の置かれた立場を表現した発言だ。自分自身の「変化」への思い、それを眺める古い党員の不安、しかし、それを国民は見つめているという3者の関係の認識だ。

 李氏はさらに、

「変化を通じて我々は変わり、勝利するだろう。慣性と固定観念を打ち破ってほしい。そうすれば世の中は変わる」

 と述べ、保守政党が変化すること自体が勝利への道であると強調した。また、

「相互間の論理的な批判でも真心が込められた指摘でもない、不必要な悪口や陰謀論、レッテル貼りなどの旧態に依存しようとする人たちに対しては、皆さんひとりひとりが立ち向かってほしい」

「われわれの至上課題は大統領選挙で勝利することだ」

 と宣言し、そのために、

「様々な大統領候補やその支持者と共存できる党をつくりたい」

 と訴えた。

保守大統領候補の行方は?

 韓国の世論調査会社「リアルメーター」は6月7~8日の両日行った世論調査の結果を、6月10日に発表した。次期大統領として好ましい人物として、尹錫悦前検事総長が35.1%でトップに立ち、同社のこれまでの調査で最高だった今年3月の34.4%を上回った。

 第2位は李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事で23.1%、3位は李洛淵(イ・ナギョン)元首相で9.7%だった。このほかでは、洪準杓(ホン・ジュンピョ)議員が4.6%、劉承旼元議員と秋美愛前法相がそれぞれ3%、「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)代表が2.8%、丁世均(チョン・セギュン)前首相と呉世勲ソウル市長が2.6%だった。

「国民の力」の最大の悩みは、党内に次期大統領の有力候補がいないことだ。尹錫悦前検事総長は、政界入りするという宣言すらしていない。また政界入りを表明しても、「国民の力」に入党するのか、「国民の力」の外で支持基盤を固めて「国民の力」との候補一本化作業に入るのかが不透明だ。

 古い保守勢力の支持を得ている洪準杓議員は「国民の力」への復党を希望しているが、入党を認められれば大統領候補に名乗りを上げるだろう。そのことが尹錫悦氏の入党の阻害要因にもなりかねない。

 劉承旼元議員は李俊錫新代表と近い関係だ。李俊錫氏は2017年の大統領選挙では劉承旼氏の選挙運動を手伝った。これまで、党内では劉承旼派とみられ、代表選挙では羅卿瑗候補や朱豪英候補から「李俊錫氏が代表になれば、劉承旼氏に配慮し、尹錫悦氏の入党が難しくなる」と批判を受けた。

 一方で李俊錫氏は、「国民の党」の安哲秀代表とは仲が悪い「悪縁」であることを公然と語っている。ソウル市長選前には、勝利すれば「国民の力」と「国民の党」は合同することになっていたが、次期大統領選挙の思惑が絡み実現していない。

 呉世勲ソウル市長は中道保守で、李俊錫氏の政治的な立場にも近い。ソウル市長の任期は来年6月までだが、この4月のソウル市長選に勝利したばかりで、市長の座を投げ出すのは容易ではない。

 李俊錫新代表は代表当選後の会見で、

「元喜龍(ウォン・ヒリョン)済州道知事、劉承旼元議員、河泰慶(ハ・テギョン)議員などが大統領選への出馬を明らかにしている。党内にはさらに多くの人たちがいる」

 と語り、尹錫悦前検事総長の入党可能性についても、

「入党しない可能性は低いと思う」

 と前向きな姿勢を示した。しかし、公正を期すために自分が進んで尹錫悦氏に入党を求めるようなことはしないとした。

「国民の力」新代表の最大の仕事は、保守の野党統一候補をつくることだ。この作業を36歳の議員経験もない若者ができるかどうか、それは韓国政治がどう動くかに直結している。5月初めには想像もしなかった「李俊錫現象」は、多くの人々に「希望」を抱かせていることも事実だ。

 おそらく李俊錫代表の「夢」は現在、名前の挙がっている野党政治家たちがすべて「国民の力」に入党し、公正な選挙で野党統一候補を生み出すことだ。それができるかどうか、大きな政治的な実験が始まろうとしている。

