2030年に向けて。VUCAの時代からニューノーマルの時代へ

執筆者:辻野晃一郎 2021年6月21日
エリア: その他
GAFA4社の時価総額は、日本のGDPをはるかに上回っている ⓒ AFP=時事
気候変動を伴う地球環境の変化、人口爆発と超高齢社会、米中の覇権争い、加速し続ける技術革新――私たちのこの先10年は、激変する未来に対する回答を示す待ったなしの刻限となる。 遠い先の話ではなく“いまここで”未来を構想するビジネスパーソンと、2030年に向けた生き方・働き方の指針を考える。

はじめに

   今回からこちらの連載をお引き受けすることになった。『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』という初の著作を新潮社さんから上梓したのは2010年の年末だったが、それから10年余の歳月を経てまた新潮社さんのフォーサイトで連載を始めることになったのも何かの縁だろう。

   この10年余で日本も世界も激変した。今や、いわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の4社を合計した時価総額は700兆円に迫り、他にも完全復活を遂げたマイクロソフトや自動車の再定義を進めるテスラ、動画配信で急成長するネットフリックス、シェアリングの先鞭をつけたウーバー・テクノロジーズなどを加えると、これらの時価総額合計は1000兆円を超える。

   私は新卒で入社して20年余勤務したソニーを2006年に退社し翌年グーグルに加わったが、上記著作でも述べた通り、グーグルの第一印象は「こんな企業には日本の名だたる企業が束になっても到底かなわない」というものだった。同時に、当時ソニーの将来に対して抱いていた強い危機意識は、日本の製造業、産業界、さらには国家に対する危機意識へと一気に高まった。このままでは、世界における日本の産業競争力は弱体化を続け、国家としての存在感すらあっという間に薄まっていくのではないか、という底知れぬ恐怖感に襲われたことを覚えている。

   そしてその後の10年で、私がその時に感じたことが次々に現実になってきたように思える。実際、上記GAFAの時価総額だけをみても、日本の国家予算100兆円やGDP(国内総生産)550兆円をはるかに超え、マイクロソフトを加えた5社で比較すると、東証に上場するすべての企業の時価総額を足し合わせても及ばない。まさに一国の存在感を超え、日本企業が束になってもかなわない状況が現実化した。

   ソニーもソニーグループと名を変え、ひところの苦境を脱して最高業績を記録するまでに復活しているが、その時価総額は13兆円ほどだ。日本企業で時価総額トップのトヨタ自動車や2位のソフトバンクグループ、3位のソニーグループと4位のキーエンスを加えたトップ4社の総額は70兆円程度に過ぎない。

   戦後の高度成長期を経て、米国に次ぐ世界第2位の経済大国に上り詰めた日本がGDPにおいて中国に抜かれたのが2010年、東日本大震災に見舞われたのが翌2011年だが、リーマンショックがあった2008年から2011年あたりにかけては何か大きな時代の変曲点だったような気がする。このころから、世界は大きな変化の波に晒されてVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)とも呼ばれる混迷の時代を迎えるに至り、その中であたかも坂道を転がり落ちるかのような日本の凋落が目立つようになった。

「世界がどう変わり日本は何故凋落したのか」ということは、この連載の根底に横たわる重要なテーマであり、それを解き明かしていわゆるニューノーマルの時代、特に2030年を意識して、世界の潮流を読み解き日本の針路や個人の生き方について考えていくことがこの連載の主たる目的である。

*時価総額とドル円レートは執筆時点の2021年6月15日の数字で計算

VUCAの時代

   VUCAという言葉は、もともとは先の見通しが効かない戦況を表現する米国の軍隊用語が起源と聞く。変化が激しく不確実で複雑で曖昧という意味だ。実際、気候から国際情勢に至るまで、さまざまな大きな変化が世界同時多発的に連続して起きている。技術革新によってデジタルトランスフォーメーション(DX)とも称される創造的破壊があらゆる分野で加速しており、人々の働き方も大きな転換期を迎えている。

   冒頭、この10年をごく簡単に振り返ったが、現代は「一年一昔」の時代といっても過言ではない。まさに人々はいまだかつてない激しい変化の大波に晒され続け、不安定で不確実な時代を生きている。

   このVUCAの時代を象徴する人物を敢えて一人挙げるとすればドナルド・トランプ氏だろう。「事実は小説よりも奇なり」というが、4年前に彼が米国の大統領になったこと自体、世界の多くの人々の常識や感覚からは信じられない出来事だった。そしてその後の4年間、この人物に世界は翻弄された。

   地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定から離脱し、冷戦中に旧ソ連時代のロシアと結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約を一方的に破棄した。中東ではエルサレムをイスラエルの首都と認定してパレスチナとの緊張を一気に高めたかと思えば、核合意を突然反故にしてイランを激怒させた。さらには、いきなり中国に対する貿易戦争を仕掛けてファーウェイを締め出すなど、米中間の露骨な覇権争いの幕を切って落とした。

