「東アジアの高齢化」に日本の「勝ち筋」技術を生かせ

執筆者:相良祥之 2022年9月10日
カテゴリ: 社会 経済・ビジネス
エリア: アジア
「高齢社会」は「長寿で健康」が実現できている社会でもある[韓国・洪城の町役場で自分で作った服を着てポーズをとる高齢者たち=2021年11月24日](C)EPA=時事
韓国、台湾、シンガポールがすでに「高齢社会」の定義を満たしており、今年中にはタイも加わる見通しだ。少産少死社会への移行が急速に進む東アジアで、長寿健康社会への「課題先進国」である日本の技術が求められる局面も増えている。

「先進国」になる前に高齢社会を迎える国々

   国連事務局が7月に発表した「世界人口推計2022年版」は、来年中にもインドが中国を抜いて世界で最も人口の多い国になるという推計を発表し、注目を集めた。他方で、あまり注目されなかったが重要なこととして、世界で進む高齢化という課題がある。なかでも東アジアの国々では多産多死から少産少死社会への移行が急速に進んできた。

   全人口に占める65歳以上の人口の割合、すなわち高齢化率が7%を超えると高齢化社会、14%を超えると高齢社会、そして21%を超えると超高齢社会と呼ばれている。日本の高齢化率は28.4%であり、すでに人口の4分の1以上が65歳以上で、世界トップの超高齢社会である。これは裏を返せば、年齢を重ねても健康な社会が実現しているともいえる。

   東アジア諸国が、その日本を追いかけて高齢化を進めてきている。すでに韓国、台湾、シンガポールが高齢化社会から、高齢社会へ突入した。

   そして、今年中にも高齢社会入りすると見られているのが、タイである。そのほか東アジアでは中国、ベトナムなどでも日本と同じ、あるいはそれ以上の速さで高齢化が進んでいる。タイをはじめ新興国のまま、1人当たりGDP(国内総生産)でいえば経済的に豊かな「先進国」になる前に高齢社会を迎える国が次々に出てくると予想されている。

   健康医療の観点から言えば、これは「高齢化先進国」の日本にとって役割を果たし得るチャンスとも言える。国民が長生きし、健康に活躍し続けられる社会を実現するため、さまざまな技術やサービスを提供することができる。

   国際協力機構(JICA)はタイにおいて、高齢者のための地域包括ケアサービス開発プロジェクトを実施している。これは日本の「地域包括ケア」の考え方を、タイが抱える高齢者福祉問題に取り入れたものである。日本では、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に控え、重度な要介護状態となっても住み慣れたふるさとで、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する、地域包括ケアシステムの構築を進めてきた。医療と介護の連携、厳しい経済格差の底辺にある人々への生活支援など、日本で培ってきたノウハウや技術は、東アジア諸国でこそ活用されるべきであろう。

「豊田市モデル」が支えた医薬品コールドチェーン

   日本が東アジアにおける課題先進国となっているのは、高齢化だけではない。新型コロナ対応についても、日本は東アジアにおいて他国に先駆け、さまざまな課題に直面した。

   2021年5月以降、感染力が強い変異株の出現により、東アジアでも感染が急増した。東アジアの各国が直面したのは、飲食店など街中に隠れた場所での感染連鎖や、国民のコロナ疲れなど、2020年に日本が経験してきた課題であった。

   そして日本も、東南アジア諸国も、ワクチン調達に苦労した。日本が違ったのは、EUに(欧州連合)対して強い外交交渉ができ、EUの輸出規制にもかかわらず、大量のワクチンを日本に輸入することができたことである。さらに日本が強みを発揮できたのが、ワクチンの保冷配送、すなわちコールドチェーンであった。

   新型コロナ感染症は高齢者で重症化するリスクが高い。つまり、高齢化が進む東アジア諸国で、新型コロナに対する有効な防具として、ワクチン接種を急ぐ必要があった。

   しかし、それは容易なことではなかった。新型コロナワクチンとして社会実装されたファイザー社のmRNAワクチンは−90〜−60度、モデルナ社のmRNAワクチンは−20±5度という、凍結保存したままでのコールドチェーンが必要だった。