党執行部も若返り刷新

「国民の力」では、6月11日の党大会で党代表のほか、党執行部を構成する5人の最高委員も選挙で選出した。その結果、1位趙修真(チョ・スジン)議員(当選1回、女性、49)、2位裵賢鎮(ペ・ヒョンジン)議員(当選1回、女性、38)、3位金在原(キム・ジェウォン)議員(57)、4位鄭美京(チョン・ミギョン)元議員(女性、56)の4人が当選し、青年枠の青年最高委員に金容兌(キム・ヨンテ)京畿光明乙党協委員長(31)が当選した。5人の最高委員中3人が女性で、平均年齢は44.5歳だ。しかも、趙修真議員は全羅道出身で、多くの人を驚かせた。

かつての「40代旗手論」再現はあるか

 韓国では李俊錫氏の登場にある種の既視感を語る人もいる。

 韓国では1969年に朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が3選を禁じていた憲法を改正し、自らの3選を可能にした。当時42歳の野党「新民党」の金泳三(キム・ヨンサム)院内総務は同年11月に記者会見し、1971年の大統領選挙に出馬する意思を明らかにした際に、

「政権交代を実現するには若い指導者が必要だ」

 と「40代旗手論」を訴えた。当時の柳珍山(ユ・ジンサン)「新民党」総裁は、

「口尚乳臭(口から乳の臭いがする、青二才が何を、の意)」

 と馬鹿にしたが、45歳の金大中(キム・デジュン)氏らも大統領選出馬を表明し、結局は金大中氏が朴正煕大統領と激しい大統領選を戦うことになった。金泳三元大統領の40代旗手論は、サクラ野党とのなれ合い政治の中で、清新な世代交代の声を上げたことで、朴正熙政権を危機に追い込むきっかけになった。

 しかし李俊錫旋風が、かつての金泳三元大統領の40代旗手論のような、大きな政治的な動きをつくれるかどうかはまだ分からない。世代交代だけが先行し、李俊錫氏の考えや政策がほとんど分からないからだ。

与党は不動産疑惑の解消を強くアピール

 この「国民の力」の李俊錫旋風に危機感を抱いているのが、与党「共に民主党」だ。大統領選挙まであと9カ月だが、これまで旧態依然としているといわれた保守野党が世代交代で大変身を遂げ、国民の大きな関心の的になっているのに比べ、与党「共に民主党」自身が乗り越えられるべき既成勢力という印象を国民に与え始めている。

 もとより60歳以上は保守支持だが、これまで野党支持が優勢だった20代、30代が保守に回れば、大統領選挙での勝ち目はない。

 与党も表面的には36歳の党代表の誕生を祝賀しているが、内心は「改革をしない進歩」「世代交代のない与党」という批判をどう乗り越え、20代、30代の支持を奪い返せるか焦りを見せている。

 かつては1980年代の民主化を実現した「386世代(90年代に30代で、80年代に学生時代を送った60年代生まれ)」もすでに「586世代」になっている。上の世代を批判、打倒し、勝ち取った進歩政権だが、今の若者たちから見れば、既得権益確保に汲々としている批判の対象だ。

 その象徴が「曺国事態」であり、金尚祖(キム・サンジョ)青瓦台政策室長だった。青瓦台で経済政策を担当していた金尚祖政策室長は市民運動出身の典型的な進歩的知識人で、「財閥狙撃手」と言われた。その金室長が昨年7月、政府が住宅賃貸料の不当な引き上げから入居者を守るために値上げ幅を5%以内に定めた規制を施行する2日前に、賃貸に出している個人所有のマンションの家賃を約14%引き上げた。これが原因となり、今年3月になって政策室長を更迭された。

「共に民主党」の宋永吉(ソン・ヨンギル)代表は、今年5月に選出されたばかりで、しかも非文在寅派に分類される。延世大学の総学生会長を務めた「386世代」に属する当選5回のベテラン議員で58歳、李俊錫代表とは22歳差だ。いずれは与野党党首会談があるだろうが、この年齢差が話題になることは間違いない。

 与党は不動産政策に失敗し、ソウル・釜山両市長選挙に惨敗した。これを受けて、政府機関の国民権益委員会に所属議員全員の不動産疑惑に対する調査を依頼した。同委員会は6月8日、同党所属の12議員に親族間の特異な取引、不正な不動産登記、農地法違反などで疑惑があると発表した。