   2020年11月の米国大統領選は、そのトランプ氏がもたらした混乱のクライマックスだったといえよう。民主党候補ジョー・バイデン氏に対する敗北を認めないトランプ氏に扇動された多数の暴徒が合衆国連邦議会議事堂を襲い5名もの死者が出るという前代未聞の事件が起き、米国民主主義の危機を世界に強く印象付けた。

   VUCAの時代を迎えるに至った根底には、明らかに資本主義に基づくグローバル経済の際限なき膨張があるが、飽くなき経済発展が人類にもたらした帰結を因数分解した上で特に5つの根本因子に注目しておきたい。①気候変動を伴う地球環境の変化、②2050年には100億に近づくという地球の人口爆発、③人生100年時代ともいわれる超高齢社会の到来、④中国の台頭と米中の覇権争い、⑤加速度を増し続ける技術革新だ。これらについてもこの連載の中で考察を深めるテーマとしていきたい。どれもが今後の人類の生存や繁栄に関わる大きなテーマだが、トランプ氏が在職中にやったことは時代の潮流に逆行するようなことが多かった。しかし、いくら古き良き時代を懐かしんでも、もはやその時代に戻ることは出来ない。

コロナパンデミックが意味するもの

   世界の混乱にさらに追い打ちを掛けるように、2019年の年末からCOVID-19と命名された感染力の強い新型コロナウイルスが突如出現し、このウイルスによる感染症は瞬く間に世界中をパンデミックの大混乱に陥れた。現在、各国でワクチン接種が徐々に進んではいるものの、接種の進捗には格差やばらつきがあり、ウイルスは変異を続けていて世界全体では感染収束の目途は未だ立っていない。

   多くの人々の命を奪い続け、経済に深刻なダメージを与え続けているこのコロナパンデミックを一刻も早く収束させることは、現在、世界の人々に共通した最優先の願いだが、一方でコロナは人々に多くの気付きをもたらすものにもなっている。

   外出規制や自粛要請が続く中、人々のライフスタイルやワークスタイルは否応なしに変化を求められ、普通であれば年単位で進むような変化が月単位で進む状況が生まれている。

   医療の逼迫や経済活動の制限が人々にもたらす苦しい状況を「何が何でも生き残る」ということが今は個人にとっても企業にとっても最重要だが、そのためにはただじっと耐えているだけでは駄目だ。コロナが収束しても、コロナがなかったことにはならない。すなわち、コロナをきっかけに世の中は次のステージに移行していく。それがニューノーマルという言葉が使われている意味だ。

   そう捉えると、個人も企業も国も、この時期を漫然と過ごしているわけにはいかない。今のうちに、コロナによる気付きの一つ一つを活かして次の時代を見据えながらこれまでの歩みを振り返り、軌道修正や仕切り直しを断行するのがよい。今こそ、これまで先送りにして来た諸課題に正面から向き合って課題解決に向けた行動を起こすべきだろう。新しいことにチャレンジしてイノベーションを生み出す好機ともいえる。

待ったなしのデジタルトランスフォーメーション

   世界を襲ったコロナは、あたかも各国に同時に課された共通テストのようなもので、国によって成績に差が出た。日本は、欧米やブラジル、インドなどに比べると圧倒的に感染者数や死者数が少ないことを当初「日本モデル」と自画自賛する向きもあり、「ファクターX」などと日本人を特別視するような傾向もあった。

   しかし、日本政府による感染対策の実態は決して褒められたものではない。PCR検査体制の拡充はなかなか進まず、変異株の水際対策は甘く、医療の有事対応も不十分で北海道や大阪では医療崩壊を招き、ワクチンの確保と接種開始にも手間取った。緊急事態宣言を繰り返して国民に我慢を強いるばかりで、有効な感染対策を打ち出すことが出来ないままワクチン頼みの状況になっているのは、諸外国の対応と比較してもお粗末である。

   加えて、国民に対する科学的かつ定量的な説明が常に不十分だ。東京五輪の開催についても、中止や延期を求める声が多くあるにもかかわらず、開催が強行される理由や安全対策について国民が納得できるような説明は未だになされていない。

   そのような状況を日々見せつけられ続けて、国民も様々なことに気が付いた。中でも最大の気付きは、日本がデジタル後進国であり、コロナの感染抑止においてはそのことが大きな障害となった現実である。保健所による感染者の集計がファックスや電話で行われていたり、感染防止アプリのCOCOAが使い物にならなかったり、感染者情報を共有するHER-SYSやワクチンの配送・接種を管理するV-SYSに様々なトラブルが発生したりと散々な状況に見舞われた。

   そもそも、政府も企業も、デジタルシフトを進めてどんどん変わっていかねばならないという課題はもう20年越しのものであり今に始まった話ではない。これまでもいわゆる「IoT(モノのインターネット)の利活用」などというテーマでの議論は官民で活発に行われて来たし、本格的に変わるチャンスはいくらでもあった。特に2011年の東日本大震災においては、大量のデータ消失により基幹業務のクラウド移行などの動きが加速したが、結局社会全体の本格的なデジタルシフトにまでは至らなかった。課題を先送りにし続けてきた結果、今回のコロナではその付けが一気に回ってきたともいえよう。