   それでも、日本はワクチンを人々の腕まで届けることに奔走し、成果を出した。菅義偉政権は1日100万回、最大170万回ほどのペースで急速にワクチン接種を進めた。この高いワクチン接種率を支える、日本の効率的なワクチン接種オペレーションは、世界に誇る、政府と企業の協働のベストプラクティスである。

   その代表例が「豊田市モデル」である。愛知県豊田市は2021年4月から、医師会、トヨタ自動車、ヤマト運輸とともに、接種会場の効率的な運営やワクチンの安全な輸送を実現する「豊田市モデル」を実施してきた。ワクチン接種オペレーションの設計では、トヨタ生産方式(TPS)で知られる、人や物、情報を停滞なく、負担なく、スムーズに流す秒単位のプロセス管理手法が、存分に活用された。そして輸送では、ヤマト運輸が超低温の「氷」と専用の保冷ボックスを活用した。その超低温氷をつくるため、マイナス120度まで冷やせる電気式冷凍庫が投入された。

   この超低温冷凍庫を開発したのは静岡県沼津市に本社を構えるエイディーディー(ADD)である。熟練の作業者の手作業が必要不可欠なADD社の超低温冷凍庫。トヨタはその生産性向上も支援した。こうして豊田市では、超低温冷凍庫から、超低温の氷、保冷配送、そして日々カイゼンされるトヨタ式の効率的オペレーションにのって、地元の医師会や産業医、看護師など医療従事者が効率的なワクチン接種を進めた。

ワクチン「ラスト・ワン・マイル支援」の対象は77カ国・地域に

   日本政府はさらに、コールドチェーンの技術を「ラスト・ワン・マイル支援」というブランドで世界に提供してきた。2021年3月以降、ワクチンを接種現場、そして人の腕まで届けるためのコールドチェーン体制の整備や医療関係者の接種能力強化を実施してきた。2022年5月時点で、支援対象は77カ国・地域にのぼる。

ツインバード公式HPより

   この一環で日本政府が無償供与を進めるのが、ワクチン用冷凍運搬庫である。ツインバード工業株式会社(新潟県燕市)が開発したワクチン運搬庫「FPSC(フリーピストン・スターリング・クーラー)ディープフリーザー」は、日本国内で1万台以上が、新型コロナワクチンの輸送や保管で使われた。FPSCの技術は、家庭用冷蔵庫などで使用されるコンプレッサーなどによる従来の冷却方式と比べて、マイナス数十度の超低温でも1度単位で温度が制御できるという強みがある。主に−50度以下の精密な温度制御に広く使用されている。

   日本が誇るこの「勝ち筋」の技術が、世界中の人々の命と健康を救っている。FPSCは小型で持ち運びが容易であり、振動にも強い。厳密なコールドチェーンを必要とするワクチンやバイオ型医薬品、細胞等の搬送や保管に最適である。燕三条で技術を磨いてきたディープフリーザーは、東アジアの人々に医薬品を届けるためにも活用できるはずだ。

   東アジアで「メイド・イン・ジャパン」というブランドは、米中対立が激しくなった今こそ、求められるものだろう。ある東アジア諸国の行政官は、中国からワクチンを輸入しつつも、欲しいのは日本のワクチンだ、と語っていた。

   各国の国民の命と健康を守るため、安心で、安全な医薬品を届ける。超高齢社会を迎えている日本の医薬品コールドチェーンに関する技術は、そうした課題に応えるものである。高齢化が進んでも強靭な東アジアを支えるため、日本に期待される役割は大きい。

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執筆者プロフィール
相良祥之 公益財団法人 国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。1983年生まれ。研究分野は外交・安全保障政策、経済安全保障、制裁、国際紛争、健康安全保障。民間企業、JICAを経て国際移住機関(IOM)スーダン(2013-2015)、国連事務局政務局 政策・調停部(2015-2018)、外務省アジア大洋州局北東アジア第二課(2018-2020)で勤務したのち現職。著作に『新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)調査・検証報告書』(共著、2020年)など。国連ではニューヨークとスーダンで勤務しアフガニスタンやコソヴォでも短期勤務。東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
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