アリババ、テンセント……有力企業を叩く習近平「共同富裕」論の共同体幻想

執筆者:後藤康浩 2021年9月9日
エリア: アジア
「TikTok」を生み出したバイトダンス創業者の張一鳴氏も今年5月にCEOを退いている ⓒ AFP=時事
国民が経済的、知的に充足すればするほど、共産党は不要になる――習近平体制はいま、そうしたジレンマに直面している。党以上に生活を向上させ、党以上に人気を集める者は、スポットライトの当たるステージを党から奪う存在になりかねない。そして知的に向上した青年たちは、そう簡単には指導思想に靡かない。にわかに注目を集める「共同富裕」論は、そんな厳しい現実を反転させた危うい共同体幻想に根差している。

 習近平体制は国内の「締め付け」を通り越し、「恐怖による支配」の道を突き進んでいる。電子商取引(Eコマース)大手アリババの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏へのバッシングに始まった民間プラットフォーマーへの集中攻撃によって、名だたるデジタル企業は制圧され、成長の力となる内部留保の大半を国家に捧げた。共産党への忠誠要求は息苦しいほどに強まり、幼稚園児に愛党が強制され、義務教育での塾は禁止となった。著名俳優が脱税容疑で表舞台からひきずり下ろされ、映像や歌曲には内容の制限がかかる。「坂の上の白い雲」を見つめて成長街道を疾走して来た中国人は今、頭上を覆う不気味な暗雲に首をすくめる。習総書記を陰鬱な統制国家への逆走に突き動かしているものは何か。個人の権力への執着よりも、国民が経済的、知的に充足すればするほど、共産党は不要になるという逆説の未来への不安と焦燥だろう。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
後藤康浩(ごとうやすひろ) 亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』などにも出演していた。現在も幅広いメディアで講演や執筆活動を行うほか、企業の社外取締役なども務めている。著書に『アジア都市の成長戦略』(2018年度「岡倉天心記念賞」受賞/慶應義塾大学出版会)、『ネクスト・アジア』(日本経済新聞出版)、『資源・食糧・エネルギーが変える世界』(日本経済新聞出版)、『アジア力』(日本経済新聞出版)、『強い工場』(日経BP)、『勝つ工場』(日本経済新聞出版)などがある。
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