   ところで、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉がキーワードになっているがその定義を明確にしておきたい。DXの最初の提唱者といわれるスウェーデンの大学教授エリック・ストルターマン氏は「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と定義している。すなわち人々の体験価値を向上させる変化という定義だ。この連載では、デジタルやIT等のテクノロジーによる世の中のパラダイムシフトや創造的破壊(ディスラプティブ・イノベーション)のことをDXと呼ぶことにしたい。もちろん、DXにはいくつものレイヤーがあり、インターネット、クラウド、スマホ、SNSなどもDXを構成する基本レイヤーだが、テスラによる電気自動車や、アマゾンによるレジ無し決済の実店舗アマゾン・ゴーなどは、ユーザーの体験価値を劇的に変えるDXの具体事例としてわかりやすいだろう。

   ここ20年ぐらいの間に、GAFAなどのいわゆるメガプラットフォーマーや後発組のテスラ、ウーバーなどはさまざまなDXを先導し、人々の体験価値を変え、世の中を大きく再定義してきた。その潮流は世界中を巻き込んでどんどん大きくなり、我々の日常生活や働き方、社会システム、産業構造、企業のビジネスモデル、都市のあり方など、ありとあらゆることに及んでいる。

   はからずもコロナによって日本はデジタル後進国であるという実態があらためて突き付けられたわけだから、今度こそそこから目を背けずに最先端のデジタル国家へと脱皮していかねばならない。それは単なる技術の話ではなく、人類や地球の持続可能性とも密接に関わり、我々の生活や命を左右する話でもあるのだ。

ニューノーマルの時代に備える

   以上、本連載の初回にあたる本稿では、頭出しとして本連載の意図を明確にしたつもりであるが、最後に台湾のオードリー・タン氏のことについて少しだけ触れておきたい。VUCAと分断の時代を象徴する人物をトランプ氏とするなら、ニューノーマルの時代はこのタン氏のような人物が象徴となる時代にしなければならないと強く願うからである。

   タン氏はもともと優れたソフトウェアエンジニアで、若いときからその天才的な才能を開花させて頭角を現し、ビジネスの世界で一定の成功を収めた。2016年、35歳のときに蔡英文総統に請われて台湾政府に入り、IT政策担当大臣(行政院IT政策担当政務委員)として活躍している。今回の新型コロナウイルス感染症に対しても、eマスクシステムをはじめとする数々の感染対策をリードして多大な貢献を果たしており、世界的に注目される存在となった。

   タン氏はトランスジェンダーであることをカミングアウトしており、履歴書の性別欄には「無」と書き込むという。あらゆることに関して壁を作ったり境界線を引いたりすることを嫌い、男女の壁だけでなく、デジタルプラットフォームを立ち上げ台湾政府内の縦割りの壁を取り去って横連携を強化し、さらには、民間と台湾政府との間の壁も取り去って官民連携で問題解決を図るオープン・ガバメントの実現に尽力している。

   タン氏は「デジタルは国境や権威というものを超えて、様々な人々の意見を広く集めることに優れている」と語るが、いわゆるWisdom of Crowds(民衆の叡智)の力をフルに引き出し、少数意見も丁寧に拾い上げてソーシャルイノベーションを喚起しながら理想的なデジタル民主主義を追求し実践している。

   他方、日本では「安倍一強」だの「菅一存」などと呼ばれる政治が長く続く中、オープン・ガバメントどころか、隠蔽体質がはびこり、少数意見や多様性はないがしろにされ続けている。傲慢で強引な政治姿勢が目立ち、先日もデジタル改革担当大臣の恫喝的な暴言が問題になった。ちなみに、本件では特定の御用企業数社に当初約73億円もの巨費を投じる計画でアプリ開発を委託しようとしていたそうだが、このようなやり方も旧態依然としたものだ。今回問題となった大臣の所轄となるデジタル庁創設などを盛り込んだデジタル改革関連法の成立を巡っても、法案の内容に大量の記述ミスが見つかり「立法府の軽視」と野党から批判を受けた。

   ニューノーマルの時代を迎えるにあたり、デジタル先進国となった隣の台湾から日本が学ぶことはたくさんありそうだ。

*本連載は毎月下旬に配信します。
 

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執筆者プロフィール
辻野晃一郎 福岡県生まれ。アレックス株式会社代表/グーグル日本法人元代表。1984年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了し、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社し、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。2012年4月~2017年3月早稲田大学商学学術院客員教授、2013年10月~2016年8月 内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)規制制度改革分科会メンバー、2016年6月~2018年9月 神奈川県ME-BYOサミット神奈川実行委員会アドバイザリーメンバー。2017年8月より株式会社ウェザーニューズ社外取締役。著書に、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(2010年 新潮社、2013年 新潮文庫)、『成功体験はいらない』(2014年 PHP ビジネス新書)、『リーダーになる勇気』(2016年 日本実業出版社)、『「出る杭」は伸ばせ!なぜ日本からグーグルは生まれないのか?』(2016年 文藝春秋社)、『日本再興のカギを握る「ソニーのDNA」』(2018年 講談社)。
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