インテリジェンス・ナウ
インテリジェンス・ナウ

ウクライナ「強さ」の秘密:劇的に変貌した情報機関と軍隊

執筆者:春名幹男 2022年4月21日
エリア: ヨーロッパ
2月28日にベラルーシで行われた停戦交渉に、ウクライナ側の一員として出席していたデニス・キリーウ氏(右列最奥)。この後、ロシアのスパイとみなされて殺害されたという (C)AFP=時事
侵攻から2カ月、いまだ頑強な抵抗を続けるウクライナの「強さ」には、それなりの裏付けがあった。中でもロシアの支局扱いで親露派工作員の多かった情報機関は、この8年で大きく変わったのである。

 ロシアが8年前にウクライナを侵攻していたら、ロシアの想定通り、48時間で勝利を収めていたのは確実だとみられる。

 しかしウクライナは2014年以降、インテリジェンス組織も軍隊も劇的な変貌を遂げていた。ウクライナは想定外に強力になっていたため、ロシア軍は緒戦で大きくつまずいたのである。

 ウラジーミル・プーチン露大統領については、「政権幹部が怖くて真実を言えず、誤った情報を与えられていた」(米政府筋)といった米国のインテリジェンス情報が今も繰り返し報道されている。

 だが本当に、真実が伝わっていなかったのだろうか。ウクライナ政府の内部に潜んでいたロシアの大物スパイらが、北大西洋条約機構(NATO)諸国の情報機関の協力も得て摘発されていた事実や、弱体化していたウクライナ軍が米国などの支援で再建されていたことが、プーチン大統領に伝えられていないはずがない。自分の責任を部下に押し付けようとした可能性がある。

 2014年のロシアによるクリミア半島併合以後、ウクライナが着々と進めてきた歴史的な方向転換の実態を、米シンクタンクなどの調査などを通じて迫っていきたい。

発足はKGBウクライナ支局

 ウクライナ情報機関が「ソ連国家保安委員会(KGB)ウクライナ支局」から親米組織へと大転換した歴史は極めて興味深い。

 冷戦終結後も約25年間にわたって、ロシア情報機関は、ウクライナでほぼ自由に秘密工作を展開してきた。ソ連の崩壊に伴い1991年に独立したウクライナだが、それに伴って誕生した新しい情報機関「ウクライナ保安局(SBU)」は、「KGBウクライナ支局」の看板を書き変えただけの組織だった。

 SBUはロシア連邦保安局(FSB)に、2004年に発足したウクライナ対外情報局(SZR)はロシア対外情報局(SVR)に対応する組織形態となっている。これらとは別に、両国とも軍事情報機関を備えている。

 実は、旧ソ連が崩壊しても、KGBの人的ネットワークは崩壊したわけではなかった。

 ソ連崩壊で独立した各共和国の元KGB支局とKGBを結ぶ協力関係は続いていた。KGBの歴史に詳しいエイミー・ナイト氏著の『Spies without Cloaks(外套を着ないスパイたち)』(1997年)によると、1995年にはモスクワのロシア連邦保安局(FSB)にこのネットワークの事務局が設置されたという。

 ウクライナ出身の元KGB幹部には、KGBウクライナ支局長から、冷戦後ロシア防諜局(FSK)長官を務めたニコライ・ゴルシコ氏がいる。また独立後のウクライナ首相エウヘン・マルチューク氏は、冷戦期にKGB工作員をしていた事実も明らかにされている。

 2004年の大統領選挙では、親欧米派の野党候補ビクトル・ユーシェンコ元首相がイホル・スメシュコSBU長官と夕食を共にしたあと、毒物で倒れる事件があった。「オレンジ革命」でユーシェンコ氏は当選して大統領に就任したが、この事件の真相は明らかにされなかった。

 その後もSBUによる違法な盗聴や人権侵害で一部のSBU工作員が逮捕される事件が表面化したが、改革への進展はなかった。

親露派対親欧米派のせめぎ合い

 歴史的転換の時は2014年の「尊厳の革命」(別名・マイダン革命)とともに訪れた。

 SBU工作員が反政府運動組織に侵入していたことが野党議員によって明らかにされたことをきっかけに、マイダン(広場)にデモ隊が集結、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領に対する辞任要求が高まり、同大統領や15人のSBU幹部らはロシアに逃亡した。

 新たにSBU長官に就任したワレンティン・ナリワイチェンコ氏は、

「ソ連スパイがSBUに浸透していた」

 と証言、SBU工作員ら数百人が逮捕される騒ぎに発展した。

 その後、ロシアによるクリミア半島併合親ロシア武装勢力による東部2州(ドネツク、ルハンシク)の一部占拠で混乱が続き、SBUの内部でも親露派と親欧米派のせめぎ合いが続いたようだ。

 ただ、当時はなお親露派の勢力がかなり強く、もしこの時にロシア軍がウクライナに本格的な侵攻をしていたら、ロシア軍を歓迎する人も相当数いた可能性がある。

 ビクトリア・ヌランド米国務次官補(現・次官)とジェフリー・パイアット駐ウクライナ米大使(当時)の電話会話が盗聴され、録音が公開される騒ぎが起きたのもこの時期だった。電話は次期ウクライナ首相の人選に関する内容で、SBU内の反米派が「米国による内政干渉」として情報をリークしたとみられる。