 これに対して、与党執行部は12議員に対して離党を勧告した。一部議員は不正を否定しているが、不正が否定されれば復党させるのでとりあえずは離党せよという強硬姿勢だ。

 地方区選出議員は無所属になるが、比例区議員は離党すれば議席を失う。与党執行部のこうした強い姿勢は、国民の信頼を得るためには犠牲を出しても不動産問題でけじめを付けなければ大統領選挙で勝てないという判断だ。これをテコに、野党「国民の力」も全議員調査をしろと迫る構えだ。「国民の力」を調査すれば、与党よりももっと多くの疑惑が出るとの思惑で、「肉を切らせて骨を切る」という戦術をとろうとしている。

 世論調査会社「韓国社会世論研究所」が6月11~12日に行った「進歩勢力の次期大統領候補の適任者は?」という調査で、1位李在明京畿道知事31.6%、2位李洛淵元首相15.0%、3位朴用鎮(パク・ヨンジン)議員6.1%という結果が出た。

 これまで、与党勢力の中で名前の上がっていなかった朴用鎮議員が一躍3位に躍り出た。朴議員は1971年4月生まれの50歳で「97世代(90年代に大学に入った70年代生まれ)だ。李俊錫氏ほど若くないが、派閥に属さず、与党内で曺国元法相を批判するなどしている党内刷新派だ。「李俊錫旋風」の影響が与党にまで波及し、3位に押し上げた形だ。

「公正な競争」論が若年男性の「逆差別」被害意識と結びつく?

 李俊錫氏は36歳という若さで大きな旋風を巻き起こしているが、政治経験の不足は否みがたく、政策の中身はあまりない。影響力の多くは、テレビ討論で鍛えたコメンテーターの役割によるものだ。

 経済政策はもちろん、外交安保などでもどういう考えを持っているのか、たとえば対日認識なども不明だ。

 これまでの発言を見ると、中心に据えているのは「公正な競争」という考え方だ。それがフェミニズムなどに言及した場合、男性への逆差別であるというような主張が多く、反フェミニズムと受け取られる場合が多い。

 自身の有名高校〜ハーバード大学卒という経歴を前面に押し出し、「公正な競争」を主張する姿には、新自由主義的なニュアンスがあるのも事実だ。「公正な競争」をすることのできない背景や環境への想像力は希薄である。だが李俊錫氏を支持する20代、30代の男性は、逆に女性や社会弱者への優遇政策が「公正な競争」を損ねていると主張する。

「溶鉱炉」より「サラダボウル」「ビビンバ」

 李俊錫氏は代表当選後の演説で、

「私が最も強調したいのは共存だ」

 と強調した。そして「溶鉱炉」よりは「サラダボウル」や「ビビンバ」のような社会を作りたいと訴えた。「溶鉱炉」とはすべてを溶かして1つになる社会のことだが、「サラダボウル」とは、

「さまざまな人々がサラダボウルに入れられたさまざまな野菜のように、固有の特性を維持したまま共存できる社会だ」

 と訴えた。また、

「ビビンバの材料をすりおろしてご飯の上にのせても見栄えしない。ビビンバの具材が粉々にならないよう、ステレオタイプや偏見に対する強迫観念と決別しなければならない」

 とも力説した。

 これは、個々の人間の多様性が尊重されるという点では意味のある発言だと感じた。しかし、李俊錫氏の語る、ある種の弱肉強食的「公正な競争」で、それぞれの個性が生かされる社会は実現するのだろうか。社会的弱者や少数者への配慮のない「公正な競争」は、結局は素材の美味しさを失わせるのではないのか、という疑問を抱かざるを得ない。李俊錫氏の発想には、社会的強者やエリートが底辺に下りて社会を見直す、という視角はない。

 現実的に見る時、李俊錫氏の成功あるいは失敗を判断するバロメーターは、次期大統領選挙の保守候補の一本化だろう。この「保守サラダ」を国民の前に提示できるかどうか。しかし、サラダの味はドレッシングによっても決まる。ドレッシングに失敗すれば、国民は「保守サラダ」を食べないだろう。李俊錫旋風という韓国保守勢力の、そして韓国政界の実験はまだ始まったばかりだ。ただ、そういう実験が起きる点で、韓国政治は日本の政界より面白いのだが。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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