 2015年の時点でも、ビタリー・マリコフSBU副長官がロシアのクリミア半島併合を支持する発言をした。

 2017年には親露派の仕業とみられる暗殺事件が首都キーウで続発した。3月にSBU防諜担当将校のオレクサンドル・ハバベリュシ大佐、4月には親ロシア武装勢力との戦闘が続くウクライナ東部から帰任したばかりの国防省情報総局マクシム・シャポバル大佐が、いずれも自動車爆弾を仕掛けられて死亡した。

 2人とも東部2州へのロシア軍の関与に関する情報を調査中で、ウクライナ捜査当局はFSB幹部が事件に関与した可能性もあるとみている。

CIAがSBU特殊部隊を訓練

 2020年にロシアによるテロ行為に関与して国家反逆罪で逮捕されたSBU特殊工作センター長、ワレリー・シャイタノフ少将の事件は、SBUの新しい歴史を形成したケースとして注目された。

 この事件は2015年の発覚以来、少将がロシアFSBのイゴール・エゴロフ大佐と繰り返し面談していたことを、クロアチア、ドイツ、フランスの協力を得てSBUが捜査した。NATO加盟国のこれら3カ国の捜査協力で、エゴロフがチェチェンの反ロシア戦士を殺害した証拠を得たという。保守的な米シンクタンク「ジェームズタウン財団」は「長期捜査が実った成果」と評価している。

 さらに、米中央情報局(CIA)に関するスクープ記事が多いジャーナリストのザック・ドーフマン氏の報道で、歴史的な事実が明らかにされた。CIAの準軍事特殊部隊が2015年までにウクライナ特殊部隊の訓練を開始し、ウクライナ東部2州の現地でも戦い方を助言していた、というのだ。

 そんな協力プロジェクトでは、CIAは徹底的な「秘密管理」もたたき込んだとみられる。

ウクライナを取り込むCIA

 CIA側の訓練要員や、ウクライナ側の特殊部隊員の人数などの規模や詳細は明らかにされていない。ただSBUには、CIAと同じような特殊部隊「アルファ・グループ」があり、彼らが訓練対象になったとみられる。

 ウクライナ東部2州での、2014年から2022年のロシア軍侵攻までの間の戦況は明らかにされていないが、CIAのテコ入れもあって、ウクライナ側が攻勢を強めていた可能性がある。

 また、SBUの規模が約3万人と、英国の防諜機関MI5や対外情報機関MI6の約6倍にも膨張していて、管理が行き届いていないこと、さらに工作員の行動チェックやいわゆる「身体検査」など、情報機関として不可欠な要員管理手続きが完備していないことも指摘して改善したようだ。

 ロシア軍の侵攻後、ロシアとの停戦交渉にウクライナ代表団の一員として出席したデニス・キリーウ氏がウクライナ内部の情報を漏らしたとして、拘束され、SBU要員によって「国家反逆罪」を理由に殺害されたという情報がある。ロシア・スパイだったことを示す証拠については不明だが、SBUが組織内からロシア・スパイを一掃する作業は今も続けられているようだ。

 かくしてウクライナはCIAに深く取り込まれる形になった。それはプーチン大統領にとって許せないことであり、侵攻の動機につながったとみていい。

ウクライナ軍の秘密

 ロシア軍のウクライナ侵攻前、「一方的勝利と言うより五分五分」と貴重な予測をしていたメディアがある。米大手シンクタンク「カーネギー国際平和財団」を発行母体とする外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版だ。「ロシアが早期勝利を得る戦争にはならない」とのウクライナのアンドリー・ザゴロドニューク元国防相の発言も得ていた。

 2014年、ロシア軍特殊部隊がクリミア半島を併合した際、弱体化していたウクライナ軍はほとんど抵抗しなかった。戦闘経験がなく、数十年間続いた政府の腐敗に加え、医療器具や軍靴、ヘルメットといった装備も持っていなかった。クリミア半島併合の際の戦闘で、ウクライナ海軍は約70%の艦船を失った。

 しかし、7年以上続くドンバス地方での親ロシア武装勢力との戦いで士気が高まり、戦闘に耐える能力を付けた。

 2014年以後昨年末までで約25億ドル、ロシア軍の侵攻後約34億ドルと計約60億ドルに上る軍事援助を米国から得て、哨戒艇やレーダーシステム、対戦車ミサイル「ジャベリン」などの装備を充実させてきた。約150人の米軍事顧問は、侵攻前までウクライナ国内に駐留してウクライナ軍を訓練した。

 昨年末には、米専門家がキーウに派遣されて、防空システムの評価を行った。また、昨年9月にはNATOの「平和のためのパートナーシップ」演習でウクライナが主導し、米国が支援、十数カ国から約6000人の兵士が参加した訓練も行った。

 ウクライナの軍事支出は国内総生産(GDP)比率で2013年の1.6%から昨年は4%以上に伸びた。当然、今後の戦況に曲折はある。しかしウクライナは、FSB要員約150人が逮捕ないし解任された、といった情報で揺れるロシアとは結束力が違うことも確かなのだ。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
春名幹男 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top